7-2 距離
恒星暦567年12月23日
メダリア星系
巡航艦ジノシマが1隻、エルフ達の邀撃に向かっているという報告は、星系外縁で超光速航行を終わらせたマチダ・ケンイチ中将を悩ませるのに十分な情報だった。まさかエルフがフネをこのような辺境星系に送り込んでいるとはにわかには信じがたい話だった。とはいえ、事実として軍港都市へ通報する。鎮守府に情報が届き次第連邦軍ではパニックが発生するはずだ。
ケンイチを悩ませるのはそれだけではなかった。ゴキブリと一緒でエルフのフネは1隻居るなら10隻は潜んでいるはず。3隻なら30隻。こんな辺境星系にそれだけの艦隊を送り込むとは、エルフ達は人類種との戦争をまた始めるつもりなのか。とはいえ、現在は正式な交戦下にはないため、彼らが攻撃を仕掛けてこない限りこちらから攻撃を仕掛ける訳にはいかない。エルフの艦は加速を止め、星系外縁の微妙な位置で巡航艦の接近を待っているとのことだった。彼らも人類種との戦争を今すぐには望んでいない、という事だ。
とはいえ、決断は必要だった。ジノシマの応援に戦隊を分派するか、このまま惑星メダリアに進み続けるか。メダリアに向かうとしても、当初予定していた加速度では接近できない。ジノシマの応援を向かわせるとしたら、兵力の分散と揚陸艦を護衛する艦艇の不足という問題が生じる。
結局、ケンイチは55隻の艦隊で一番大切な15隻の揚陸艦を守ることを決断した。ジノシマが失われたとしても、少なくとも最初に手を出し講和条約を破ったのは人類ではないことを銀河に示すことは出来る。ほかの異星人達との無用なトラブルを避けるためには、人類種が約束を守る種族であることを示し続けなければならなかった。決断したあとはやることは限られてくる。30隻の駆逐艦でスクリーンをはり、上下左右からの奇襲に備える。エルフが手を出さなくても、息のかかった宇宙海賊達が何時奇襲をかけてくるか分からない。
「メダリアの状況が判明しました。」
情報参謀から報告を受けた参謀長が仮想窓から報告する。文民代表として特別高等弁務官であるアデアラードが当然のように横で聞いている。参謀長も政治が関わる話であるため、ためらうことはない。
「惑星メダリアに所在する自治都市であるメダリアが、叛乱を起こしました。ジノシマからの報告によると、周辺の都市も幾つか同調している模様。」
ケンイチには信じられなかった。少しずつ自治の実績を積んでいけば、100年後には自治惑星系に昇格することも夢ではないのに。叛乱など起こしたら、今の地位に戻るのに200年かかるかもしれないのに。何か特別なことがあったのか。そういえば、あのジェーン・ドゥーも色々気にしていたな。
ジェーン・ドゥ大佐がジノシマに命じて過去30日分の惑星メダリアにおける放送を転送させ、各種解析をさせていることをケンイチはアデアラードとともに別途報告を受けていた。何でも精神汚染工作の程度を調べるためらしい。
「一昨日の昼頃より連邦軍に対して叛乱軍は攻撃を開始しています。叛乱軍の勢力は連邦軍換算で1個師団程度です。」
悪い知らせをする人間特有の流れるような報告を参謀長は続けた。
「地上では連邦軍を数で圧倒し、天空ではまさかエルフと手を握るつもりなのか?」
ケンイチは吐き捨てた。参謀長は悪い知らせを続けた。
「基地のマザーコンピューターからの報告によると、大隊は文字どおり全滅しています。」
ケンタ、遅かったか。ヒロシやその子供達はどうだろう。まだ間に合うか。
ケンイチは一瞬瞑目し、既に失われた息子の顔と今回失われただろう孫の顔を思い浮かべた。可愛そうなケンタ。
「現在の指揮官は、マチダ・ケンタ少尉。どうも分遣隊として高等弁務官宿舎の警備に回され今に至る模様。」
参謀長は、一瞬報告書からケンイチに視線を向けた。この場の状況から口には出せないが、付き合いの長いケンイチには参謀長が何を言いたいか分かっていた。
「詳細は送信していますのでご確認を。」
参謀長が仮想窓を閉じようとするのを一時押しとどめ、ケンイチはアデアラードに話しかけた。今後の方針に関わる事なので、参謀長には聞いて貰いたい。
