5-5 離別
恒星暦567年12月15日 地方暦57年2月13日未明
惑星メダリア ヒロシ宅
あの時の両親の顔を私は一生忘れられないだろう。
「お父さん…」
ケンタ君からの連絡を知らせた私に、お父さんは大きく息を吸った。そして、とても悲しい笑みを浮かべて私を見た。いつものお父さんではなかった。
「サトコ、今からお父さんとお母さんの言うことを絶対守るんだ、約束できるかい?」
今までにない力でお父さんは私の肩をつかんだ。痛い。でも、それを口に出せない雰囲気だった。隣でお母さんも緊張で引きつった顔で私を見つめている。マサヤは自室でまだ眠りの世界にいた。
「はい。」
私にそれ以外の返事が出来ただろうか。お父さんの目は有無を言わせない強さがあった。
「お前だけは生き残るんだ。」
静かな声でお父さんは繰り返した。
「お前だけは生き残るんだ。パニックルームには、家族10日分の水と食料しかない。」
10日もあれば良いじゃない。ケンタ君が騒ぎすぎているだけかもしれないんだし。実際に何かが起きるって決まったわけじゃない。
でもお父さんは違った。ケンタ君の言うことを信じていた。淡々と話し続ける。
「そして、今この状況が今この瞬間連邦政府の耳に入ったとしても、連邦軍が派遣されるまでに半月はかかるだろう。連邦軍関係者としてこの家に救助が来るのは最短1ヶ月。」
1ヶ月、10日分の備蓄。かけ算と引き算の問題だ。でも、1ヶ月って決まったわけじゃない。もしかしたらもっと早く来てくれるかもしれない。
「家族では隠れきれない。そのうち、見つけられる。仮に見つけられなくても、連邦軍関係者として救助が来る1ヶ月の間、水と食料はもたない。」
お父さんは、そう断言した。家族では、って。なら、誰となら隠れることが出来るの?
「でも…」
お母さんが痛いくらい手を握ってきた。緊張ですごい力。
「大丈夫、あなたは何も心配しなくてもいい。」
お母さんは、涙目で、でも静かな声だった。私を昔のように優しく抱きしめてくれる。
「お父さんは?お母さんは?マサヤは!?」
最近ちょっと邪険に扱うようになったお父さん、いつも私のわがままな弟ばかりに関心を払って私の方を見てくれないお母さん。私の大好きなお母さんを奪った憎い弟。でも、やはり私の一人きりの大切な可愛い弟。お父さんとお母さんが何を考えているのか分からない。でも、きっと…
「大丈夫、あなたは何も心配しなくてもいい。」
お母さんも優しく繰り返す。何か変だった。お母さん達は何かを言おうとしている。それも、私が一番聞きたくない言葉。もう言葉にしないで。
「心配しなくてもいい。あなたは何も悪くない。あなたは次ぎにお父さんかお母さんが扉を開けるか、ケンタ君が救いに来るか、連邦軍が救助に来るかまでそこで待っていれば良い。1ヶ月、しんどいだろうけど、決して外には出てはいけない。何が聞こえても、何があってもだ。さあ、急いで。」
有無を言わせずにお母さんが私を地下へ連れて行く。普段は屋根裏とともに荷物を置きにか取りにかしか行かない場所。そして、地下室にある戸棚の下にある秘密の地下壕へ行く。水と食料と簡易トイレとベッドだけが並んでいる3M四方の狭い部屋。軍港都市から移ったとき、学校が嫌で外で遊んでいたとき、罰で一度だけ入ったことがある。戸棚の一番下の棚をはぐると秘密の部屋への梯子が見えた。
「お母さん。」
こんな所で一ヶ月も過ごすなんて。私が何か悪いことでもしたとでもいうの。
「良いから降りなさい。時間が無い。これを絶対体から離すな。」
お父さんが、ペンダントを渡す。いつか旅行でねだって買ってもらった私の宝物。暇を持て余さないで、と勉強道具を渡されたときは少しがっかりしたけど、お母さんは、普段つけない結婚指輪を渡してくれた。
何、お父さんとお母さん、どういうつもりなの。どうしてそんなに寂しそうな顔をしているの。
「サトコ、愛している。」
お母さんの顔が涙でかすんで見える。降りたくない。でも、お母さんは許してくれなかった。無理に私を梯子に追いやると、重いハッチを締めた。静寂。
「お母さん!」
私のすすり泣く音だけが狭い部屋に響いた。
ヒロシは、地下室を整理するとミサエとともに一階に向かった。
ピーンポーン
インターホン。個人用携帯情報端末で外を見ると、自治都市軍の兵隊が10人ほどと警察官が2人いる。その手には銃。
「間に合ったみたいね。」
ミサエがヒロシに静かに言った。覚悟を決めた顔だった。ヒロシは、ミサエの手をしっかりと握った。
「次ぎに何時言えるか分からないから、今言わせてくれ。ありがとう、ミサエ。」
ピーンポーン
ドアを蹴破られる前に対応する必要があった。
「さあ、これから動乱が始まった所だ。まだ、何も終わったわけじゃない。僕は最後まで諦めない。宇宙で、星で、役所で、どんな所でも僕は最後まで戦い続けてきた。ここだって僕の戦場だ。僕がここで家族を守る。大丈夫、まだ乱暴なことはされないはずだ。」
ヒロシは、大きく息を吸うとゆっくりと息を吐いた。気分を変えよう、さあ、ここも僕の戦場だ。ミサイルや砲弾は飛んでこなくても、漢として歯を食いしばって耐える戦場だ。僕の後ろには妻と子供達がいる。勝ち目は薄いかもしないが、黙って負けるつもりはない。
「はい何でしょう。」
「警察です、お話を聞きに参りました。」
嘘をつけ。話を聞きに来るためだけに兵隊を連れてくる馬鹿がどこにいる。パトロールカーだけならともかく、装甲車2台と簡易防弾衣を来た兵隊10人だぞ。
「暫くお待ちください。」
いきなり撃たれたり、連行されたりすることはないだろう。それだけは確かなはずだ。だが、どうだろう。とりあえず、成人したサトコだけでも守り切ろう。マサヤを処するほど、連中も気が狂ってはいないはずだ。
「メダリア自治都市警察軍のマンソン少尉です。マチダ・ヒロシさんですか。」
「そうですが、何かありましたか?」
自分は、現在の身分は軍への納入業者。予備役の大佐かもしれないが、連邦から召集令状を受け取っていない以上、単なる民間人だ。まあ、そもそも招集されることは決してないだろうけど。
「お話を伺いたく…」
「では、中にお入りください。寒いでしょう。ミサエ、警察のお方に御茶を。あと、外にいるのはお連れですか?」
簡易防弾衣を来ている兵隊達について聞くと、マンソンはうなずいた。
「では、ミサエ、外の兵隊さんにも御茶を。どうぞどうぞ、どのようなご用件かはあとで聞きますが、外は寒いでしょう。お入りください。」
連邦政府は独立宣言という愚行は耳にしているはずだ。だが、そこから先、どうなるんだろう?懐柔する、という段階は過ぎている。そんな事をしたら連邦政府は星系政府に舐められてしまう。となれば、断固とした処置あるのみ。どうするつもりなのだ?まさか、惑星セダスのようなめにはあわないはずだ。だが、関係者だけが逮捕、ということにもならないはず。連邦はどういう措置を取る?その時、自分はどう家族を守る?




