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邪神の子  作者: 月宮 結
巨大樹の森編

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9/20

神様の言葉

俺はいまいち意味を掴みかねていた。神様もそれに気づいたのだろう。


「全く、しょうがないやつじゃな……」

 と言いながら、宝石が再び赤く発光した瞬間、今まで真っ暗だった空間に急に光が灯された。


光る玉のようなものが、宙をぷかぷかと浮かびながら周囲を照らし始める。


そこで俺はようやく確信した。ここに転がり落ちてきた時に嗅いだ、古い本の匂いは勘違いではなかったのだと。


空間自体はそれほど広くはなく、地面に伏せた赤ん坊目線のため多少のズレはあるだろうが、学校の図書室くらいの広さだった。天井の高さまである本棚が、土に埋め込まれたように左右の壁に向かい合って存在している。本棚のない側の片方には、俺が落ちてきた洞穴の入り口があり、その対面にはさらに大きな穴が口を開け、どこかへ続いているようだった。


石畳の床でできた部屋の中心には、円形の石のテーブルと、上側が平らに整えられた石の椅子が2つ、向かい合うように置かれていた。空間全体は整えられた正方形というより、自然にできた洞窟に書庫を造ったような感じで、どちらかと言えば円形に近い。そして何より目を引いたのは、左右の本棚にびっしりと並べられた本の数だった。


国語辞典を縦に少し引き伸ばしたような大きさで、分厚く背の高い本が所狭しと並び、その数は膨大に見えた。背表紙は全て統一された焦げ茶色の革製らしく、タイトルと思われる文字が書かれているが、俺には全く読めなかった。


空間全体に、どこか圧倒的に神聖な空気が漂っている。動物として本能で暗闇を怖がるはずなのにそれが全くなかったことにようやく合点がいく。


入ってきた洞穴から見て左側の本棚の奥には、太く逞しい木の根がすぐ側に張り出していた。


 圧倒されている俺をよそに、宝石が三度光った。今度は左側の本棚の左上あたりから一冊の本がするりと抜け出し、そのままこちらに向かってぷかぷかと宙を泳いできた。


本は俺のすぐ近くでぴたりと停止し、そのまま浮かび続ける。


神様が言った。


「魔導書を使って説明するが、首も座っていないお前にはその体勢のまま長い間首を上げ続けるのはちと辛かろう。何よりわしの大切な魔導書が汚れては困る。お前、ちと転がって仰向けになれ。」


首の座っていない赤ん坊に寝返りを打てという無茶振りだが、まあいい。さっきできたのだから今回もできるだろうと思い、力を入れてみた。


……石のように固まって、びくともしない。


あ、あれ?


必死に動こうとしても全く動かない。どうやらさっきの10mの大冒険は、意志の力が起こした奇跡だったらしい。


神様は、ふがふがと四肢をばたつかせる俺を見て小さくため息をつくと、不思議な力で俺の体を包み込んだ。そして本と同じようにふわりと浮かせ、くるりと回転させてから、そっと仰向けに降ろしてくれた。


"すみません。ありがとうございます。"


本は再び動き出し、俺の視線の真ん前にやってきた。


「お前、今どれくらい周りが見えておる?」


"結構遠くまで、鮮明に見えるようになりました。"


「ふむ。ならばこの位置で良いな。」


神様がそう言うと、本のページがペラペラと捲れ、ある場所でぴたりと止まった。影になっていてよく見えないなと思った瞬間、先ほどより弱い光を放つ小さな光の玉が俺のすぐ近くに現れ、ページを優しく照らしてくれた。


そこには絵が描かれていた。文字は少なく、フォントも大きい。


「これ、どのくらい読める?」


読めるわけないだろと思いながら目を凝らすと、なぜか少しだけ意味が掴めた。高卒認定試験で初めて英語長文の問題を見たときのような感覚——少し知っている単語があって意味が掴めそうなのに、実際は全く掴めない、という気分だった。