「まずは…降伏勧告から行おうと思いますが、特別高等弁務官はどうお考えですか。」
本当は、推進剤を惜しみなく使いメダリア上空まで行きたかったが、それでは航行中に奇襲を受ける可能性が高くなる。はやる気持ちを抑えるには気力が必要だった。
「そうですね、電子戦は別として、惑星外縁に至るまで降伏勧告を行ってください。文面は私の付が伝達します。その後は軍の行動になりますが、まだ時間はあると思います。政治的除外対象をあとで付からそちらに連絡させますので、そこを勘案の上軍事行動を立案していただければ。」
アデアラードはほっそりとした指を動かし、特別高等弁務官付である官僚に承認済みの降伏勧告の文面を送付するよう指示するとともに、最新の情報を踏まえて政治的除外対象のリストを修正するよう伝える。
「惑星沖に到着し、静止衛星軌道に展開するまで150時間となります。推進剤はこれでかなり減りますが、軍港都市までの帰路の推進剤に加え艦隊決戦一交戦分はなんとか確保しています。沖合に到達したあと惑星系外縁の燃料補給基地から補充できればエルフとの艦隊決戦を行っても十分軍港都市まで帰り着くことは出来ます。」
参謀長がケンタとアデアラードに敬礼した後仮想窓から消える。
150時間。本当なら推進剤を後先考えずに使い高加速で向かい、高減速で惑星沖に向かいたい。艦隊決戦を諦めれば100時間でいけるかもしれない。でも、エルフがいる。これくらいが理想と現実の折り合いどころ、という事だ。
「…それにしても、酷い話だ。」
詳細を記載した報告書を斜めで読んだあと、ケンイチはアデアラードに資料を送付した。ジノシマや基地のマザーコンピューターが送付してきた記録は、ジェーン・ドゥー大佐の危惧をさらに悪化させて具現化したものだった。エルフの装備の存在、催眠を伴う放送。不思議なことにエルフの装備はかなり早い段階で使い潰されている。よほどエルフは装備を送り込んでいるように思えた。歴史書を見る限り、気前の良いエルフはいない。
「ケンイチ。」
アデアラードの声は、覚悟を求めるトーンだった。
「僕は大量虐殺者か悪魔の手先としてメダリアの歴史に名を残すんだろうね。マチダ家の人間はこの星には1000年足を踏み入れられなくなりそうだ。」
エルフに精神汚染された惑星の住民をどうしたものか。ある程度までの汚染度であれば洗脳による精神汚染の除去は可能かもしれない。しかし、ある程度を越えた場合、人類種全体の存続のため、断固とした措置を執らなければならなくなる。それを現場で指揮しなければならないのはマチダ・ケンイチ中将、という事になる。断固とした措置を執る対象は、なにも住民ばかりではない。仮にケンタの精神がエルフの工作により汚染されていた場合、例え生き残っていたとしても孫を処断しなければならなくなる。ケンタだけではない。あそこには息子のヒロシ、その妻ミサエ、孫のサトコ、マサヤがいる。惑星に閉じ込め、1000年前の文明にまで退化させ、汚染された世代が絶滅するまで封鎖を続けるか、文字どおり汚染された人間を処断するか。アデアラードが連邦主席の代理として決断し、自分が動く。士官学校で見つめ合っていたときに、こんな事を予想しただろうか。
「ケンイチ。」
今度のトーンは、穏やかだった。アデアラードが目の前に居なければ、椅子を蹴りつけていただろう。
「分かっている。仕方がない。地位に伴う責任を放棄するわけにはいかない。」
ケンイチは、気分を変えたかった。あと6日、この気分で過ごしていれば、決断を誤ってしまうかもしれない。今は事実を受け止め、決断する勇気を育む時間だ。
「まあ、何はともあれ一つ良いことがある。エルフどもがうろついていることが判明したことだ。この叛乱を起こした連中に思い知らせてやろう、連邦は人類種全体の存続のためならどんなことでもする、と。」
明るく言ったつもりだが、何故か視界が曇ってきた。理性で感情を抑えつける生活をもう40年続けてきたはずなのに。
「ケンイチ。」
堅い手にアデアラードの手が重ねられた。




