6-6 決壊
恒星暦567年12月22日 地方暦57年2月20日昼
惑星メダリア
科学技術の格差は、数をある程度は圧倒する。簡単な話だ。10人の訓練された機動歩兵が指揮コンピューターの統制のもと簡易装甲服を着て規定の弾薬を所持した場合、制服を着た警察軍程度なら、100人が相手でも困ることはないだろう。それが統制の取れた装甲警察隊500人なら?装甲動力服を着ていたら圧倒できるだろう。でも、電脳世界を制圧できず、制空権を得られない状況で自治都市軍の機動歩兵1000人相手なら?宇宙空間からの支援があれば、やはり大丈夫だろうが、それがなければ困難と言わざるを得ない。
惑星メダリアで発生した状況がまさにそれだった。
150人ほどの機動歩兵、その他要員と600体近い戦闘アンドロイドで構成された連邦軍に、1万人近い機動歩兵とそれを補助する数倍の戦闘アンドロイドが攻めかかる。たしかに連邦軍は一世代新しい装備をしている。自治都市軍も全戦力で大隊を潰しにかかれはしない。
とはいえ、戦力差は絶望的。戦術システムのOSやドクトリンに大きな差はない。共同して異星人に対応することを前提として連邦軍と現地軍は存在しているからだ。コンピューターの弄りあいも連邦軍のマザーコンピューターと子供にあたる自治都市軍のコンピューターの関係ではあるが、そこまで連邦が優位ではない。お互い電子戦の訓練をしているので手の内はわかっている。さらに連邦軍が備蓄する弾やエネルギーは無限ではない。平時、それも異星人の脅威が少ない後方を想定した弾薬エネルギー備蓄量では、幾ら勇戦奮闘したとしても、限界がある。ヒーロー映画やアニメーションのように無限に弾丸やエネルギーがある訳ではない。他方、自治都市軍は近年の軍拡で弾薬やエネルギーの備蓄量に余裕がある。1500トン近い備蓄弾薬を失ったとしても、母数が異なる。
自治都市軍の砲弾を迎撃するための砲弾がまず不足し始めた。駐屯地の各所に砲弾が落下し始め、兵員が地上で活動できなくなる。
生身の人間や簡易装甲服を着た人間に圧倒的な力の差を見せつける装甲動力服といえど、至近で砲弾が炸裂しては無事では居られない。そのような想定では設計・製造されていない。装甲、といいつつもせいぜい生身の人間から放たれる小火器を防ぐ程度の防御力しか与えられていないのだ。危険な場所で活動する、簡易装甲服しか着用していない戦闘アンドロイドのビショップやメーテル達は、より簡単に被害を受けてしまう。そして、戦場における消耗品として次々と打ち倒されていった。誘導砲弾の幾つかは、電波妨害をすり抜け確率論により電源車や燃料補給車を破壊していく。中隊に弾薬を運ぶ無人輸送車も無事では済まない。運の悪い戦闘アンドロイド小隊が、弾薬輸送車の爆発に巻き込まれ大損害を受ける、という事態も発生した。
「マチダ少尉のいっていたことは本当だったんだ…」
24時間の休みのない戦闘は、マチルダの目を真っ赤にさせていた。簡易装甲服の戦闘アンドロイドで構築された薄い塹壕線を、後方に控えた装甲動力服を着た機動歩兵が機動的に支える、という戦術もそろそろ破綻が見え始めていた。装甲動力服を着た機動歩兵の出動のタイミングや撤退のタイミングはコンピューターが助言してくるが、決断をするのは今も昔も人だ。中隊に残る2個小隊の指揮を両少尉が取っているため、マチルダは簡易装甲服を脱いで休憩を取る暇もなく、指揮を続けている。そろそろ何かに頼らなければ立つのも精神力を要求し出す。電源も心配だった。悠長に充電するわけにはいかないので、交代でバッテリーパックの交換を行っていたが、電源車が破壊され、配電系が砲撃で寸断され、手持ちの充電池で戦闘を継続しなければならない。待機状態なら何日も持つだろうが、激しい行動をとる場合、あと2回が限界だった。大気圏内では減衰の激しいレーザーを使った場合、1回も電池がもたない。
そこに現れたのが、報告にあったエルフの装甲歩兵。4体だけだったが、自治都市軍の旧式装甲動力服とは明確に違っていた。大隊長殿に報告し、大隊の予備隊が投入されるべきタイミングだった。それなのに。
「大隊本部に直撃弾。大隊長殿以下連絡途絶。」
中隊本部に大隊長のシグナルがロストした、という自動連絡が入る。基地深くに設置されたマザーコンピューターからだった。中性的な声が指揮官を先任順に自動的に指名する。今頃新しい指揮官に大量の情報が流れ込んでいるはずだ。
「ペトロシャン大尉が大隊長代理か…」
マチルダは、呻いた。ペトロシャン大尉が積極果断な判断をするとは聞いたことがない。どうしても2テンポ判断が遅れてしまう。でも、ペトロシャン大尉は最先任の大尉であり、マザーコンピューターが指揮官に自動認識している。マチルダには大隊長として積極果断な判断を期待しなければならなかった。
