7-1 将校
恒星暦567年12月22日 地方暦57年2月20日夜
惑星メダリア
「指揮権継承、マチダ少尉、認識番号…」
地下深くに設置された大隊のマザーコンピューターから声を聞くことは、ケンタには想定外だった。いや、理論上の可能性としては受け入れられた。でも、上は大隊長から下はカサートキン少尉まで皆戦死か負傷により指揮不能、となることは大隊が文字どおりの全滅をしている、ということになる。3割の損害、というレベルではない。士官がことごとく死傷している。
小隊長も満足に務められない人間が大隊長、って冗談でしょう。
とはいえ、それを公言するわけにもいかない。公言する相手も居ないし、して良い状況でもない。ケンタは、静かに混乱するしかなかった。
「助けてください、マチダ少尉!」
基地に残る下士官兵から指示を求める連絡が入る。ただ、劣勢な電子戦下、大隊のマザーコンピューターはその能力を通信の確保に振り向けていた。個別具体的な状況を把握していない以上、無責任に具体的な命令を出すわけにもいかない。まさか積極的に降伏を命じる訳にはいかない。となれば、一般的な指示しかない。持ち場を守れというか、ここに来い、というか。もしくは任意の行動をとれというか。マザーコンピューターはこのような状況でケンタが各兵士にどう指示を与えたらよいか、という模範回答を与えてくれない。
「何とかして合流せよ。それが無理なら、状況に応じた行動を適宜とれ。」
周囲の自治都市軍は、素人に毛が生えたような程度ですらないケンタでも理解できるほど、その数を増やしていた。その中を突破して合流することは事実上不可能であったが、ケンタはそう繰り返すしかなかった。簡易装甲服の指揮モニタに映る生存者を示すドットは、加速度的にその数を減らしていた。
「お困りのようだね。」
周囲を投光器で照らされる中、白旗を揚げて歩いてきたのは、昼に再会を約束したはずのヤンセン少佐だった。ただ、今度は隣には少将の階級章をつけた中年男性がいる。
まさか相手が降伏を申し出てくるわけではないだろう。となれば、逆だ。
「これは、ヤンセン少佐殿。お昼にいらっしゃらなかったので、もう来られないかと思っていました。」
メダリア駐屯部隊の唯一の、そして最上級の士官としてケンタは見栄をはらなければならなかった。もはや戦闘になっても勝ち目はない。いや、当初から戦闘をしたら勝ち目はなかった。もともと、地元と戦って勝つための連邦軍ではない。地元と協力して異星人に抵抗するための連邦軍なのだ。だが、連邦軍の士官となれば、連邦の見栄を守るのも仕事のうち。将兵の絶叫と死の前にケンタを呪う声が神経を引き裂く中、ケンタは笑顔をヤンセン少佐に向けた。
「色々調べ物に忙しくてね。マチダ少尉、君の悩み事が解決するようお姉さんが相談に乗ってやろうじゃないか。ただ、その前に、高等弁務官閣下にご足労を願えるだろうか。ここのロンメル少将閣下が」
ヤンセン少佐は金髪の韋丈夫に棒を飲んだような姿勢を一瞬した。
「是非お話をとご所望でね。」
ロンメル将軍を連邦高等弁務官のもとに案内すると、ケンタは、鉛のような体を引きずり、指揮車横に設けた席に座った。少し歩いたら、疲労を一気に自覚する。足も重い。まぶたも重い。指揮車の中に入り、早く楽になりたかった。
「どうだ、マチダ少尉、そろそろ楽になりたくないか。」
たっぷりと休養を取っている様子のヤンセン少佐の声を理解するのに時間がかかる。途切れ途切れに睡眠を取っても、ここ数日で貯まった疲労はどうしようもなかった。
「そうですね、皆さん楽にさせてくれませんよね。」
何とか気の利いた台詞を思いつこうとしたが、思いつけない。諦めて、黒地に白くブランド名が書かれた紅茶を淹れ、ヤンセン少佐に手渡す。
