たんじょうび
俺は誕生日というものが苦手だった。いや、小さい頃は好きだったが、中学生の頃にトラウマを植え付けられてから苦手になってしまった。
唯一継続的な関わりがあった妹と弟は優しくて、逆に俺の気持ちを汲んで祝おうとはしなかったので、15歳の時に一人暮らしを始めてからは、本当に俺の人生とは無縁のものになっていた。
そんなこんなで、今世でも俺は誕生日の存在をあまり気にしていなかった。そもそも何月何日に生まれたのかも、それどころかどの季節に生まれたのかもよく分からないし、地球ではないこの世界で1年が何日あって、どうやって日にちを数えているのかも知らないしあまり興味もなかった。
スウは一応「今日で1歳じゃな」「今日で2歳じゃな」と教えてはくれるものの、特にお祝いなどはなく、祝う文化のない世界なのかなと思い、特に気にせず修行に打ち込んでいたのだが……
「起きろアル! 今日は3歳の誕生日じゃ!!」
ある朝、俺はそう叫ぶ元気なスウの声で目を覚ました。普段から大きい声量が、今日は一段と大きくて寝起きの脳をグラグラと揺らす。
困惑しながら身体を起こすと、赤い魔石は興奮したように荒ぶりながら宙を泳いでいた。そのまま部屋の真ん中にある石のテーブルまで飛んでいくと、「早くこっちに来い」と叫ぶ。
眠い目を擦りながらよろよろと歩いて向かうと、テーブルの上には布がかけられて隠された何かと、丸焼きにされた大きな豚がいい焼き色になってわざわざ皿の上に置かれていた。胴にはピンク色のリボンまで巻かれ、可愛らしく蝶々結びされている。豚の周りには見栄えを良くするためか、食べられそうな草が並べられ、トマトに似た果実が輪切りにされてその上に置かれていた。
さながらクリスマスの夜に家族で食べる七面鳥を模したような豪華な食事に、若干度肝を抜かれつつ聞いた。
「なにこれ。」
簡単な言葉なら発音できるようになっていた口でそう尋ねると、スウは言った。
「なにって、3歳になったお祝いじゃ。……もしかして誕生日を祝う概念、前世にはなかったか?」
"それ自体はあったけど、1年毎だったというか、こっちだと3年毎に祝うの?"
「そうじゃよ。少なくとも数百年前の人間はそうしていた。」
そんなに前ならその習慣も変わっているだろと思いつつ、スウの持つ知識が古いのはどうしようもなくいつも通りなので、何も言わずに黙っていると、芝居がかった口調でスウは言う。
「アル、改めて、3歳の誕生日おめでとう! プレゼントも用意したぞ! じゃじゃーん!」
布が外され現れたのは、精巧に作られたドラゴンの石像だった。ディテールがめちゃくちゃ細かくてかっこいい。石像を作る魔法は俺も使えるが中々難しくてイメージ通りにはいかないのだ。これほど細かく作るのに、どれくらいの時間とマナを費やしたのだろう。
「ありがとう」と返して席に着く。平らな石の椅子は大理石のようにすべすべとしていて座り心地が良い。
食事を手で触れようとして、躊躇う。スウが魔物を狩ってくれていた頃も、俺が狩るようになってからもそうだが、普段は死骸そのままどさっと地面に置いているのに、今日はわざわざ大きめのお皿まで作られている。お皿を作る魔法は確か材料がまあまあ集めにくかったはずだ。この大きさだと少なくとも数日、俺が気づかない間に素材を集めてくれていたんだろう。豚だってわざわざ美味しそうに焼き目が付けられている。口に入れるわけじゃないから、その必要もないのに。
手で触れた瞬間にただの砂の山に変わるのがなんだか申し訳なくて動けないでいる俺に、スウは言った。
「アルのために作ったんじゃ。マナが抜けきらんうちにはよお食べ。」
そう言われて手を伸ばすと、分かっていたことだが一瞬で砂に変わる。
それを見て、俺はポロポロと泣いていた。
スウは慌てた様子で聞いてくる。
「やっぱり不味かったか? ちょっと焼きすぎたかなぁとは思っていたんじゃが……それとも味付けのほうか? 間違えてレシピの倍量、クコの実をふりかけたから辛すぎたのか?実際の味付けがマナの味にも影響を与えたのか?」
「ちがう。」
俺はたどたどしい口調で言う。
「だれかに、たんじょうび、おいわいされたの、ひさしぶりで、すごく、うれしくて。なのに、せっかく、じゅんびしてくれたのに、いっしゅんで、すなにかえちゃって、もうしわけなくて……」
それを聞いてスウは笑った。
「なんじゃ、そんなことか。気にするな。わしも分かっていて作ったのじゃ。今日は修行は休みにして、アルのやりたいことをしよう。」
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一日中遊んで、遊び疲れて寝床に転がる。はしゃぎすぎて部屋の中で火を吹いてスウに魔石の端っこで頭を殴られ、大きめのたんこぶができたものの、総じてとても楽しい一日だった。
貰ったドラゴンの石像を抱えて眠りにつこうとして、そういえばと思って頭の中でスウに聞く。
「スウの誕生日っていつなの? 俺もお返ししたい。ていうかそもそも何歳なの?」
「レディに年齢を聞くなと前世では教えられなかったのか?……神に年齢などあるわけがないだろう。もちろん誕生日もない。」
それは困るなと思った。貰い続けてばかりなのは嫌だった。
「それなら誕生日、俺と同じってことにしようよ。年齢も俺と同じ3歳ってことで。」
「ふざけるな。わしとお前が同い年? お前たち人間では認識できないほど悠久の時を生きておるわしがか? 大体神たるわしに生まれるなどといういう概念は……」
何か言っているスウの喚き声をBGMに、俺の意識は夢の中に落ちていった。




