残滓の香り 2
「え?本当ですか?」
「ええ、事実です」
下女の知り合いは歯に物でも挟まっているように頷く。
「ありがとうございました」
お礼を言い子安は首元に手を持っていき軽く撫でる。
「おかしいですね……」
「はい、先ほどの話が事実なら何故彼女はなぜ形見など、持っていたのでしょうか?」
「……分かりません」
そう言った子安。
だが、彼には理解できるはずだった。《《彼女と同じ彼なら》》。
「とにかく彼女に話を聞きましょう」
杏華は目線を少しこちらに向けて視界の端で子安を捉える。
「ええ……」
子安は杏華の目には明確にわかるほどとても息苦しそうに見えた。
「大丈夫ですか?」
「何がですか?」
子安は気づいていない。それに杏華は気づく。
しかし、杏華は何も言わない。
(何か言うには私は子安様のことを何も知らない……)
杏華もまた子安と同じで距離の取り方に困っていた。知らない故に相手の一線に触れてしまわないか。
「いいえ、何でもありません」
だから杏華にはこう言うしかできなかった。
「そ、そうですか……」
だから、彼もこう言うしかなかった。
見えない壁は確かにそこにあったのだから。
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後宮の中庭では下女たちが忙しく衣服を洗濯板で擦り、泡立たせて干していた。子安はその中で同じように忙しくしている彼女を見つける。
「子安様!」
彼女は私を見つけて洗濯物を同僚に任せてこちらに走ってくる。
「何かわかりましたか?」
彼女の顔には期待が浮かんでいた。
「いいえ、謎が深まりました」
「え?どういう意味ですか?」
「あなたの……お父様は……」
子安は少し言み、言葉に詰まる。それは彼にとって想定外。
頭は真っ白になり言葉は宙を舞う。
バラバラになった言葉は掴めなくて紡げない。
「お父様は……なんでですか?」
意味をなさない。
呂律が回らない。
額には大粒の汗をかき額を伝って石畳の地面に落ちる。
「なぜなのですか?なぜ?あなたは被害者ですよ?」
「し、子安様?」
その様子に下女も彼の様子がおかしいのに気づく。
「あなたはお父様をなぜ?」
子安は無意識に下女の肩を掴む。その力は強く下女の肩は軋む。
「い、痛いです!子安様」
下女は怯えて体が震える。
パン!
次の瞬間子安の頭が叩かれた。
「え?」
子安は何が起こったか分からず放心状態。
「落ち着いてください」
杏華だった。彼女の妙に静かでいつもより優しい言葉が脳内に自然と馴染み、反復されて子安の心を自然と落ち着かせる。
「す、すみません」
「謝るのは私にではなく彼女に、ですよ」
「え、ええ。すみません」
「い、いえ」
子安は頭を下げて謝罪する。
「すみません。私が彼の代わりに説明しますね」
「は、はい」
杏華は一言彼女に謝罪し子安の代わりに話し出す。
「私たちはあなたの知り合いの人たちに話を聞きました」
「え?なぜですか?それが盗難と何の関係が?」
「私たちはあなたの父上の形見が盗まれた。その事実を疑ってます。それはあなたが下女だからです」
「……下女の父だから高価なものはなかったと言いたいのですか?」
「ええ」
杏華はさらに不信が募っていく。彼女は説明せずともこちらの言いたいことを理解した。そんな賢い彼女がなぜ……
「確かに高価なものはなかったですが、それでも盗む人はいるかもしれませんよね?」
「それは、《《あなたのお父様があなたに虐待をするほど人格が歪んでいて他人から恨まれていたから》》、ですか?」
その言葉に下女は顔を大きく歪ませる。その顔は鏡で見るように湾曲している。
そして、騒がしいはずの周りの人の声や洗濯物をしている音は一切聞こえなくなった。
「……ですが、私の父なんです……」
声はか細く、今にも消えそうだった。
それを彼は、子安は聞き逃さない。
「……そうですね……」
ぽつりぽつりと彼は言う。
「どんなに酷く歪んでいても父は父ですから……」
「はい……だからもし盗まれたのなら取り返したいのです」
「分かりました……」
杏華は静かに告げる。
(歪んでいる……)
誰かの声は静かに心に落ちていく。
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