魔法の仕組み
スウは、首飾りの魔法を教えてくれた時と同じように、本棚の一角から一冊の魔導書を取り出すと、仰向けで寝ている俺の視線の先に浮かせてくれた。ページを開き、時折めくりながら解説してくれる。
「まずこの世界には至る所に、マナと呼ばれる奇跡の源のようなものが存在している。大気の中にも、この魔石にも含まれているが、無機物を除いてこの星で最もマナを含んでいるのは魔物。次いで人間じゃ。
先程は魔法が使えない種は絶滅したと説明したが、正確には少し違う。植物や昆虫などの類は、魔法が使えない程度に少量ではあるが、一応マナを含んでこの世界に存在している。人や魔物はマナがたくさん含まれているものの方が美味いと感じるため、力がなくても食い尽くされることはなく生き長らえているというわけじゃ。
そして植物や昆虫がマナの保有量が少ないために魔法を使えないことから分かるように、あらゆる魔法はその発動にマナを消費する。起こす奇跡が大きいほど、消費するマナの量は膨大になる。
例えば首飾りを作る魔法は『一般魔法』という括りで呼ばれ、『一般魔法』はこの世に存在する魔法の中でも使うマナの量が少ないことで有名じゃ。そして、使える魔法の強さは体内のマナの保有量に依存している。
通常、この世界の人間は生まれた時が最も保有量が少なく、死ぬ間際が最も保有量が多い。人はその生涯を通じて大気や食事からマナを取り込み、魔法として排出しながら保有量を増やしていく。そして一度に取り込めるマナの量には個人差がある。同じ大きさの牛の肉を一切れ食べた際に吸収できるマナの量は人によって違う。
ここが一つ目の才能の差じゃな。吸収率——つまり入口の大きさの差。
そして魔法は一般的に、使うほどに全ての性能が向上し、使えるものが増えていく。例えば体内のマナの保有量を100とした場合、使える魔法はマナの消費量が100までのものじゃ。そして例え保有量が100あったとしても、マナの消費量100の魔法が必ず使えるとは限らない。イメージとしては、小さな穴を大きな物体が通過できるか?といった感じじゃろうか。
生まれた時、人間の出口の穴はとても小さい。そこを通過できるマナの量を1としよう。そのまま成長し、いきなり100の魔法を使おうとすれば、体内にマナが100もなければ不発になるが、100を大きく超えて保有していた場合、運が悪いと内側から身体が破裂する。
人は生涯を通して少しずつマナの消費量が大きい魔法を使っていき、この小さな穴をゆっくりと広げていく。そしてこの出口にも個人差がある。一般的な人間が1しか通れないのに対し、生まれた時から100通れる者がいる。これが二つ目の才能の差、出口の大きさの差。
そして三つ目。魔法の習得に関する差。以前も説明した通り、この世界の魔法は全て神の言葉で記述される。具体的に言うなら、人は魔法を習得する際、自ら魔導書を読むか、使える誰かに理屈や呪文を教えてもらうことでそれを会得する。
ここにある魔導書は全て、訳あって神の言葉そのもので書かれたものじゃが、例えばAという言語を使う人間の集団がいたとして、彼らの言葉で書かれた魔導書は完成する頃には著者本人も気付かぬうちに神の言葉で書かれたものになっている。魔導書を記述する者はそもそもその魔法を使えるから書けるわけで、もちろん完成した後も違和感なくすらすら読むことができる。
しかし、この魔法を読むことができない——読む才能がないAという言語を使う人間がいたとして、その魔導書はその者にとって理解できるのに理解できない不思議な本になる。逆にBという言語を使う人間がいたとして、その者がもしその魔法を読む才能があれば、読めないはずのAという言語がなぜか読め、その魔法を使えるようになるというわけじゃ。
一般的にマナの使用量が少ない魔法ほど多くの人間にとって読みやすく、逆に使用量が多い魔法はその魔導書を書いた魔法使い以外誰にも読めんこともある。これが三つ目の才能——魔法を読む才能じゃ。
見たところお前は入口も出口も平々凡々といった感じじゃが、この三つ目だけは確実に、今この星に存在している人間の中でピカイチじゃ。どうじゃ?ここまで聞いて理解できたか?」
"だいたい理解できたけど、いくつか疑問があるから教えて欲しい。
一つ目、マナの保有量についてだけど、極端な話、人間はたくさん魔物を食べて満腹状態になれば保有量が増えるの?お腹いっぱいで戦うのが一番強いってこと?
二つ目、使える魔法の属性について。俺が元いた世界のファンタジー作品とかだと、属性って言ってある系統の魔法しか使えなかったりするんだよ。例えば水属性とか土属性とか。そういうものは無いの?
三つ目、話を聞く限り魔導書は人の手によって書かれているみたいだけど、その魔法が使えれば誰でもその魔法の魔導書が書けるの?
四つ目、魔導書を書いた本人にしか読めない、使えない魔法があるってことは、新しい魔法を生み出せたりするってこと?