「相変わらず良いもの飲んでいるね、君は。」
眠気を覚ましてくれるなら、上喜撰でも何でも飲むんだけど。そろそろカフェイン剤を囓っても、目を開くのも意思力がいる。でも、あれに嵌まるとあとがややこしい。
「所で、君のことをもう少し調べさせて貰ったよ。君、実は結婚しているんだね。お姉さん、危うく二号さんにされる所だったんだね。」
何でもないような台詞にケンタは一気に覚醒したように感じた。戸籍にアクセスできたということは連邦高等弁務官事務所の端末はもう乗っ取られたということか。頭が痛い。目も痛い。でも、ここは意識をはっきりさせないと。
「いやぁ、分かりましたか。自治都市軍の皆さんは、よく調べられていますね。」
ここは意識を保たないと、サトコちゃんが…何だっけ、僕は何を考えていたんだっけ。そう、目が痛い。頭が痛い。早く寝たい。2時間で良いから休ませて欲しい。いや、何か重要なことを考えていたような気がする。
「メダリア独立軍は、優秀な情報将校と技術将校がそろっているからね。」
ヤンセンさん、もういいいでしょ、僕を解放してください。何を貴女が言っているのか分からないが、僕の睡眠を邪魔しようとしていることは許せない。
「で、新婚早々の夫婦を悲しませたくないんだよね。」
「少佐殿、お言葉を返すようですがもう悲しいですよ。そろそろそちらも諦めては如何ですか。連邦は諦めない。我々が全滅したら、これ幸いに惑星ごと破壊しにかかるでしょう。連邦の野蛮さと果断さはご存じのはずだ。」
だから、子供じみた抵抗は止めて、僕を眠らせてくれ。こんな寒い所では眠るのも眠れない。ロンメルとやらが高等弁務官のおっさんと話をしている間寝たおすつもりが何を邪魔しているんだ。もう怒った。
ケンタは、礼節を忘れ、一気にまくし立てた。
「あなたたちは一足飛びに独立を求めているが、一番の早い道は、人口を増やし、自治権を徐々に増やしていくやり方です。それをこんなやり方では、また基地前の難民キャンプ同様の法的地位に逆戻りです。」
急に礼儀をかなぐり捨てたケンタに、ヤンセン少佐は驚いたようだった。目を少し見開く。ケンタは、ヤンセンが寂しそうに笑ったの無感情に見た。何か耳元で聞こえてくる気がする。目の前の美女の台詞よりも重要そうな気がする。
「なんだ、知っているよ、そんな事。」
ケンタの意識が自分に向いていないことも知らず、ヤンセン少佐は、囁くような声でケンタに返す。
「我々は百も承知さ。でも、我々は軍人だ。政治がそれを求めるなら、そのために血を流すのだろう。独立できるのか、独立したあとどうなるかなど、私の知ったことではない。君たちが人類種の存続という連邦の政治目標に従って血を流すのと本質的に同じだ。君はそのあとを考えないだろう。メダリアは独立して、メダリアの人類種の存続を守り抜く。そう政治が決めたのなら、それに従うのが軍人だ。」
ヤンセン少佐の言葉はケンタを素通りした。それどころではなかった。話の途中から、無線の声に意識が戻ってくる。思考力は戻ってこないが、意思だけで立ち上がる。
「こちら、メダリア駐屯部隊最上級士官のマチダ・ケンタ少尉です。貴局の感度良好、こちらの感度如何。」
ヤンセン少佐が目を見開いているのも最早意識にはなかった。無線を隊内系に切り替える。目の前にヤンセン少佐が居ようが、かまわない。保秘もあったものではなかった。
「連邦軍が、惑星メダリア鎮定艦隊がやってきたぞ!連邦は我々を見捨てていない!あとひと頑張りだ、皆、耐えろ!」
そして、勢いよく立ち上がる。
「ヤンセン少佐殿、失礼いたします。連邦高等弁務官殿に報告しなければならないので。」
足がもつれ、一度倒れたがケンタは立ち上がると重い足を引きずりながら連邦高等弁務官の居住区へかけだした。




