7-4 火蓋
恒星暦567年12月23日 地方暦57年2月22日
自治都市メダリア 連邦高等弁務官事務所公務員宿舎
それまでの重囲が嘘のようだった。潮が引くように周囲の自治都市軍が減っていく。それをどう解釈するか、ケンタには悩ましい所だった。攻める前兆か、諦めたか。
自治都市軍が居なくなったとしても、警察軍はまだ引いておらず、居なくなったら高等弁務官事務所職員宿舎になだれ込む姿勢を崩していない。彼らには彼らの都合がある。この鬱陶しい連中をどうするかも悩みの種だった。
唯一良いことと言えば、警察軍が以前のように近づいてこないことを良いことに、車内に戻り暫く睡眠を取れたことくらい。
「少尉殿、これを機会に友軍の救助に向かいたいのですが。」
睡眠を取って全く頭が働かない状態から頭が回らない状態に少し回復したケンタにセガール軍曹が意見具申する。警察軍が目の前に居るが、あんなのは1個分隊あれば大丈夫です、その間に、とセガールは熱く語った。
「…出せて装甲動力服の1個分隊だ。休養と警備はそのままで、待機の分隊を3分で戻れる距離までの進出を許可する。燃料が心細いので、戦闘は正当防衛と避けられないときをのぞき禁止。一日30分までの行動だ。」
警備実施と友軍救助、そして残燃料の天秤をかけ、ケンタは許可した。1個分隊もあれば警察軍のパトロール程度なら1個中隊でも蹴散らせる。3分あれば別方面から襲われても何とかなるはずだ。自治都市軍の支援が無い限り、警察軍に連邦軍の装甲動力服を止める力は無かった。正規軍と民兵未満の警察ではそれ程の差が生じる。
「…燃料があればもう少し行動を許してもらえますか?」
セガールが食い下がる。彼には目の前しか見えない。
「あればな。だが、積極的な戦闘は駄目だ。この微妙な均衡を崩すわけにはいかない。」
「分かりました、準備をさせてください。」
連邦軍の装甲動力服に動きがあることは、フウリガン警察軍大尉にすぐ報告された。
「装甲動力服が3体でかけたか…。」
自治都市軍は普段偉そうにしているくせに、結局手を出す根性はなかった。何度か高慢な若い女性士官が連邦軍士官に媚びを売りに行っただけ。我々だけがガッツを持っていた。だから雪玉を投げつけ、あの憎い連邦軍士官を攻撃することが出来た。今我々に求められていることは、正義の執行だ。先の雪玉投擲で何も処分を受けていないことで、フウリガンには自治政府の真の意向が分かった。自治政府は正義の執行を求めているのだ。
「おい、あいつらにぶつけて止めてこい。」
装甲動力服といえども、7トンにも満たない。質量2トンのパトロールカーが時速100KMでぶつかれば無傷では居られないはずだ。警察官もむち打ちになるかもしれないが、装甲動力服と違い、パトロールカーにはエアバック等安全装備が満載だ。死にはしないはずだった。そしてパトロールカーなら装甲動力服より数は多い。
宿舎の奥からゆっくりと歩き出す装甲動力服を睨みつけ、フウリガンは部下に命じた。装甲動力服の近くには、簡易装甲服の歩兵が1体につき2,3人ずついる。そいつらならひいたら確実にやれそうだ。
「あわせて11体、パトカー20台でぶつかればあいつら俺たちでも止められるぞ。」
「勘弁してくださいよ、おやっさん。止めてどうするんすか。」
迷惑そうな口調を隠さずムガベ警察軍少尉が返す。足下に置いているショットガンやライフルでは犯罪者には効果があるが、簡易装甲服ですら打撃を与えることは難しい。
「署長に言われているでしょ、我々は見守るだけだって。ちゃんと守らなきゃ。」
「うっせえ。」
フウリガンは唾を吐き捨てた。
「あいつらにでかい顔させたままで良いってのか。」
ムガベはため息をついた。フウリガンは最近おかしい。連邦軍のあの少尉にやけに敵意を持っている。息子さんが半殺しにあったとは知っているが、あれは自業自得…この人にはそれは通じないか。
