7-3 失望
恒星暦567年12月23日 地方暦57年2月21日朝
惑星メダリア
天文台の観測結果について届いた報告は、独立政府の首脳を蒼白にさせた。エルフの代理人を通じて段取りをした予定では、独立を宣言し、短時間に惑星メダリアを制圧し、エルフの軍艦を迎え入れ独立を承認して貰う。そして外交使節を受け入れる。そのために艦隊を派遣しているとも聞いていた。
連邦軍の艦船が1隻程度なら、「不幸な事故」で損失してもこの話は通っていたはずだ。事実、連邦は独立政府が連邦に敵対的態度を取っても、その後偶発的な衝突により大隊を失っても巡航艦は惑星に向け発砲してきていない。唯一残った地上部隊もやる気がなくただ連邦高等弁務官事務所公務員宿舎を守備しているだけ。実際はジノシマに当時いた距離から惑星を精密に砲撃する能力がなかっただけだし、ケンタも生真面目に与えら得た命令を守っていただけだが、軍歴のない独立政府の首脳はそうは捉えていなかった。連邦も200年の平和を破りたくはないはず。
はずと予定で組み立てられたメダリア独立の夢が今、連邦の艦隊の出現により破れ去ろうとしている。天文台の観測だと、戦艦を中心とした侵攻艦隊であり、降伏勧告信号を発振しているらしい。
戦艦を撃滅するためには宇宙艦が必要だが、独立政府にはコルベット艦1隻なかった。コストのかからない地上軍が独立政府軍の全てだった。ただ、その意味を独立政府の首脳は理解していない。
「連邦の動きが急だが、これはどうなっているの?」
カミタニは自治都市市長を差し置き、独立政府の首相を名乗っていた。市長は名目的元首として大統領の地位を贈呈されている。子供の頃から謀略系ゲームをやりこんで、党内で実践していただけあり、カミタニはその手の工作はお手の物だった。
「星系沖合で異星人の艦隊が既に待機しているのではないの?」
シュミットにカミタニは厳しい口調で問い詰めた。
「待機はしています。ただ、予想外の事態が発生しました。」
最早エルフの代理人であることを隠さなくなったシュミットはしゃあしゃあと言ってのけた。態度も支持者のふりをしていた頃に比べ尊大になっている。
「私たちも全能ではありません。宇宙の物理法則を超えるすべも持ち合わせていません。」
そして、ソファーに深く腰を下ろしたまま、足を組み直し、カミタニを見上げる。
「それに、我々はあなたたちのために血を流しました。苦労して忍び込ませた我々の貴重な兵力を無為にすり潰したのはそちらです。」
エルフめ!
カミタニは心の中で毒づいた。だが、最早状況は走り出している。連邦軍が進駐してきたらカミタニは反逆者として確実に処刑される。最早カミタニにはエルフという魔女と手を繋ぎ踊り続けるしかなかった。
「どうすればいい?」
カミタニは、偉そうにしているシュミットに知恵を求めた。
「我々は血を流しました。あなた方が今度は我々のために血を流す番です。当然でしょう。あなた方が侵攻してくる人類種と戦い、地上を守り切り、時間を稼いでくれたら我々の艦隊も到達します。」
シュミットの回答はシンプルだった。血を流して時間を稼げ。そうすれば保護領にしてやってもいい。
「分かった、我々は時間を稼ごう。その代わり。」
カミタニの言葉をシュミットは遮った。
「あなた方は何を勘違いしているのですか?」
シュミットは葉巻を咥え、マッチで火をつけた。人類世界ではかなり昔に不健康、との誹りではやらなくなった葉巻を旨そうに吸うとカミタニに煙を吐きかける。カミタニはむせたが、紫煙の向こうのシュミットは趣味の悪い笑みを浮かべていた。
「我々はあなた方を助けることが出来る。だが、あなた方は我々を助けることは出来ない。それなのに、その代わり、とはどういうことですか。」
サイドテーブルからブランデーグラスをつかみ、わざとらしく一口すする。カミタニは、先生に怒られる初等学校の生徒のように目の前で立っているしかなかった。
こいつ!
カミタニは恥辱で血管が切れそうになるのを必死でこらえた。こいつの甘言に乗り、反連邦政策を取り、ついには独立を宣言した。そうしたらこれだ。それまでエルフは協力しますよ、と揉み手でいたくせに。市長も市長だ。実力行使に移る段になると急に全てに消極的になり、全てを自分に押しつけようとしている。
「気分を害したのなら済まなかった、だが、我々も…」
「何度も言わせないでください。我々は血を流しました。あなた方が今度は我々のために血を流す番です。あなた方が侵攻してくる人類種と戦い、地上を守り切り、時間を稼いでくれたら我々の艦隊も到達します。我々の艦隊がたどり着くまでに地上を守りきることが出来て、始めてあなた方は我々が友誼を結ぶに値するか検討の対象となるのです。」
クソッタレ。
カミタニは、拳を握りしめた。皿まで食べてやろうじゃないか。
「分かった、我々は地上を守り切ります。そしてあなたたちに友誼を結ぶに値することを示してみせます。」
シュミットは再び紫煙をカミタニに吐きかけた。またむせる。葉巻を吸う際に火がたばこの葉を焼く音が暖房の音とともに部屋に響いた。
「当然ですな。我々はあなた方のために血を流し、あなた方の無様な作戦のためにすり潰された。それだの犠牲を払った結果、あなた方は連邦軍の拠点を制圧することが出来た。我々は血を以てあなた方との契約を守ったのです。当たり前のことをさも大変なことのように言わないでください。」
再びシュミットはブランデーをすする。それから、まだ黙って立ったままのカミタニをできの悪い召使いであるかのように見つめた。
「で、あなたは何時までここでかかしのように立っているのですか。我々はあなた方を見ています。さあ、早く人類種を迎え撃つ準備をしてください。」
カミタニは、恥辱にもだえながらシュミットの前を去ると、すぐに革命軍司令官に連絡を取った。
「首相閣下。」
くすんだ声で自治都市軍司令官、現革命軍司令官が挨拶をする。彼が従前から市長や首相のカミタニの指示に従うのは洗脳によるものではなく、 ただ軍は政治に従うべし、という良識のためだと言われていた。
「ねえ、ただちに連邦軍の侵攻艦隊を迎え撃つ準備を行って。」
カミタニがぞんざいに指示を出す。
「…わかりました。」
仮想窓の向こうにいる司令官は、何か言いたそうだったが、沈黙を守った。
「何だ、言って。」
カミタニは、珍しく意見具申を受け付けることにした。エルフの代理人の言葉がまだ生々しく耳に残っていた。
「はい、連邦高等弁務官事務所公務員宿舎にいる連邦軍と高等弁務官です。」
司令官が政治的標的をどうするかの確認のため話を切り出す。
「放っておきなさい、そんなもの。彼らが暴れなければそれでいい。暴れないよう見張りを置いて、侵攻艦隊を迎え撃つの。」
カミタニは、すぐに話の腰を折った。司令官が一瞬瞑目する。
「分かりました。それでは。」
敬礼をすると司令官は画面から消える。
「…どいつもこいつも、足を引っ張りやがって。ねえ、帰るよ、車を用意して」
部屋の外で控えていた活動家仲間だった秘書に大声を出すとカミタニは急いで首相官邸に向かうことにした。




