おかあさん
俺は泣いていた。
赤子らしく、わんわんと。
赤子らしからぬ、狂気に満ちた表情で。
発狂しながらも、俺は少しずつ理解していった。
おそらく、今、先程産み落とされたということ。
自分を泣きやめさせようとあやしているのは、おそらく母親だろうということ。
そして、瞳をわずかに開いてぼやけた視界で見てみれば周囲の異質さを認識できた。
母親と纏わりつく血液の赤を除けば、視界の全てが緑だった。
嗅覚で生臭さの奥に捉えたのは、湿った土と腐葉の、深く甘い匂いだった。
どうやら俺は今、森の中にいるらしい。
そして異質さはもう一つ——周囲には、母親以外、誰1人としていなかった。
父親どころか看護師も、手伝う産婆もそこにはいなかった。この母親はその身一つで森の中、俺を産み落としたらしかった。
母親を見つめてみれば、異様なほど静かで何1つとして言葉を発していない。ただ泣き叫ぶ俺をあやそうと必死に身体を揺らすのみである。
もちろん、これらは全て、欠片ほど残された理性で思案したことに過ぎない。
人格の大部分は依然として発狂状態のままだった。
錯乱しながら泣き喚いていると、突然、母親がびくんと震えた。
ぼやける視界の中でも、その後しばらくの間、彼女が自分の顔をじっと見つめていることだけははっきりと認識できた。
彼女は何を考えたのか、俺を草が生い茂った地面に横たえた。
背中に直接草が触れ新たな不快感が俺を襲う。
彼女は自らの首元に手を伸ばし、つけていた何かを取り外し、それをこちらの首に付け替えた。
そして祈るような動作をした——その瞬間。
身体全体を、何か巨大な力が覆うのをはっきりと感じた。
全身が粟立つ。小学生の頃に友達と行った心霊スポットで暗闇から視線を感じた時の何倍も身体が引き締まるのを感じた。
こちらの状態を確認してから、彼女は優しく額にキスをして、
"〇〇〇〇〇。"
何事かを呟いた。音としては聞こえなかったけれど彼女の口元が動いていたことだけは理解できた。
そして、俺を草の上に残したまま、子を産み落とした直後とは思えない速さで走り去っていった。
――――――――――――――――――――――
俺は泣き続けていた。
依然として身体は粘液と血に覆われ、不快感は留まるところを知らない。
いや、もし体がとても清潔な状態だったとしても、自分は泣き続けていただろうと思った。
除菌などされていない、外の世界。
草の上に放置され、いつ耳の横を虫が這い寄り、そのまま中に入り込んでくるかも分からない状況で、冷静でいられる自信などなかった。
先程までいた地獄が母胎の中だったのだと理解し、纏わりついていたものが羊水の類いであると気づいた瞬間、わけのわからないものに覆われていた不快感は消えた。
代わりに、圧倒的な現実とそれがもたらす不快感が新たに押し寄せてきた。
彼女の口にしたものが自分の中に流し込まれていたという事実。発狂しない方が難しかった。
でも、その混乱の中でほんの少しだけ安堵もしていた。
泣きわめき続けた喉は既に出血を始め、新鮮な血の味がしていた。
声は掠れ、もう汚い音しか出ない。
母親から離れた胎児は、どんな動物であろうと生きていけない。
彼女が戻ってきたり、他の誰かに拾われない限り、すぐそこに死が確定していた——はずだった。
唐突に、先程母親の手によって首に掛けられた何かが発光した。
すると、口の中を覆っていた血の味が消えた。
再び、辺りに自分の元気な喚き声が響き渡る。
意味が、わからなかった。
何が起きたのか理解できなかった。
そして、もしかして死ねないのかもしれないという悪い妄想が頭をよぎり——それは現実になってしまった。
喉が切れて血が出ても、すぐに傷口が修復されてしまう。
日が暮れても俺は泣き続け、絶え間ない破壊と再生の間に、ついには朝が来てしまった。