「元々態度のでかい連中なんですから、ほっときましょうよ。それとも、連中と戦って勝つ自信でもあるんですか?連中は軍ですよ。あの1個分隊が本気になればこの中隊なんて5秒で殲滅されます。」
「やってみなきゃ分からないだろう。」
「ならご自身でやってくださいよ。やったら絶対むち打ち症ですよ。むち打ちは人体補修治療の保険対象外なんすから。それに、監察対象になってあとあと面倒ですよ。組合にもつるし上げられます。」
少尉以上は組合員から外れるが、警察軍の下士官兵は組合員。独立への情熱と組合活動はまた別物だった。確実にあとがややこしくなる。
「だからお前自発的にやれよ。監察にはうまくいっておくからさ。」
でた。この人は今でも族だった頃の無茶ぶりを捨てていない。
「いや、そもそもあいつらがやり返してきたら殉職まっしぐらですよ。下手を打ったら公務災害認定もされませんし、連邦から独立したら独自通貨でしょ。災害認定されてもインフレで紙くずです。」
「うっせえ。」
フウリガンはショットガンにスラグ弾を込めると装甲動力服に向けて発砲した。それを合図に警官達が統制の取れない射撃を連邦軍全体に次々と向ける。
「ヤンセン少佐、聞こえますか。」
警察軍からの発砲はケンタには予想外だった。雪玉と違い、命中した場合、簡易装甲服であれば当たり所が悪ければ機能が阻害され、生命の危険が生じる。生身なら死ぬ。入浴や洗濯に来ていた高等弁務官事務所の職員が悲鳴を上げて物陰に隠れる。隠れ損ねた中年の女性が被弾し、簡易装甲服のメーテルに救護所まで運ばれている姿をケンタは確認した。
最早無視は出来なかった。個人用携帯情報端末の登録していたアドレスに装甲動力服から中継されている動画を送付する。相手は受け取っているはずだ。大隊のマザーコンピューター経由で鎮定艦隊にも動画は届くだろう。こちらが発砲する前に一般人の負傷者が発生している姿はこれで銀河に広まるはずだ。
「連邦軍は現地警察軍から不法な攻撃を受けています。連邦職員関係者に被害発生。これ以上の行動は許容できない。直ちに発砲を停止させてください。」
ケンタは3度繰り返した。ヤンセン少佐はデータを受領した信号を返してきたが、返事はない。ということは、これは自治都市政府の正式な意思表示なのだろう。この奴畜生共め。あとで覚えていろ。僕だって感情はあるんだ。
「これより、正当防衛射撃を開始します。」
ケンタは、何度こうなるの、と心の中でぼやいた。それから、色々なハレーションが発生する事を予想した上で命令を下す。
「第2分隊、装甲動力服を励起状態にせよ。セガール、第1,3分隊で周囲を制圧せよ。時刻…」
発砲命令を下すと、ケンタはマイクで連邦高等弁務官事務所職員とその家族に身近な軍車両への搭乗を依頼した。
「このままではこの宿舎に砲撃が加えられる虞があります、3分以内に身近な軍車両に搭乗してください。3分後、軍車両は移動を開始します、180秒前。ビショップ、メーテル支援せよ。」
こうなっては、どこでも良いから打てば自治都市市民に被害が生じるよう住宅街を移動し、市民を肉の盾にしながら移動するしかなかった。エネルギーと弾が続くまで市民を人質に取りつつ移動し続けるしかない。あとは、連邦艦隊が来るのが早いか、力尽きるのが早いか。
「さあ早く乗って。」
指揮車には赤子を抱いた夫婦と高等弁務官夫婦が乗り込む。警察軍は既に制圧されていた。真冬の装甲車に跨乗するとケンタは大きく手を前に振った。
「これより前進する。装甲歩兵隊前へ。」
僕はなにをすれば良いんだ?まずは強盗からかな。エネルギーステーションで燃料を貰わないと。ついでに附属のコンビニエンスストアで美味しい食事もいただこう。その次は火付け。エネルギーステーションを破壊して、自治都市には混乱して貰おう。その次は?
それらをこなしながらいったい僕はどこに行けば良いだろう。これだけ民間人を巻き添えにしているんだ、きっと地獄なんだろうな。