そして最後に、五つ目。魔法を読む才能があるって言ってくれるのは嬉しいし、実際この赤ん坊の身体になってからびっくりするくらい言葉の物覚えが早いから本当に才能があるのかもしれないけど、そもそも意思疎通できているこの段階でスウと俺は今どの言語で会話しているの?それに言葉の覚えが早いだけでいいなら赤ん坊なんてそれこそ腐るほどいるでしょ?どうして俺と契約したの?"
捲し立てるように質問をぶつける俺にそれでもスウは優しく答えてくれた。
「一つ目に関しては、満腹状態で戦うのが強いわけでは決してない。そもそも食いすぎては動きにくいというのもあるが、人の体にマナを貯めておく部屋があるとしよう。実際はマナは全身を流れているからこの例えは少し間違っているんじゃが、まず大量にマナを取り込むとする。その場合、部屋に収まらん分は出口から勝手に抜けていく。
生涯をかけてゆっくりと小さかった部屋の壁を押し広げ、部屋を大きくしていけば、大量のマナを取り込んでもそれを全て体内に留めておくことができるようになる。胃袋に少し近いな。赤子ほど小さく、老人ほど大きい胃袋だと捉えてくれ。
二つ目に関してじゃが、属性などというものは基本的にない。例えば首飾りを作る魔法を分類するとして、何属性になるんじゃ? この世界の魔法が起こす奇跡は小さなものから大きなものまで様々じゃ。その全てをカテゴライズするのは難しい。
ただ、読める魔法の系統が極端に偏るのはたまにある。例えば炎に関する魔法は火花を散らす魔法から山一つ消し飛ばす焔を放つものまで様々あるが、非常に強力な魔法を使える者は系統が偏っていることも多い。海を割るほど水に関する魔法の扱いに長けていながら、木枯らし一つ起こせない者もいる。
そういう意味ではある意味属性はあるとも言えるが、明確に『生まれた瞬間にお前は何属性だ』と決まるようなものではないな。
三つ目に関しては、その魔法が使えれば誰でも書けるというわけでもない。例えばアルは今首飾りの魔法が使えるが、文字が書けたとして今の状態では到底魔導書は書けん。魔導書を書くにはその魔法に対する深い理解と慣れが必要じゃ。魔法を読む行為は言わば0を1にする行為。ここができなければまず使えない。その後その魔法を極めるために何回も使い続け、1を10に、10を100にしていく。そうすればいつか書き終わった際に自然と神の言葉に変換されるような、そんな魔導書が書けるようになる。
そして魔導書が書けるレベルでその魔法に慣れていれば、首飾りの魔法においても、昨日これを作った時よりもっと短い時間で、より綺麗な首飾りが作れるだろう。
四つ目、結論から言うなら魔法を新たに生み出すことは可能じゃ。例えばアルが習った首飾りの魔法は材料を用意せねばならんタイプの魔法じゃが、材料なしでも首飾りを作りたいとなった場合、その過程をしっかりと理論的に構築できさえすれば、天啓のように呪文や魔法名が降ってくるだろう。
ただ、無から何かを生み出す魔法は総じてマナの消費量が大きい。首飾りを作るだけで莫大なマナを消費する、コスパの悪い高等魔法になるじゃろうな。
そしてそもそもの話じゃが、理論を構築するのはとてつもなく難しい。今ある魔法は全て人間が何万年という歴史を紡いで作り上げてきたものたちじゃ。例え新しい魔法を生み出すことができたとして、それを魔導書にできるかは分からない。じゃから大きな奇跡を起こす魔法は総じて、その生まれから奇跡の積み重ねによってできておるというわけじゃ。
最後、五つ目に関しては、まず意思疎通は神の言葉でとっているとも言えるし、わしがお前の言語野に合わせているとも言えるから少し難しいな。とんちのようだが、わしは一応は神じゃ。わしが話す言葉が全て神の言葉なのは当たり前じゃろう? じゃからわしと話続ければ自然に神の言葉を覚えていく。
それからどうしてお前と契約したか、についてじゃが、そもそも普通、赤子は腹にいる頃から母親や周囲の人間に話しかけられ言葉を学ぶ。その時点で神の言葉を理解するのは困難になる。生まれ落ちたあとならば尚更な。
そしてわしと話すには信仰心が必要じゃ。赤子にはそんなものはない。加えてそもそもここ自体は聖域だとして、すぐ外は魔物の縄張り。ここから最も近い聖域すら歩きで3日はかかると言ったろ?わざわざここに人は来ない。ましてや妊婦など、それこそ本当にただの自殺行為じゃ。
そして魔石から半径10m離れればわしとの意思疎通は困難じゃ。最初に魔石が落ちていた位置から半径10mはその端すら洞穴の中、ただ外を通り過ぎただけでは会話にならんし、そもそもわしにも声は聞こえん。だからその外側にいたお前の悲鳴が聞こえたのはまさしく奇跡じゃな。
先程お前は空腹で死にかけて喚き、わしを呼んでいたが、外にいたわしにはそれが聞こえなかった。あれほどの感情を込めて聞こえないとなると、最初に声が聞こえた時のようなこの世の終わりのような祈りでしか、範囲の外では聞こえないらしい。
たくさん話して疲れたわ。少し休ませろ。」
スウはそう言うとピタリと静かになった。
暇になった俺はひたすら寝返りの練習をしながらスウが再び話しかけてくるのを待つことにした。




