6-1 別働
恒星暦567年12月20日
メダリア星系沖 ジャマイカ型巡航艦ジノシマ
メダリアの状況は、ジノシマからはよく見えた。よく見えたからと言って、対応できるか、というとそういう訳ではない。連邦軍と現地軍がにらみ合いを始めてはや5日。抗睡眠手段ではどうしようもない時期が既に来ている。
「当直士、いやはや、地上の機動歩兵って大変ですね。」
巡航艦内では、3直交代で変わらぬ日常が続けられていた。そこから1光時もしない地上では、風呂にも入れず、睡眠も途切れ途切れの機動歩兵達がいる。
「公務員宿舎の警護に派遣された小隊なんて、もう5日交代も無しですよ。」
天空からカメラで指揮車両を眺めていたランドーはため息をついた。宿舎は包囲されており、交代要員が来ることはない。指揮車両は宿舎の出入り口を塞ぐように停車しており、動くことは出来ない。
見張りの兵曹にとっては、他人事だろうが、その指揮車両で指揮を執り続けているのはランドーの知った顔だった。出来れば支援をしてやりたいが、ジノシマは星系外から来るかもしれない何かがメダリア星系に何らかの干渉をしないか警戒するために沖合を航行している。
「特にかわいそうなのが指揮車両に乗っているやつ。」
天空の見張りをしているはずの別の水兵が横から口を出した。
無線をモニターしているため、早いうちにそこに同期のマチダが居ることをランドーは知っていた。生真面目だけが取り柄のような歳下の不器用な同期。地上が混乱していることを心配してメッセージを送っても、勤務中だからか開封されたあと、返事もない。
「5日間、車内で少し休憩を取る以外ずっとハッチから半身を出しています。」
生体カテーテルを注入された状態で簡易装甲服を着用するのだが、その不快さはランドーにも経験がある。陸戦教育で1日着用したら気が狂いそうになった。それを5日。さらに入浴も出来ず、固形物も取ることは出来ない。想像を絶する不快さの中にマチダがいることは容易に想像できた。そう、こちらはマチダがとんでもなく大変な目に遭っているのは分かるが、それがどれほど大変なのか分からない。
「気を抜くな、お前が見張るのは地上ではない。」
兵曹が叱りつける。4時間の当直時間中集中力を維持するのは大変ではあったが、まだ当直が始まって1時間も経っていない。
間を置かず指揮所のドアが開き、艦長が現れる。艦長は、艦内時間の12時に始めた昼食を終えて、状況確認に来たようだった。
「周辺宙域に異常ありません。」
ランドーは短く報告した。
「地上は?」
「睨み合ったままです。」
状況を端的に報告する。派遣された1個小隊の指揮車両以外、4時間毎、6時間毎に交代していく。基地においても、基地を包囲する自治都市軍にしても同じ。ただ、指揮車両だけが天動説の地球のように位置を変えることもなくただ停車していた。
「あの指揮車両、ずっと止まったままだな。」
流石に5日も停車したままだと艦長もその異常さを認識しているようだった。駐屯地から外にいる連邦軍の部隊はあの小隊だけだった。基地から交代は派遣されることはない。基地自体、1個師団相当の地上部隊に包囲されていた。
「…はい、どうも動けないようです。」
ランドーの返事に艦長は何かを察したようだった。
「あの便乗していた若者か?」
艦長は、訓練の相手をしていた軍曹から、目を突かれようと格闘訓練を継続しようとした若者の話は聞いていた。艦隊所属機動歩兵に転属したなら自分はマチダ少尉の部下を希望したいです、という微妙な評価の持ち主。地上で這いずり回る機動歩兵の仲間入りはしたくないが、艦隊勤務なら、というのが軍曹のコメントだった。
「ガッツはあるようだが、人間、何事も限界はあるからなあ。」
せめて支援が出来きればいいが、辺境鎮撫艦隊司令部からジノシマに与えられた命令は、外宇宙から惑星メダリアに来るものを妨害すること、というもの。解釈の余地を探したが、余地がないほど明確な命令だった。仮に余地があったとして陸戦隊を応援に、といっても現況では焼け石に水。
実際、それを見越してか、地上で動きが始まっていた。自治都市軍の動きはどうみても友好的な動きではない。張り付いていた警察軍の車両が次々と後退を始め、後方で休息していた自治都市軍の部隊が弾薬の補給を受け始めている。
「艦長、地上の叛徒どもに動きが。」