読めるようで、読めませんと正直に答える。


神様はさっき「俺に読めない魔法はない」と言っていた。ここに書かれているのが魔法の説明なら、読めない時点で俺は見捨てられるのかもしれない。


少し怯えながら返事を待っていると、思いのほか嬉しそうな声が返ってきた。


「最初にわしがお前の悲鳴に声を返してから、まだ一刻も経っていないというのに、完全に理解できぬというわけでもないのだな? 素晴らしい。」


けらけらと笑ってから、神様は続けた。


「今開かれているここには、2ページに渡って『首飾りを作る魔法(ハールスケット)』が記されておる。」


それを聞いて描かれている絵をよく見るとこれらはどうやら作業工程を説明しているらしかった。


「良いか? よく聞いておれ。今から読み上げるぞ。」


首飾りを作る魔法(ハールスケット)|この魔法は魔石を含めた石から、花びらの一枚に至るまで、さまざまなものと紐を組み合わせて首飾りを作るための魔法です。材料は形になるものならなんでも良し。あなたもこの呪文を唱えて、綺麗な首飾りを作りませんか?】


【星の欠片よ、集って結べ────ハールスケット】


神様は読み終えると、続けた。


「今の状態でもう一度読んでみよ。」


読んでみて俺は驚いた。八割方、読めるようになっていた。


神様は俺の様子を見て、もう一度同じ内容を繰り返してくれた。


それを聞いてから読み返せば今度こそ、俺は全て読むことができた。


"読めます!全部理解できます!"


「良くやった!」


神様に褒められ少し照れていると、唐突に首が締め付けられた。


いでっ。


「あ、すまんな。そのまま動くなよ。」


首を少し持ち上げられた状態のまま動かないでいると、今この瞬間までその存在を忘れかけていた、母親に首にかけられ、散々俺の喉を修復した厄介な何かが、俺の首元から外されてぷかぷかと宙に浮き始めた。


何かは精巧な意匠が施された首飾りだった。


視界の端に捉えるのみでぶっちゃけ光っていること以外何も認識できていなかったがこうして見るととても綺麗な首飾りだ。


何するんですか? と聞こうとした瞬間、首飾りは空中で紐と本体に分離され、引きちぎられた。本体は無惨にも鈍い音を立てつつ石畳の上に落ちる。


最終的に捨てられたし散々な目に合わされたとはいえ産んでくれた母親から渡された唯一の品が壊れる瞬間を見て、俺は寂しいような残念なような不思議な気持ちになった。


神様はなんでもないように


 「これで紐ができたな!」


と言うと、ちぎった紐を俺のお腹の上に置いてから言葉を続けた。


「魔石だけはわしの力で動かせんのじゃ。掴んで、同じようにお前の腹の上に乗せろ。」


"魔石?"


「赤い石ころのことじゃ。」


そう言われて、少し格闘しつつ何とか魔石をお腹の上に乗せた。


「よし、準備できたな。それでは利き手…はまだ分からんから、両手をお腹の上に向けながら、書いてある通りに呪文を唱えろ。」


神様が唱えたのをなぞるように、俺は見よう見まねで唱えた。


【おちのあえあよ、ちゅどってううえ────あううけっと】


一瞬、辺りが静まり返った直後、神様が大笑いし始めた。


「口で唱えんでもよいわ。心の中で唱えよ。」


笑い続ける神様の声を聞き、赤面しながら、俺は心の中で深呼吸した後、再度唱えた。


【星の欠片よ、集って結べ────ハールスケット】


瞬間、右手から見えない何かが放出されるのを感じた。お腹の上にあった赤い魔石と紐が宙に浮き上がり、本に描かれていた通りの工程を経て、綺麗な首飾りになって、ぽとんと再びお腹の上に落ちてきた。


神様は紐の部分を摘むようにして宙に浮かせ、俺に見えるようにしてくれた。


「素材の割には不格好じゃが、初めてでこれなら及第点じゃな。」


そう言うと出来たてほやほやの首飾りを再度俺の頭を持ち上げて首元に掛けてくれた。


「これで先程言った意味は理解できたか?この過程を繰り返していけば、全ての魔法をお前は理解できるようになるじゃろう。…それでじゃ。」


神様の声色に好奇心が混ざるのを俺はなんとなく感じ取っていた。


「赤子の器を持ちながら、魂は全く別の形をしたナニカよ。お前は一体どこから来た何者じゃ?」




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