6-5 接触
恒星暦567年12月21日 地方暦57年2月19日昼
惑星メダリア 連邦高等弁務官事務所公務員宿舎前
まずいな…
メッセージを受け、暫くしてケンタの所にも轟音が聞こえてきた。
補給は来ない、基地では自治都市軍が攻撃を仕掛けてきている、こちらは燃料は不足し、住民を守っているので荒事は仕掛けられない。今の燃料残はこの場で待機するならば、という前提の残。かといって、この陣地もない状態で仕掛けられても困る。
ケンタは、指を折々対応策を考えた。こういうとき、AIはあまり役に立たない。インプットされている事例集に敵対的人類種に十重二十重に囲まれ、無辜の人民を守っている小隊長、というものはない。もっとも、ケンタのあとの小隊長には事例集に例が加わることになるのだろうが、将来掲載されるかもしれない検討事例は現在の事例集には遡及しない。いくら科学が進んでも、時を巻き戻すことは出来ない。
ここの住民を見捨てる?それもあり得ない。高等弁務官事務所の職員を見捨てたら、仮にこの場を乗り切ったとしても連邦保安省のエージェントとおそらく一生鬼ごっこをすることになる。それも勝ち目のない鬼ごっこ。狩りはする側に立つのであって、狩られる側に積極的に立つのは悪趣味だ。
住民を見捨てずに、このトラブルを避けるためには…住民に見捨てられるか、住民に出て行けと追い出されるか…
「連邦軍の小隊長、君、困っているようだな。お姉さんが相談に乗ってやろうか。」
少佐の階級章をつけた自治都市軍の女性が装甲服も着ずに指揮車の近くまで歩み寄り、声をかける。視線を向けると、緊張した顔で手を上げて固い声で挨拶してきた。
「これは、少佐殿。ご機嫌いかがですか。」
ケンタとしては話しかけられた以上バイザーをあげたかったが、その瞬間狙撃されるのも間が抜けている。先日の雪玉が銃弾だったら、何回か死ななければならなかっただろう。かといって、相手と装甲車の上から話をするのも目立ちすぎる。
「もしよろしければ、装甲車の中でお茶でも飲みながら相談に乗っていただけますか。」
「外が良いな。こちらにも立場がある。」
うまいこといかないかな。まずは中隊長殿と連邦高等弁務官殿に現状の報告かな。あと、対電子戦の指示を出さないと。こちらから仕掛けては電子戦でも勝ち目はない。
包囲する自治都市軍に通告の上セガール軍曹に防弾板で胸壁を作らせ、アンドロイドに机と椅子とカップとお湯を用意するように指示する。お互いに自己紹介をした。相手はケンタがマチダ、と名乗るとほう、と言う顔をし、ヤンセン少佐、と名乗った。
「どうぞ、ヤンセン少佐殿、粗茶ですが如何です?」
胸壁で寒風を避け、エンジンの排気で簡易暖房を準備すると、ケンタとヤンセン少佐は指揮車の外に座った。バイザーをようやくあげ、ヘルメットをとる。簡易暖房を用意していても寒いものは寒かった。
「本物の紅茶が出るとは、流石連邦軍の幹部の孫だな。」
地球で大量生産されている赤いラベルの紅茶もメダリアまで来ると地球産、というだけで高級品となる。
「さすがは皆さん耳が長いですね。」
「何、この動乱がなければ、君が小隊長資格を取ったあたりで連邦と我々とで食事会をもうけるのが通例でね。連邦からの招待状が届いた所だったのさ。」
そういえば、個人情報を何処まで出して良いか庶務担当に聞かれた覚えがある。
「我々も、大隊長に士官学校卒業生が着任し、さらに君のような士官学校卒業生の初任地としてだけでもありがたいのに、連邦が幹部の孫を配属させるほどこの星を気にかけてくれているのかと少し考え直していたところだ。そうしたら、この事態さ。せっかく、連邦の士官食堂で本場のフルコースを食べられると思っていたのだけどね。」
自分の知らない所で色々皆さん考えているんだな、そんな事を思いながらケンタはお茶を勧めた。茶菓子も着任時に皆に配るように、と祖父から大量に送られてきた両端が白い赤い包装をしたビスケットを用意している。
「おお、これも。流石は地球産。産まれて始めて食べさせて貰っているよ。」
ヤンセン少佐は素直に喜んだ仕草を見せた。
「どうぞ、どうぞ。ここにこのまま居ても使い道があまりなかったので、よければ持って帰っていただければ、と。」
ビスケットの袋を受け取ると、ヤンセン少佐はボブの美形に配置された二つの碧眼をケンタに向けた。先ほどまでの柔らかい視線ではなく、プロフェッショナルの目だ。
