残滓の香り 1
初夏の夜。
誰もいない庭で炎が燃え盛る。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
一人の下女が泣きながら父の形見の数々を燃やす。
炎はより燃え上がり黒煙が空に上がる。それは星空を覆い、星の輝きを隠す。しばらく星たちは黒煙に包まれていた。
「これで……いいよね…」
彼女は黒煙で見えない星空を見上げて告げる。
その声は静かな夜の空気に溶けるように消えていったのだった。
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帝の事件からしばらく過ぎた。窓から入ってくる風は春の心地いい物から初夏の生暖かい風に変わっていた。
「暑い…」
扇子で仰ぐも風は生暖かく、自然と背中にうっすらと汗をかき気持ちが悪い。
「そうですか?私は冷え性なのでちょうどいいですが」
杏華は涼しげな顔で椅子に座って相談状を読み漁っていた。
「そうですか……」
「ええ」
彼女の冷たい言葉で会話が途切れる。
私はあの帝の件から彼女との距離の取り方に迷っている。
彼女はおそらく父の被害者。そして、扱いがどうであれ私は息子。責任は私にもある。
彼女の事情は知らない。そもそも私は彼女のことをよく知らない。
(まったく…今頃になって考えるなんて…)
「父か…」
子安は小さく呟く。
父への思いなどあってないようなものだ。それにあんな者は父とは言えない。
「子安様、子安様!」
「うん?な、なんだ?」
「お客様ですよ」
杏華が入り口を指さしていた。
そこにいたのは下女だった。
「あなたは?」
「お願いします…父の形見を探してください」
下女は泣きながら懇願してくる。
「とりあえず、落ち着いてください」
子安は彼女を椅子に座らしてコーヒーを出す。
「砂糖はいりますか?」
「はい……三つお願いします……」
彼女は小さな声で答える。
「甘いコーヒーは心を落ち着かせますから」
「それは子安様だけですよ」
「甘いものは心にいいのですよ?お知りにならない?」
「体には悪いですけどね」
「ま、まあ、そうですね……」
やはり彼女は冷たい。
沈黙が重く肩にのしかかる感覚がする。
「えっと、でお父様の形見がどうしたのですか?」
私は空気に耐えきれず早速本題に移行する。
「はい……実は父の形見がなくなったのです」
「なくなった………ですか…それは単なる探し物ですか?」
「いいえ!誰かが盗んだのです。きっと!」
下女は強く言い切る。
「盗難の証拠はあるのですか?」
「いえ…ですが形見のものは錠をかけてしまっていました。私以外には開けられません。なのに中にないのは盗難以外ありえません」
「ご自身でどこか移した可能性はありませんか?」
「そんなはずありません!……形見は見るのもつらくて開けてなどいませんから」
「そうですか……」
「とにかく犯人を捕まえてほしいのです」
「分かりました……できる限りのことはしてみますね」
「どうか……よろしくお願いします」
下女はそう言い残して去っていく。
下女が去って子安の頭には先ほどの下女の話に出ていた形見について考えていた。
父の形見……そんなものは私には……
「子安様!」
「はっ!?な、なんですか?」
「はあ、あのですね、この話おかしくないですか?」
「お、おかしいですか?」
「だって、錠をかけ厳重にしまっているのは亡き父の形見。ですが彼女は下女です」
「??」
子安は杏華の言いたいことが分からず一瞬戸惑うが、すぐに気づく。
「形見に価値がないと?」
「はい、妃様なら話はともかく彼女は下女。そんな彼女の父親が高価なものを持っているとは私には考えにくいのです」
「そうですね……」
それを盗難された…
つまり何かほかの意味があるということでしょうか……
「盗難されたものとは一体何でしょうか」
「おそらくですが彼女は素直には言わないと思いますよ」
「そうかもしれませんね……」
もし盗難物が何か訳ありのものなら素直には言わないだろう。仮に言ってもそれは嘘の可能性が高い。
つまりやることは一つ。
「はあ、まずは彼女の周囲から話を聞きましょうか……」
子安はため息を吐きながら、まだ暖かいコーヒーに砂糖を三つ入れて飲み干す。コーヒーは甘くなるはずだった。しかし、その日のコーヒーは砂糖をいくつ入れても苦い気がした。
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