赤子と特訓と
ついさっきネズミをたくさん喰らったからだろうか。昨日挑戦した時より確実に力が入り、寝返りが打ちやすくなっていた。それに今は首飾りをつけていないので、うつ伏せになってもお腹に突き刺さらない。
しばらくその場でゴロゴロと回転した後、思い立ってこの地下空間を探索することにした。まずは左の本棚に近づく。スウとたくさん話したおかげか、昨日より格段に背表紙の文字が読める。
『一般魔法大全I』『疾風魔法』『焔』『これを読めばあなたも立派な主婦! お家で使える便利魔法特集!』……タイトルに統一感はないが、一応ジャンル分けされて並べられているようだった。炎の魔法の近くには、ずらりと炎系のタイトルが並んでいる。
今度は反対方向に回転し、右の本棚を見る。こちらは呪いや隠密、身体強化など、恐らく付与系と思われる魔法が並んでいた。
ふと目を止める。一区画だけ、背表紙が全く読めない魔導書が並んでいる場所があった。なんだろうと思っていると、スウに呼ばれた。
「戻ってこい。これからの計画を話す。」
ゴロゴロと回転して停止する。
「これから毎日、わし自ら魔法を教える。最初はマナの消費量の少ない一般魔法から始めて、マナの吸収・放出・貯蔵機能が発達していくごとに、より消費量の多い魔法を教えていく。攻撃魔法が使えるようになり、一定の水準に達したらお前自ら魔物を狩ってもらう。
お前の大きなアドバンテージは、その歳で意思疎通が取れることじゃ。他の赤子が母親の乳を飲んで眠っている間に修行ができるのは大きい。何より普通の人間は己の才能を疑いながら成功体験を積み重ねて成長していくが、幸いお前は吸収・放出が平々凡々だろうと、読む才能はある。できると分かっていてする努力と、できるかもわからない不安の中で積み重ねる努力は違う。
アル、お前は努力すれば確実に伸びる。他人の何倍も努力すれば、他人の何千倍も強くなれる。だから他人の何千倍努力して、他人より何億倍強くなれ。」
「はい!」
「手始めに一般魔法大全から始めようかの。スパルタで行くから覚悟せよ。」
こうして、修行の日々が始まった。
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スウは宣言通り、厳しかった。
朝、スウの声に叩き起こされ目を覚ますと、目の前には大抵魔物の死骸の山がある。契約時の願いの副産物として、本来人間にあるはずの胃の容量という物理的な制約がない俺は、ある分だけマナを食べられる。とはいえ全身を襲う死にそうなほどの空腹感があるということは、当然食べたことを後悔するほどの地獄のような満腹感もある。
物質としては何も中に入っていないため、嘔吐したところでパッと見は何も出てこないように見えるが、実際俺は大量のマナを吐き出していた。当初スウは「入口も出口も広がって一石二鳥じゃ!」と笑っていたが、その後の座学の効率が落ちるのを見て、一度に大量に詰め込むのはやめてくれるようになった。
朝食が終わると、スウは本棚から魔導書を取り出して読み聞かせてくれる。最初の数日は一度読んでもらわないと理解できないことも多かったが、最近は首もすわり、何も教えられずそのまま読んでも読めてしまうことが増えてきた。そのため効率を考えて、分からない部分は一旦飛ばして、後から魔物を狩ってきたスウに意味を聞くことが多くなった。
読んで食べて、読んで食べての繰り返し。空腹という感覚は地平線の彼方に消えていった。
ある程度読んだら次は実技。使って試す。
初日にスウは教えてくれた。
「魔法の発動方法は大きく分けて3つじゃ。
一つ目は、呪文を詠唱して魔法名を唱えるパターン。」
【灯火よ・夜の帳を優しく溶かせ——リヒト】
するといつも空間を照らしていた光の玉が現れた。
「二つ目は、魔法名だけ唱えるパターン。」
【リヒト】
同じように光の玉が現れた。
「三つ目は、何も詠唱せず発動させるパターン。」
宙に突然光の玉が現れ、辺りを照らした。
「マナの消費量が大きい魔法ほど無詠唱は難しいが、発動までにかかる時間を考えると、無詠唱の攻撃魔法を最低一つは持っていないと聖域の外には出られない。長々と呑気に詠唱していては一瞬で命を落とす。
まずは一般魔法を無詠唱で使えるようになること。これが第一歩じゃな。」
そう言われ修行を続けた今の俺は、その段階はクリアしていた。新しく覚えた魔法を、まずは呪文を詠唱して唱え、次に魔法名だけ、最後に無詠唱と段階を上げて繰り返す。材料が必要なタイプの魔法の材料はスウが全て取ってきてくれる。
マナが尽きるギリギリまで魔法を使ってから再び座学に戻る。それを一日中繰り返し、スウが「今日はもう終わって良いぞ」と言ってくれたら、ようやく寝床に着く。
ここに来た初日こそ石畳の上に全裸のまま寝ていたが、今の俺は自らの魔法で作った服を着て、自らの魔法で作ったベッドで眠っている。着心地も寝心地も正直まだ良くはないが、使い続ければ良いものができると信じて、今日も寝る前に魔法をかけ直して就寝する。
そんなこんなで日々は過ぎ、スウと出会ってから1ヶ月が経とうとしていた。