「前置きはこれくらいで切り上げさせて貰うよ。私は軍人だ、外交官ではない。」
そして、紅茶で唇を濡らす。ケンタは場違いに年上のお姉さんの色気満載、といった感想を抱く。
「我々は、君たちに降伏して貰いたいと考えている。出来れば連邦高等弁務官と君を傷つけたくないのだ。」
そう来たか。単刀直入とはこういうことを言うんだろうな。
でも、何故僕もだ?僕は単なる士官学校出身の少尉だぞ。かといって、ここで何もせずに降伏したら、連邦保安省だけでなく、連邦国防省の憲兵隊まで僕のファンクラブの一員になってしまう。
「少佐殿、一応少佐殿のお誘いは了知いたしました。しかし驚きました。」
ケンタは、少佐の左手の薬指を確認した。うん、あのネタを使えるはずだ。あれはどの本で誰が言ったんだっけ。でも、サトコちゃん、ごめん。
「結婚の申込でもされるのかと思っていました。」
相手も然る者だった。にやりと笑うと両手を広げる。盛り上がった胸がどうしても視界にはいってしまう。
「何だ、そんな事なら簡単だぞ。私は27歳絶賛婚活中だ。降伏してくれて我々の仲間になったら、何時でも結婚を前提とした付き合いを考えてやろう。」
結婚を前提、考えてやろう、ね。自分なら、裏切り者が仲間に加わっても決して心を許さない。他の人も同様だと考えると、使い捨てられると言うこと。それにしても27歳の少佐とは、余程のサラブレッドなんだな。
「それは魅力的ですね、ついクラクラきてしまう。でも、まあ僕も同じ事を貴女に言いますよ、少佐殿。そちらこそ降伏してくれませんか。見てのとおり、私は平和愛好家なんです。それが無理なら、我慢比べしませんか。そう長くはないはずです。」
あえて何時までや具体的に何を、を伝えずにケンタは逆に降伏勧告をおこなった。
連邦政府が殴られたままで居るわけがない。ケンタは確信していた。そんな事をしたら、人類種の守護者という力による地位を自ら捨て去ることになる。国是を捨て去ることがあるとすれば、周辺全ての星間航行技術を持つ異星人を滅亡させ、人類種の帝国を銀河に広げることができた時くらいだろう。星間航行技術を持つ異星人は何もエルフだけではない。死人のように青い肌の異星人もいれば、ドワーフやホビットどもも居る。彼らが我々の隙を見逃すわけがない。隙を見せた瞬間、人類種の領域は異星人の草刈場と化し、人類種は奴隷としての生しか許されなくなるだろう。
それにしても。二十歳そこそこでこんな事をしていたら、お祖父さんの歳の頃には僕はどうなっているんだ?
「それは悩ましいな。この地位を捨てて連邦軍の将来の大将閣下の婦人の地位は悩ましい。まあ、考えておくよ。そちらも考えておいてくれ。あと、私の提案は連邦高等弁務官殿にも伝えておいてくれたまえ。これは私からだけの提案ではないのだよ。」
ヤンセン少佐は立ち上がった。ケンタも立ち上がるとボブの美形に教範通りの敬礼を送った。ヤンセン少佐は色気のある答礼を返す。
「美味しい紅茶とビスケットをありがとう。また食べに来させて貰うよ。できればその際、良い返事をもらえたら良いな。」
さて、ここから本題だ。無駄な戦闘は避けたい。時間を稼ぎたい。
「こちらこそ。楽しい時間をありがとうございました。上部機関と連邦高等弁務官殿に少佐からの提案を報告しなければならないので、…そうですね、明後日のこの時間までそちらが火蓋を切らない限り、こちらから火蓋は切るつもりはありません。勿論、上部機関が命じた場合、小生の約束より優先されますが、その場合は事前に通告いたします。」
相手は果たして乗ってくれた。
「明後日は長いな。すぐに、といいたい所だが、これから夜になるし、今夜も寒いし暴風雪の予報だ。明日の昼もう一度話を聞きに来るよ。個人携帯情報端末のアドレスを教えてもらえるかな。」
上官は勿論、馬鹿を言わせておけ、という反応だった。ただ、明日の昼間で交戦はしない、というケンタとヤンセン少佐との約束は否定しなかった。やはり基地周辺では激しい戦闘が続いているようだ。ビデオ通話の背景に戦場音楽が聞こえてくる。連邦高等弁務官は、というと嫌な顔をした。ただ何も言わなずに手を振りケンタに退出を求める。
「そいつはまた素敵ですね。」
ケンタからの話を聞いたセガール軍曹は、そういうと肩をすくめた。