ランドーは艦長の顔を見つめた。何とかならないのか、という表情になっている。声に出すことはできない。何とも出来ない、ということは士官である以上分かっている。それでも、何とかならないか、という問いかけ。
「地上にいる我が戦友達も切羽詰まった状況になりそうだね。」
超光速通信により辺境鎮撫艦隊司令部と大隊の親である連隊本部に現状を送信するように艦長は命じた。連隊本部はどうしようもないかもしれないが、辺境鎮撫艦隊司令部からもしも別の命令が発せられたら、もしかしたら、地上を制圧できるかもしれない。とはいえ、正規地上軍に対して巡航艦では嫌がらせ程度しか出来ないだろうが。
通信を発して司令部に情報が上がり、こちらに命令が落ちてくるまでに何ができるだろう、とランドーが心配する必要もないタイミングだった。
配置しているセンサーを監視していた水兵が異常を報告する。
この世に悪意の塊が存在していることを証明するかのようなタイミングだ。
「それに、我々も他人を同情できる環境ではなさそうだぞ。」
艦長は、逆に生き生きとしてきたようだった。実に楽しげにランドーを見る。でも、目は全く笑っていなかった。黒鉄のように冷たい光を放っている。
時空震が惑星系外縁で幾つか発生していた。センサーによると3つ。存在を隠すつもりはないらしい。超時空移動をしてきたのは、友好的存在ではなかった。既存のデータベスから相手が特定される。人類種が200年間備えてきた敵、エルフの軽巡航艦だった。このまま人類種の星系に入ってくるのであれば、講和条約により敵対的行為と見なされる。つまり、戦争だ。
「さて、我々は歴史的瞬間の目撃者となれるのかな、当直士。このままであれば射程距離に入るのは何時間後だ?」
朗らか、と言って良いほどの艦長の問いに、ランドーは電算機が表示する数字をただちに読み上げる。艦長にも見えているが、そういうものだ。
「はい、120時間後です。」
120時間、つまりは5日。相対速度なので、敵軽巡航艦を直ちに撃破したとしても本艦が減速し、ベクトルを変え、再加速し、惑星沖に到着するのはさらに10日近くかかる。推進剤の問題もある。戦闘機動をするほか2度も高加速、急減速をするだけの推進剤は本艦には積まれていない。どうだろう、間に合うか?間に合う訳がない。自分は、同期が目の前で嬲り殺される姿をただ見ているしかない。
「では、その間ゆっくり準備をしようではないか。当直士、英雄になってみたいと思ったことはないか?」
そう、その前に自分は3隻の敵軽巡航艦が星系内に侵入してきた場合、これを撃破しなければならないのだ。同期を助ける、助けないの話ではなかった。3隻を相手に推進剤が保つのかも分からない。まったくもって、まずは自分が乗っている艦と我が身の安全を考えなければならない状況であった。そもそも、軽巡航艦が3隻だけで惑星系に侵入するなんてあり得ない。どこから推進剤を入手しているのだ?どこかに補給艦が潜んでいるか、補給艦に先行して進んでいるか、それともどこかで補給をする見込みがあるのか。どれにしても、碌でもない。そう、碌でもない。
「英雄ですか?素晴らしいですね。でも出来れば英雄は遠くから見るのが良いです。」
「では、まさに君はそれを体験できる得がたい機会に巡り会ったんだね。」
艦長は、マイクを握った。
「こちら、艦長。現在、惑星系外縁にエルフの軽巡航艦3隻を確認した。本艦はこれよりこれの迎撃にあたる。繰り返す、本艦は惑星系外縁に確認されたエルフの軽巡航艦3隻の迎撃に当たる。」
マイクのスイッチを離すと、艦長は人の悪い笑みを浮かべた。
「ランドー少尉、君はまさに遠くから英雄を見ることが出来るよ。我々は地上の戦友達が英雄になっていくのを遠くから眺め、そして彼らの魂が安らかに休めることを祈ることが出来る。そして、君はそれを忘れてはいけない。」
嫌な人だ。他人の言葉の揚げ足を取ってくるとは。
ランドーは艦長の後半部分を無視して心の中で吐き捨てた。
でも、艦長は自分達が爆散する運命にあるとは少しも思っていないようだ。そういえば、艦長はここに来る前は国境宙域のフネに乗っていたとか。エルフどもを手玉に取るすべを知っているのかしら。
マチダ君、ごめん。まずは私は生き残らなければならない。あなたの魂が安らかに休めることをあとで祈ってあげるから、まずは私が生き残れるよう祈ってくれないかしら?その代わり、英雄になる資格はあなたに譲ってあげる。




