相談人と猫 2
「どういうことなの?」
杏華は柵を指さして柵の一部を示す。
「ここ見てください。人の指の跡です」
花蓮は言われるがまま目を凝らして確認する。確かに薄い埃がなくなっており指で触った跡がある。
「そう……みたいね」
子安は確認するように問う。
「花蓮殿、柵は普段から触ってなかったのですか?」
「ええ、なるべく触らないようにしてたから」
その情報が指すものは実に簡単だ。
「つまり、柵に触れたものがいる……そう言いたいのですか?」
子安は杏華に向かって問う。
「はい」
人為的な行為。
それが証明された。
「花蓮殿、最後に部屋にいたのは誰ですか?」
「……あそこにいる侍女よ」
指さす先にいたのはずいぶん小柄な侍女だった。
「わ、私はやっていません!?」
「慌てているのが証拠ではないのか?」
「ち、違います!?」
侍女は必死に否定する。見ようによっては犯人の動揺にも見える。
「もう彼女が犯人でいいのではないか?」
「いえ、いけません。確実な証拠がいります」
「はあ」
見た目によらずかなり慎重なのだな……
どうも、まだ続きそうだ。
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「ではもう一度聞きますね。あなたが最後にいた時は猫はいなかったそうですね?」
「は、はい。柵がずらされていて猫はいませんでした」
「つまり、彼女の前に誰かが逃がしていた。そういうことですか……」
彼女の他にも犯行が可能な人間がいるということだ。
「彼女の前には誰がいましたか?」
侍女たちに聞くとずいぶん背の高い侍女が声を上げる。
「私です……」
決まりだな………
「では、彼女が犯人……で、いいですね?」
「彼女は違うわ」
子安の言葉に花蓮が即答する。
「なぜですか?」
「彼女は猫アレルギーなの。近くに猫がいると湿疹ができるから鈴ちゃんに近づくはずもないわ」
「猫アレルギー……」
その言葉に杏華は強く反応する。そして彼女を注視する。
「つまり犯行の動機はあったわけですね?」
「どういうことだ?」
杏華は肩をすぼめて告げる。
「猫アレルギーなのに職場に猫がいる。それだけで動機にはなります」
これでより確実に彼女の可能性は高まったと言えた、まさに猫を逃がす動機にはぴったりだ。
しかし、杏華は何か腑に落ちないのか口元に手を持っていっていた。
「何か気になるのですか?これは疑いようのないほどに彼女の犯行でしょう?状況証拠は彼女を指してますよ?」
「そうですね。彼女が犯人です」
「え?」
まさか肯定されるとは思っていなかった子安は声が漏れる。
「不確実は嫌なのでは?」
「証拠はありますよ」
杏華は侍女の前に行き彼女の腕の裾をめくる。そこには湿疹ができていた。
「これは何ですか?」
「たまたま猫に会って……」
「ではこのあなたの下半身についている猫の毛はどう説明しますか?」
それは猫に近づいた証拠だった。しかも背の高い彼女だからこそ床にある毛が下半身にのみついてるのだ。
「……」
侍女は黙ったまま何も言わない。
「これは犯罪ではありません。処分は軽い物です」
子安は冷静に落ち着きながら侍女に告げる。
すると静かに彼女は語りだす。
「……本当は、やりたくはなかったです」
ぽつりぽつりと語りだす。
「ですが、医者にこのままでは悪化するかもしれない。そう、言われたのです……命の危険もあるかもと…」
「そんなことのために私の鈴ちゃんを逃がしたの!!ふざけないで!」
花蓮の手が強く侍女を叩く。あまりの勢いに侍女は床に倒れる。
「あなたの命より鈴ちゃんの命のほうが重いのよ!?分かってるの!!」
「すみません、すみません、すみません」
彼女は倒れた侍女を激しく蹴る。
「落ち着いてください、花蓮殿」
「忌み子の分際で私に触らないで!」
彼女は大きな声で子安を拒絶する。
しかし、すぐに正気に戻りハッとする。
「い、いえ…今のは間違いよ…ごめんなさい」
「構いません……」
事実は変えられない。
忌み子である事実は消えない。
「とにかく彼女にはあなたの担当から外れてもらいます。いいですね?」
「ええ…分かったわ」
後に聞いた話だと侍女のアレルギーは本当にかなり危険な状態だったようだ。一歩間違えれば命の危機もあったらしい。
「嫌な話でしたね?」
杏華は話しながらブラックコーヒーをゆっくりと飲む。
「あの、なんでここにいるのですか?」
「え?暇だったからですけど」
「暇だったからって来ないでくださいよ……」
「それよりこれ饅頭いりますか?」
杏華は大きな饅頭を差し出す。
「こ、これは!?」
その手にあったのは市井で有名な甘味処の饅頭だった。
「どこでこれを!?」
「先日、実家の父から送られてきました」
「君は食べないのか?」
「私は甘いのは苦手なのですよ」
「なのに、甘い饅頭を?」
「母が甘党だったので……とにかくいるならあげます」
杏華は子安に饅頭を放り投げる。
「おお!!これがあの有名な七福堂の饅頭か!!」
「……好きなんですか?甘いの」
「ああ、好物だ!」
「そうですか……」
その時の杏華は私を見てボーとしていた。
「やはりいるのか?」
「いえ……ただ、懐かしくなっていたのです」
「??、何のことだ?」
「母がよく甘いものを見て喜んでいましたから」
「そうか、君のお母さまは趣味がいいな?」
「ええ、ですね……」
机に肘をつきこちらを眺める彼女の綺麗な茶色の目が遠くを見ていた。
「そう言えば、あのとき何を考えていたのだ?」
途中彼女は何か悩んでいた。結局聞けずじまいだったと思い出す。
「ああ、あれは分からなかったのですよ」
「何がだ?犯人は分かっていたのだろう?」
「犯人ではなく、その動機についてです」
「動機?命の危機だったからではないのか?」
子安は饅頭を食べながら問う。
「それは理解できます……ただ、一つ分かりません」
「それはなんだ?」
「なぜ彼女は上司に相談しなかったのでしょうか?もしそうしていたら、配属先を変えることはできたはずでは?」
「変えられなかったのかもしれないですね…」
「??、どういう意味ですか?」
「彼女は主を大切に思っていたということですよ」
「それがあの仕打ちですか……」
杏華は目を細めて表情を微動だにしなかった。それはとても恐ろしくて寒気がした。
「……いつだって思いは一方的なものですよ。特にこの後宮では」
「……私には理解できません」
「私もですよ……」
窓の外を眺めると空は低く雨雲が空を覆っている。
そろそろ雨が降る。
ポツリポツリと。
「みんな、わがままですね………」
小さな呟きは雨音に掻き消されるように雨に溶けていくのだった。
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ある武官が後宮の中庭で上半身裸の状態で剣を振り上げては振り下げていた。
「ふん!」
空気が切れる音がヒュンとする。彼の周りだけがやけに熱を帯びていた。
そんな彼を熱い視線で見ている赤い髪の女性がいた。
下級妃・蓮香れんか
「どうか、あの方が気づいてくれますように…」
蓮香は脱ぎ捨てられた彼の服のポケットに、赤いバラの刺繍がある手拭いを入れる。そして、そそくさと去っていく。
その人影を視界の端に捉えると彼はその人影が去っていったほうをじっと見つめる。
「……あなたは誰なのですか……」
その声は小さかった。
かき消えそうなほどに。
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