6-2 待機
恒星暦567年12月20日 地方暦57年2月18日昼
惑星メダリア 惑星メダリア駐屯地
惑星系を巡航していた巡航艦ジノシマが惑星系外に向かう、という大隊長殿からの連絡は、マチルダを絶望に追いやるには十分だった。何かを見つけたらしく、これよりその調査に当たる、貴隊の武運長久を祈る、そう言ってジノシマは去って行ったという。そしてジノシマはご丁寧にも去る前に、自治都市軍が実弾を装填した部隊を前進させている、という連絡を映像付で送ってきたそうだ。
「ジノシマは何かを見つけたらしく、その調査に赴くそうだ。赴く前に自治都市に関する上空からの映像が送られてきた。」
大隊長殿は何をしに、というのは聞いているようだが、部下には教えてくれなかった。やけに明るい声で事実だけをボイスで連絡してきている。
「我々に与えられているのは、年次計画のみである。その範囲内で訓練の一環として現在活動している。あくまでこの陣地構築は年次計画の目標に定められている即応体制の強化に基づいて実施している。」
大隊長殿はそう言葉を続けた。正論であるが、まったく現況の助けにならない。
「よって、こちらから手を出すことは許されない。その範囲内で与えられた所定の任務を粛々とこなすよう、部下をしっかり統制すること。」
マチルダのみるところ状況は控えめに言ってお先真っ暗だった。大隊からは、状況の報告をしているようだが、連隊本部は年次計画に基づいて常識的に過ごしなさいよ、という指示。その範囲内で駐屯地を守備している。また、連邦権益の擁護、関係連邦機関との良好な関係の維持という一般的名目で連邦高等弁務官事務所からの依頼を受け連邦職員家族が住む宿舎を警備している。誰から守っているわけでもない。
「我々は公安警察官ではない。そこを取り違えるな。とはいえ、自治都市軍が我々に攻撃を加えてきた場合、彼らは 連邦の敵、連邦が代表する人類種の敵となる。そうなった場合、軍人の仕事だ。人類種の防衛という観点から我々は自衛活動をとることはできる。」
自治都市が連邦から独立宣言を行ったとしても、それを鎮圧する行動は積極的には取れない。何故なら、軍は連邦政府からそれをどうこうせよという命令を何も受けていないから。連邦軍の仕事は人類種の防衛。惑星内の自治に干渉することは一般的な仕事に含まれていない。自治都市が手を出すまでは、かつての日常が続いているかのように振る舞わなければならない。もちろん、電子戦は別だが。
だが、手を出されたあと自衛するとしても頭数は自治都市軍に比べて圧倒的に少ない。それを補うための応援は当面来ない、少なくとも聞いていない。連邦軍が自衛をしたところで、惑星表面を制圧することは出来ない。だが、叩かれた時にはたき返す。自治都市市庁舎に乗り込んで連邦の旗を掲げるような事は出来ない。対処療法にしかできない。唯一、宇宙空間においては、連邦政府が圧倒しており、それが自治都市に自制をしいているが、その圧倒している根拠であり、天空からメダリアに睨みをきかせていたジノシマは去って行った。
よりによって、あの天空の守護者が去って行ったとは。自治都市政府の連中が暴走しても、誰も天空から雷をおとし、彼らを罰してくれない。
そして、家庭人であるマチルダ・ハウエルの立場もまたある。自治都市政府が暴走したあとも生き残り、夫と子供を守らなければならない。夫と子供は自治都市警察の警護のもと自宅に居るが、果たして自治都市警察の連中は何もしないだろうか。
「マチダ少尉の分遣隊を心配するどころじゃなくなりましたね。」
何も知らないバトボルド少尉が楽しそうに話しかけてきた。国境宙域で各種工作に従事していたかもしれないが、制宙権を心配していないからか声には憂いは含まれていない。中隊長まではジノシマの移動は知らされていたが、そこから下には情報共有は許されていない。知らないことは幸せ、というが、その落ち着きぶりがマチルダを苛立たせる。
「大丈夫よ。それにいざとなったとき、マチダ少尉への火力支援は惜しむつもりはない。私は部下を見捨てない。」
今のところは。
心の中でマチルダは追加した。こちらが危なくなったとき、一発の砲弾でも惜しいときに彼らに回される砲を引き剥がすことに大隊長殿が迷うことはないはずだ。そのための士官学校卒業生、そのための選りすぐりの小隊だ。マチダ家には恨まれるかもしれないが、恨まれるのは生きていてこそ体験できる特権。自分は特権階級でいたい。それも愛する家族に支えられて、恨まれるという特権を行使したい。
とはいえ。
今のままでは平時の規則内での動きとなる。荒事が予想されるとなるとある程度準備をさせる必要があった。さもなければ、最初の一撃に耐えられない。大隊長殿からの内容を要約して伝えるために、マチダ少尉を呼び出す。
「こちらマチダ少尉。感度明瞭度良好。」
まだ相手は電波妨害をしていない。マチダ少尉の声からは疲労が隠しきれなかったが、もう少し頑張ってもらう必要があった。
「こちらも良好。連絡事項あり。」
電波妨害をしていないということと、ネットワークに侵入され盗聴されていない、ということは同義ではない。聞かれている前提で話をしなければならなかった。とはいえ、今回は相手に聞かせる必要もある。暗号度は低めにして通信を送る。解読するならすれば良い。ただし、その上で手を出すなら容赦しない。
「一点目、申し訳ないけど今日もあなたの所に交代要員は送れない。二点目、見えていると思うけど、警察が後退して、軍が前に出てきている。そちらもそうだろうけど、こちらも概要は同じ。三点目、最初の一発を相手がそちらで撃つまでは想定289、第1種3号警戒態勢。でも、撃ってきたときから想定23になる。詳細はデータで送付。どうぞ。」
マチダ少尉から、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。どいつもこいつも男どもときたら。
「楽しくなりそうですね。…想定23ですか。我々は連邦統合時代に戻るわけですね。エネルギーが切れるまで頑張りますよ。そろそろ皆さん寝不足をどうにかしたいと思っていた所です。」
こいつは本当にアルコールや多幸剤を服用していないのか?素面でこんな台詞を口にするとは、どれだけ重度の中二病にかかっているというのだ。まあ、中等教育機関から飛び級で士官学校に入学しているんだ、普通の人なら高等教育機関までに卒業する中二病を士官学校で拗らせたのかもしれない。あそこは異常なほど名誉だ規律だを重んじる。地球時代の騎士でも養成するような教育機関だ。自分のように高等教育機関で羽を伸ばし、現実を思い知らされた人間と純粋培養は違うと言うことか。
短い間にそんなことを考えたマチルダはマチダ少尉と同じくらい明るい声で応じることにした。
「そう、とっても楽しい砂遊びの時間。遊び疲れて休みたくなったらちゃんとこちらに連絡してちょうだい。でも、相手は許してくれないでしょうけどね。映画の主役はともかく、登場人物になれるかもしれないわよ。」
エネルギーが尽きるまで闘え、その上で降伏したければ許可を貰うこと、ただし相手が降伏を受け入れてくれるとは思えない。
申し訳ないが、相手が連邦と戦争を望むなら雄々しく義務を果たし、そして死んでくれ。英雄譚の主人公にはなれないかもしれないが、登場人物にはしてやる。古典のローランの歌だってローラン以外にも沢山居るではないか。でも私はガヌロンにならなければならないのかしら。できればガヌロン以外でシャルルマーニュと一緒に行動する役割がいいな。




