7-6 破綻
恒星暦567年12月30日 地方暦56年3月1日
惑星メダリア 自治都市メダリア
地上における連邦軍の抵抗はすっかりやんでいた。立てこもって抵抗していた兵士は装甲服のエネルギーが切れた頃を見計らい、次々と自治都市軍に強襲されていた。
「…困ったな。」
すっかり垢じみた姿でケンタはぼやいた。そろそろ惑星沖合に連邦鎮定艦隊が展開し終えている頃だ。セガール軍曹達とは一昨日夕方自治都市警察軍と銃撃を交わした際に離ればなれとなってしまった。体よく見捨てられた、ケンタはそう思っていた。
今やケンタは指名手配犯状態だった。それも自治都市メダリアを混乱に陥れた凶悪犯。町中に張り巡らされた監視カメラが停電で機能を停止していることを幸いに人目を避けるように動き、住民が避難した家に忍び込み、仮眠と食事を取っては別の場所に移動する。この数日で新品士官は既に見る影もなく、今やケンタは単なる敗残兵だった。
「こちらマチダ少尉、誰かおるか。」
それでも、自分が軍人で士官である、という建前を捨てるわけにはいかなかった。制服を脱ぐことなくヘルメットを枕に仮眠を終えると無線機に呼びかけ、そして逆探知された場所に自治都市軍が来る前に逃げ隠れる、という行動を繰り返す。移動する時間はかなり神経を使う。軍装を解き、武器も投げ出したかった。今回も呼びかけに誰も応えなかった。無線を発信した以上、すぐに移動しなければならない。ケンタはのろのろと動き出した。
「風呂に入りたいな。暖かい部屋にでゴロゴロしたいな。」
サトコちゃんと話をしたいな。
最後は声に出さず、ケンタは願った。
この何日かの話はしたくない。あの黒く焦げた手、フィルターをつけていたはずなのに漂ってくる臭い、車内で燃え尽きたはずの人々。助けを求める部下の声。何よりも意味不明な敵意。考えたくもない。睡眠不足で何もかも夢の中のようだ。ぐっすり寝て、温かい風呂に入り、清潔な服を着てただ楽しくデートがしたい。そしてさっさと童貞を捨て去りたい。戦場の英雄より寝室の勇者である方がよっぽどましだ。
すぐ隣のとおりを装甲動力服が移動する音がする。連邦の装甲動力服は全て喪われているため、自治都市軍だ。装甲車の走行音。兵士の声を押し殺した話し声。
すぐに移動しなければならないのに、すぐ外に自治都市軍が移動している。ケンタは物陰に潜むと手に持ったサブマシンガンの銃把を握りしめた。そして、這うように移動し始める。真冬、それも真夜中のメダリアは寒かった。空き家で徴発した外套を着ていても寒さがしみこんでくる。
もうどうなってもいい、どこか休める所に行き、何日かぶりにゆっくり休みたい。叔父さんの家は警戒されているだろうか。ケンタは思った。
スミスは、薄明るい街中を連邦軍兵士が忍び歩く姿を見つけると、仲間に連絡を入れた。
「賞金首だ、500万クレジットは堅いぞ。」
停電が発生して暫く経つが、まだ個人用情報端末による通信は可能だった。仲間を呼び寄せ、敗残兵狩りを提案する。一人なら勝ち目はないかもしれないが、10人でかかれば何とかなるかもしれない。ほかの全員がやられても、自分が最後に仕留めることが出来れば、独立政府が出している敗残兵狩りの報奨金を独り占めできる。生きたままの将校なら1000万クレジット、下士官兵なら500万クレジット。暫く遊び暮らせる額だ。
「山分けでどうだ?」
10人で分けても100万クレジット。期間臨時雇用で6ヶ月分以上の額がもらえる。 声をかけて集まってきたのは7人ほどだった。手には皆、武器としてナイフやバットを持っている。半殺しにしてでも生け捕りにしたら最低500万クレジット。
「…あいつだ。」
カメラを連邦軍兵士に向ける。ターゲットは、自治都市軍や警察軍には反応していたが、後方から撮影するスミスに何の関心も抱いていなかった。
「いつやる?」
街路で手を出せば、明るくなった以上自治都市軍や警察軍に見つかるかもしれない。そうすれば、500万クレジットが横取りされるかもしれない。
「あの様子じゃどこかに潜り込もうとしているみたいだ。そこでやろう。」
ケンタは、周囲を確認した。明るくなって…軍も警察もいない。何か嫌な感じはしたが、非戦闘員に一々反応していては神経が持たない。あと少し。家の正面にはパトロールカーが止まっている。警察軍だ。
「糞どもめ。」
どうにかして警察の関心をどこかに向ける必要があった。いや、鍵は持っている。裏から入れば何とかなるはずだ。こっそり入り、布団に潜り込み、とりあえず頭をはっきりさせる。その間に鎮定艦隊も衛星軌道くらいに展開しているだろうから、自治都市も降伏するだろう。まずは忍び込む。そして、寝る。全てはそれからだ。
都合の良い計画を立てるとケンタはヒロシの家に侵入した。幸い車内では警官がいびきをかいて寝ていた。これ幸いに車体の下に最後の爆薬を設置する。摩擦熱で作動する信管を取り付ける。これで幾らか動けばこの車両も終わりだ。
「あと少し。キッチリしよう。」
静かに裏の扉を開ける。暖気がケンタの顔にかかる。それだけで涙が出てきそうになった。そのまま静かに階段を上り、部屋に入る。あっけないほどうまくいった。あとは寝るだけだ。
スミスは、連邦軍兵士が警察車両の横を素早く通り抜けていく姿にあきれ果てた。お巡りは何をしているのだ。気になって近づいてみると、制帽を目深に被った肉樽のような警官がいびきをかいて寝ている。
…うまくいくかもしれない。
咄嗟に警官をこの家から引き離す計画を立てる。
「お巡りさん、大変です!」
パトロールカーの窓をどんどんと叩きながらスミスは叫んだ。何度か窓を叩き、ようやく警官はスミスに反応した。
「…どうした坊主。」
よだれを拭くと警官はスミスに視線を向けた。知らない顔だ。このままいける。
「武装した連邦軍の兵士があっちの通りを歩いていました!お巡りさん、助けてください。」
真面目な中等教育機関の学生のふりをしてスミスは助けを求めた。
「あっちです!」
馬鹿なお巡りは、無線で何事か連絡したあと家の中にいた相棒を呼ぶと腰の拳銃を手に押っ取り刀でパトロールカーで家を離れていった。暫くして爆発音がする。
「今のうちだ、来い!」
仲間とともにスミスはドアのかかっていない家の中に侵入し、思い出した。ここはマチダ・サトコの家だ。あいつの家はたしか連邦の狗の家だ。やはりあいつはこのメダリアを裏切っている。警官が戻ってくるまで正義の鉄槌をこの家の連中に下すしかない。
「おい、何をしている!」
中年の男性が叫ぶ。スミスは大きく振りかぶると、手に持ったバットで男性の頭を思い切り殴りつけた。いい音がして男性が倒れた。手足が痙攣している。
「連邦の狗を片付けろ、そして連邦軍兵士を捉えるんだ!」
反逆者の家だ。何をしても許される。まずは連邦軍兵士を捕らえなければ。




