8 決断
恒星暦568年4月1日
軍港都市 軍病院
ケンタは、自分の四肢をゆっくりと動かした。春の柔らかい日差しのもと、再生された体のリハビリが続いている。苦痛だが、元に戻った体を動かすことは快感だった。
「その調子です。」
看護兵がよろめくケンタにそっと手を添える。
「ありがとう、ロイ伍長。」
ケンタは真面目な顔に一瞬だけ笑みを浮かべた。
この4ヶ月、心身の機能復旧と聞き取り調査が平行して進められていた。1ヶ月ほどかけて肉体の基本的機能復旧が急速になされ、崩壊寸前までいったケンタの精神を回復させるための各種措置がその後2ヶ月ほどかけてなされた。
その後、無理のない範囲で憲兵や情報部による聴取が行われた。大隊のマザーコンピューターが大抵の記録を取っており、連邦軍の兵士の動きは記録できているが、自治都市軍や自治都市警察軍、一般人の動きはどうしても生存者から聞き取りをしなければならない。自治都市軍や自治都市警察軍からも聴取はなされていたが、彼らは戦犯扱いされることを恐れ、多くは語ろうとしなかった。
そして精神汚染検査。ある程度心身が回復してから調査が行われたが、それでも負荷は大きく、1週間ほどケンタはさらに寝込む羽目に陥った。
30分ほど散歩をすると、ケンタは木陰のベンチにゆっくりと腰を下ろした。精神汚染の検査のあと徐々に解除される接触制限のなかで知り得た範囲では、メダリアに配備されていた部隊で生き残った将兵は20人も満たなかった。セガール軍曹もケンタと別れた次の日、自治政府軍に囲まれ、降伏を許されず命を落としていた。マリノア憲兵伍長やロイ看護伍長、そして基地で負傷した所を自治都市軍に救助されたハウエル大尉など数えるほどだった。メーテルやビショップ達は誰も残らなかった。自治都市政府職員や家族も病院で分かれた20人ほどとあと何人かだけだった。ほかは皆、生き残っていないようだった。
「良いかな。」
そのケンタの前に装飾過剰気味な制服を着た、ケンタによく似た男性が現れた。
「ロイ伍長、済まないが外してもらえるだろうか。」
無理して立ち上がると、ケンタは看護兵に離れてもらうことを願った。
「お祖父さん。」
主観では数年ぶりに会う祖父だった。胸の略綬が二つ増えている。今度の従軍章と功労勲章だった。以前あったときと違い、どこか吹っ切れた顔をしている。
ケンイチがケンタにベンチに座るよう促す。ケンタはケンイチが座ったあと、ゆっくりと腰を下ろした。まだまだ四肢は思うように動いてくれない。
「ケンタ、大変だったようだな。」
いたわる言葉をかける祖父に、ケンタは笑みを浮かべた。
「正規の報告は受けた。だがお前の口からこの星で何を経験したかすべて聞きたい。」
ケンタは話した。着任して叔父の家に下宿することになったこと。部隊で初任教育を受けたこと。エルフの攻撃を受けたこと。独立宣言をしたあとのこと。サトコとのこと。
「…色々経験したな。では、私から。これからお前につらいことを伝えなければならない。」
ケンイチは、息子夫婦一家を襲った悲劇を手短に語った。
「叔父さんと叔母さん、マサヤ君が…サトコちゃんは?」
「入院中だ。少し精神汚染が認められた。重篤なものでなかったが…」
ケンイチは辛そうに答えた。精神汚染に対抗するためには、措置が必要になる。要は、汚染された精神に上書きするような洗脳だ。もう少し酷い汚染であれば処分の対象になるところだった、とは言えなかった。連邦関係者の生存者のうち何人かはそれで「薬石甲斐無く」命を落としている。
「どこに?」
ケンタは祖父の顔を見た。顔が厳しくなる。
「この病院だ。」
祖父は前を向いたまま孫と目を合わそうとしなかった。
「会えませんか、先に伝えたとおり、サトコは…」
ケンタの言葉をケンイチは遮る。
「サトコは何も覚えていないよ。精神汚染への対抗措置で年末のことは覚えていない。君と籍を入れたことももちろん覚えていない。彼女が記憶しているのは、この軍港都市を離れる前までの幸せな時期までだ。彼女には両親と弟は事故で死んだ、とは伝えている。」
記憶の抹消。上書きを超える精神措置。それはそれで幸せなのかもしれない。しかし。
祖父は孫にようやく目を合わせた。
「お前とサトコが入籍した記録は公的に抹消されている。彼女からしたら、記憶にない事態だから。一からやり直したいなら、それもよし。関係を構築し直せ。そうでないならそれもよし。私の孫だ。私が引き取るよ。何せ、私にはこれから時間だけはあるからな。」
「?」
「退役するんだ。だから、サトコは自宅で私が育てる。お前が一からやり直したいなら、お前はその場所で勤務する事が出来る。それくらいなら私でもまだ手配できる。そうでないなら、彼女は私に任せて、自分の人生を生きるがいい。よく考えることだ。」
祖父は立ち上がるとケンタを見下ろした。
「今すぐ結論は出さなくて良い。」
「…同じ病院であれば見舞くらいは大丈夫ですか?」
ケンタも立ち上がる。昔は見上げるだけだった祖父が立ち上がると今は同じ高さの目線になっている。自分は彼女と一家を助けると誓った。せめて彼女だけでも。
「…勝手にしろ。手配くらいはしてやる。」
「ありがとうございます、お祖父さん。お言葉に甘えて勝手にします。」
ケンタはゆっくりと歩き出した。
「そうそう。」
ケンタの後ろから祖父が話しかける。ケンタは振り返った。
「お前はあの状態でよく頑張った。誇りに思う。もうお前は自立した立派な男だ。」
ケンタはにっこり笑った。
「ありがとうございます。では、姫の心を再び得るための行動を開始します。」