「エルフの装甲歩兵が1個分隊、C中隊の担当エリアに侵入、大隊予備隊の投入を請う。座標値はこれより送付する。」
マチルダは、ペトロシャンに報告と要請を繰り返した。連隊本部に報告をあげるべき案件ではあるが、電波妨害とアンテナへの執拗な攻撃により、超光速通信は使用不能。惑星系内でのみ使用可能な光速通信にしても途切れ途切れとなっている。電子戦を支援し、通信を中継してくれるはずの巡航艦は、何故か知らないがメダリアから離れて行っており、これも役に立たない。
とはいえ、エルフの装甲歩兵を認識した戦闘アンドロイド達が事前にその判断中枢に焼き付けられた戦術教範のとおり動き出す。エルフの装甲歩兵を接近させ対装甲歩兵ロケットを発射するが、200年前に見られた景色の再現としてローラーダッシュにより華麗に避けられていく。このタイミングで装甲動力服の予備隊が1個小隊投入されたならエルフを止められただろうが、ペトロシャン大尉は、何時ものごとく判断を逡巡していた。…実際は、中隊長としての判断をしている最中にいきなり大隊の指揮を任されたため、指揮補助コンピューターが示した助言への承認が遅れただけだったのだが、少なくともマチルダにはそう思えた。
それでも、連携が乱れたエルフの小隊をカサートキン少尉の装甲歩兵小隊がエルフの動きを食い止める金床の役割を受け持ち、バトボルド少尉の小隊が狩りにかかる金槌の役割を果たそうとする。残念なことに、それはケンタの小隊か地元の防衛軍の応援がやっとこの役割をとることが期待できる場合に取る戦術だった。ケンタの小隊が不在であり、地元の防衛軍が敵対している場合、大隊の予備隊がやっとこの役割を果たさなければならない。
「予備隊はまだか!ええぃ、カサートキン、バトバルド、それぞれ1個分隊をやっとこ役に拠出、指揮官はスミス特務曹長。」
マチルダは、エルフの装甲歩兵に続く自治都市軍の装甲歩兵を睨みつけた。予備隊が適切に投入されていたなら、エルフを仕留め、自治都市軍の装甲歩兵を押し返せたかもしれない。30秒、そう30秒ペトロシャン大尉が判断を遅らせた間に、戦線に大きな穴が開き始めた。戦闘アンドロイド達がこもる壕を自治都市軍の装甲歩兵達が蹂躙し始める。人と違い恐れを感じないアンドロイド達の果敢な抵抗により何体かの装甲歩兵が対装甲歩兵ロケットの直撃を浴び、駆動液を炎上させるが、C中隊にあいた穴を塞ぐには至らない。
カサートキン小隊が半数を失い、バトボルド小隊も7割を失いようやくエルフの分隊を仕留め終えたが、その間に、自治都市軍の大隊規模の装甲歩兵が基地内に侵入してしまった。今や中隊に残された8機の装甲歩兵は、自治都市軍の銃火から自らの身を守るために華麗なダンスを踊り始めた。
「ハウエル大尉、これよりそちらに予備隊を送る。」
今頃になってペトロシャン大尉が連絡をよこしてくる。
「もう遅いです、ペトロシャン大尉、エルフの分隊は撃破できましたが、C中隊の陣地に大隊規模の装甲歩兵が侵入しています。…もう無理です。C中隊はこれより可能な限り耐久します。さようなら。」
ガヌロンではなくて、さしずめテュルパン大司教の役割といった所かしら。いや、一向一揆に追い立てられた富樫家の一族といったところかな。
でも、まだ死ぬわけにはいかない。少なくとも、もがき続けなければならない。
「さあ、メーテル、ビショップ達、ここからが連邦の意地の見せ所よ。対装甲歩兵ライフルを持て、押し返せ!カサートキン、バトボルド、反撃に一度は付き合って。そのあとペトロシャン大尉のもとに撤退、時間は私が稼ぐ。我に続け!」
簡易装甲服のヘルメットを被り直すとマチルダは壕を飛び出し、ものの5秒もしないうちに高速移動する装甲歩兵に弾き飛ばされた。
「連邦軍の右翼に穴が開いたか。流石特殊装備をヤンセン少佐が調べた穴に投入しただけある。」
マチルダの見立てと異なり、その時C中隊の穴に侵入できた装甲歩兵は大隊規模ではなく、2個中隊ほどだった。それでもマチルダのC中隊が初期消火に失敗したため、30機ほどの装甲歩兵が他の連邦軍中隊を背後から責め立てる。前を向いて戦っている兵隊が後ろからの攻撃に弱いのは、人類史上これが初めてではない。
「よし、損害にかまわず予備隊を投入しろ。今損害が出るようでも中期的には一番損害が少なくなる。あと、連邦軍の将兵は無駄に殺すな、捕虜にしろ。」
自治都市軍方面隊司令は、穴を察知すると、手持ちの予備戦力の装甲歩兵1個大隊150機と装甲車大隊の投入を命じた。青緑色の装甲歩兵が装甲車の両脇に跨乗し、穴に突入していく。わずかに残った連邦の戦闘アンドロイド達の抵抗も物量によってすぐに押し潰される。
穴が開いて1時間もしないうちに、連邦軍の駐屯地における組織的抵抗は消滅した。




