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邪神の子  作者: 月宮 結
巨大樹の森編

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17/20

奪い合い

スウの不意打ちが原因で初めて立てたあの日から、さらに1年が経過し、俺は2歳になっていた。あの後、怒りも忘れてスウと2人ではしゃぎ……はしゃぎすぎて後ろ向きに倒れ、頭に大きなたんこぶができたが、今ではそれもいい思い出だ。


既に歩くどころか走れるようになり、魔法に関しても攻撃魔法のいくつかは無詠唱で発動できるようになったある朝、俺はスウに告げられた。


「今日からはアル自身の手で魔物を狩ってもらう。最初にお前が転がり落ちてきた穴から地上に出て、今使える無詠唱魔法で届く範囲の魔物を仕留めよ。」


いつも通り座学をしたあと、地下側の洞穴で時間をかけて練習してから、気を引き締めて地上に向かった。


入ってきた洞穴は生まれたての頃ですら若干狭いと感じるくらいの大きさだったが、スウが前日の夜に広げてくれていたようで、今の身体でも難なく通れるようになっていた。


深く深呼吸してから、手を付いて這い上がる。匍匐前進しながら進んでいると、スウに「止まれ」と言われたので停止した。


「言い忘れておったが、聖域の範囲は洞穴の際じゃ。今からお前に隠密魔法をかける。聖域の中から獲物が見え、狙える角度ならそのまま撃て。そうでないなら聖域の外に少しだけ身体を出すことになるが、隠密魔法をかけた状態なら目が合ったりしない限り気づかれん。良いか、落ち着いてゆっくり進め。」


身体を黒い何かが包むのを確認してから、言われた通りゆっくりと静かに登ると、目に入る光は次第に強くなり、ついに地上が見えた。


穴の中にいるため視界は広くはないものの、緑の木々と綺麗な青空ははっきりと見えた。雨音がしないから雨ではないことは分かっていたが、思っていた何倍も空は綺麗に晴れ渡っていた。


木の見た目からして、地球なら亜熱帯といったところだろうか。小さい頃、家族旅行で行った沖縄の森に生えていたような木々が見える。


スウがそこら辺に落ちていた石で線を引いた。聖域の端を示す線だ。俺が聖域外にいたのは赤子の頃の一時だけで、その時も判断能力が著しく低下した状態だったので、聖域の外から中がどんな風に見えているのかはよく分からない。スウ曰く、聖域は単純なバリアのようなものではなく、正真正銘、人類の絶対安全領域らしかった。確かにこの2年、洞穴の中で俺は一度も生きた魔物を見かけていない。


ラインギリギリまでじり寄り、外をジロジロと見ると、いた!


出てすぐ目の前は視界が開けており、背の低い雑草が生い茂っていて、その奥、木の根元辺りに一匹の白いうさぎが後ろ足で耳の辺りをかきながら、どことなく眠そうに佇んでいた。


見た目には見覚えがあり、というか昨日の夜もスウが取ってきてくれたものをバクバクと食べた記憶がある。普段喰らう時も若干心を痛めていたが、こうして動いているのを見ると余計に胸に来るものがあった。


そんな俺をよそに、スウは言った。


「ちょうど良い位置にちょうど良い獲物がおるな。手始めにあそこにおる白兎を狩ってみようか。」


その言葉を聞いて静かに狙いを定めるが、角度が悪い。魔法使いには利き手のようなものがあり、俺は右利きだ。例外を除いて魔法は大抵利き手から発せられるため、腕には照準を合わせる役割もあるのだが、上手く合わない。


「仕方ないな。隠密魔法はかけてある。落ち着いてほんの少しだけ聖域外に身を乗り出せ。ゆっくり照準を合わせて狙い撃て。」


そう言われて俺は緊張しながらも、初めてスウが引いた線の外に自らの身体を露出させた。幸い白兎はまだ気づいておらず、耳を掻き続けている。


照準を合わせつつも、前世で小学生の頃、学校の裏庭で飼っていたうさぎに見た目も仕草も似ているなぁとぼんやりと思っていた。毎年5年生が飼育を任せられる学校のマスコット的存在で、俺は高い競争率の中から見事お世話係に選ばれ、進級の季節が来てお世話係を卒業しなければならなくなった時、嫌すぎて少し泣いたほど、まあまあちゃんとお世話をしていた。


そういう思い出が俺に一瞬、魔法の発動を躊躇わせた。瞬間、真っ赤な瞳と目が合った。


一瞬だった。ものすごいスピードでこっちにくる。慌てて魔法を撃つが、外れた。焦って連射する。スウの声が聞こえる。


「落ち着け! ちゃんと狙え! 無理なら一度体を引け!」


その言葉に聖域内に入ろうとするが、恐怖で固まってしまっていた。


「うわああああああああああ!!!!!!!」


絶叫しながら連射していると、目と鼻の先、身体に触れるギリギリでようやく命中し、白兎は目の前にぽとりと落ちた。


乱れた息を整えながら少し安心していると、スウが叫んだ。


「トドメをさせ! 早く!」


一瞬だった。


一瞬で俺の右耳が無くなった。


身体の中を流れていないから、血は出ていない。


それでも白兎の口元には、根元から引きちぎられた俺の耳がぶら下がっていた。


スウは絶叫している俺を、かけている首飾りの紐を引っ張ることで聖域の中に押し込んだ。白兎は追撃しようとして跳躍した結果、聖域にぶつかり、黒い灰になって消えた。


痛みで泣き叫ぶ俺の耳を、スウは治してくれた。


【光よ・慈悲の流れとなりて・銀の雫をこの身に垂らせ——ハイロンオース】


俺が落ち着いてから、スウは言った。


「前も言ったが、見た目に騙されるなよ。愛玩動物からは程遠い生き物じゃ。人間のことは食い物としてしか認識しておらん。情に流されれば一瞬で命を落とす。奪われる前に奪え。命の奪い合いでこの星は回っておる。……もう一度、行けるな?」


鼻水を垂らしながらも、俺は頷いた。奪われる前に奪う。


しばらく待機していると、さっきの白兎と家族なのかなんなのか、よく似た白兎が現れた。再び聖域外に身を乗り出し照準を合わせる。


今度は、躊躇わなかった。


落ち着いて発動させると、火の玉は真っ直ぐに飛んで白兎に直撃した。その後、物を浮かせる魔法を使うと、白兎が少し地面から浮いた。きちんと絶命し、生き物から無機物になったらしい。そのまま聖域内まで運び、手を当てると白兎はいつも通り砂に変わった。


これをこれから毎日繰り返していかなければならないことに若干心を乱しつつも、こうして俺の狩猟生活は幕を開けた。

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