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5-4 失態

恒星暦567年12月16日 地方暦57年2月13日朝

惑星メダリア 


 は、このおっさん何やっているの?

 簡易防弾衣のバイザーをあげている顔に雪玉を投げつけられ、ケンタは驚いた。指揮者が投げ出すと、周りの警察官達も雪玉を投げてくる。地味に痛い。というより、めちゃめちゃ痛い。ボクシングでサンドバッグ状態になっているようなもの。ボクシングでは痛いだけだが、体温で微妙に溶けた水が顔を覆い、凍ってくる。

 子供じゃないんだから、気にくわないからって手を出してくるなよ。

「我慢しなさい。」

 すぐに中隊長殿から連絡が入る。状況を見てくれているようだった。とはいえ、寒い日に固められた雪玉を顔面に受けるのは痛い。バイザーをケンタは下ろすことにした。

 暖かい。衝撃も減っている。猫パンチを受けた程度だ。最初からこうしておけば良かった。まだ投げ続けていやがる。最早玉入れの球袋状態じゃないか。まったく、脳障害が起きたらどうするんだよ。

「小隊長殿。」

 セガール軍曹が装甲動力服で駆けつけてくれ、警察軍からの雪玉の投擲はようやく一段落した。緑の装甲鈑に3つのカメラの姿が異様に目立つ装甲動力服は、簡易防弾衣と異なり、威圧感を与えるのに十分だったようだ。

「ありがとう。でも、連中やる気みたいだよ。中隊長殿、増強機動歩兵中隊がこちらに向けて接近中。」

 指揮車から打ち上げられている小型無人偵察機が接近してくる自治都市軍の姿を捕らえていた。規模は青緑色の塗装に単眼を配した頭部をつけた旧式装甲動力服24機、装甲車6両、地上戦用の戦車6両、先頭に指揮車1両。ご苦労なことに各車両に2機ずつ装甲動力服がぶら下がった状態だった。この未明に無意味に走り回っているとしたら、この惑星の住民は狂っている。

「少尉、我慢しなさい。」

 中隊長殿は繰り返した。意図は分かる。鶏が鶏冠を立てて威嚇し合っているようなものだろう。気を抜くと先ほどのようにつつかれる。

「了解です、ただ、配置にはつけます。」

 中隊長殿の返事は、バイザーにテキスト定型文で表示された。

 威嚇の段階を過ぎたらどうするのだ?本当に殺し合いをするのか?実際にその瞬間になったとき、自分にそれを命じることが出来るのか?部下は従ってくれるのか?

 でも、自分の背後には、連邦高等弁務官事務所の職員と家族がいる。今の命令は、この連邦高等弁務官事務所職員が住む宿舎を警備すること。自分の判断でどうこう出来るほどの権限を今は与えられていない。小隊長資格を何故かもらったばかりの少尉だ。言われたことをセガール軍曹にやらせるのが仕事。いや、この任務の本質は何だ。連邦政府の意向を他者に強要するのが仕事。相手がエルフだろうと、人類種だろうと変わりは無い。だとすれば…いや、考えるのは今は止めよう。まずは、目の前の与えられた仕事をキッチリとこなすこと。自分は神話の世界の英雄ではない。親の期待を背くことをおそれ、退学の恐怖に怯えて過ごしてきた人間に過ぎない。

 装甲動力服のセガール軍曹達が指揮車の後方で睨みをきかすと、警察軍の雪玉投擲はピタリとやんだ。流石に30MM自動銃を構えた装甲動力服に雪玉とは言え投擲する馬鹿はそういない。

 

 自治都市政府の異常な行動は、公務員宿舎周辺だけにはとどまらなかった。連邦軍基地に向け、師団規模の諸兵科連合部隊が向かっていた。先頭は警察軍。

「あなた、抵抗したら絶対駄目よ。」

 それだけではないようだった。宿舎を選ばず民間住宅で居住している連邦軍関係者の家族宅に自治都市警察が保護と称して来訪している、という情報も家族から流れてきている。相手は数だけはいる。こちらに1個師団振り分けても、警察軍が各家庭4人まわれば抵抗できない。駐屯地には連邦軍は200人もいないのだ。連邦高等弁務官職員家族を含めてもせいぜい500人かそれを超えるくらい。そのうち、宿舎に住んでいないのは?そう、数えるほどもいない。となれば簡単な算数の話だ。

 ハウエル大尉のもとにも、夫から連絡が来た。意図は明確。家族を人質に取り、自治政府側の意図を連邦軍に強要する。中隊長クラスにでも分かること。いや、宿舎以外の居住が認められている士官クラスだからわかる話だろう。このときばかりは、公務員宿舎を選んでおけば良かったと思う。通勤の便を考えて、公務員宿舎ではなく、地元の賃貸住宅を選んでしまったのだ。まさか、こんなことになるとは。

 自分はその時義務を果たせるだろうか。一応、大隊長殿に今の状況を報告しておこう。

中隊で家族を宿舎以外に住まわせているのは私と…マチダ少尉。あの鉄砲玉。一応、確認しようか。


 中隊長殿からだった。家族の無事を確認している。意図は分からなかった。

 自分は父親は戦死した。母親も出勤中に事故で死んだ。妹もそうだ。母方の祖父母と連絡を取ったことはないので、どこに住んでいるかも分からない。父方の祖母も死んだ。祖父はどこかで宇宙をさまよっているはずだ。ほかに家族は…

 そうだった、サトコちゃん。自分の属性をサーチした所、無事にサトコちゃんは婚姻届を出してくれたようだった。ということは、連邦軍人枠で無事に宇宙に行けたはずだ。まあ、一応確認しようか。超光速通信が生きているとしたら、動画よりテキストの方がいいだろう。超光速通信で届くとしてどれくらいだろう?まあ、とりあえず聞いておくか。

「音声テキスト入力、発ケンタ、宛サトコちゃん、件名、安否確認、本文、念のための確認。現在位置如何。宇宙船酔いはしていないか。御身大切に。」

 ケンタは、個人用携帯情報端末を操作した。そして、個人用携帯情報端末の個人情報フォルダを確認し、自分の迂闊さを呪った。

 大量のメッセージが届いていた。それもサトコちゃんだけではない。ヒロシ叔父さん、ミサエ叔母さん、ケンイチおじいさん、まだメダリア恒星域で訓練中だった同期。

「…どういうこと。」

 サトコちゃん達が惑星外に脱出していないってどういうこと?で、何で今のこのタイミングでそんなメッセージを確認しろと?

 音声交信モードを立ち上げ、すぐに連絡を取る。3コールもしないうちに、懐かしい声がした。まだそんなに離れていないのに、もう何ヶ月も会っていない気がする。

「ケンタです、サトコちゃんですか?」

「ケンタ君、今どこ?大丈夫?」

 答えられない質問を無視して、ケンタは要件だけ伝えることにした。

「たしか、おうちの地下にパニックルームがあったよね。そこは家族10日分の食料と水があったよね。いいからお父さんに言って、家族とすぐに入りなさい。」

「でも…」

「良いから早く!」

 続けて話そうとすると、セガール軍曹からの音声交信が上書きされる。

「こちらはマチダ少尉。セガール軍曹、どうした?」

 特別通信要領が発動されているため、無線交信は手短となる。おかげで苛立ちが声に含まれるのが少しは押さえられたはずだ。

「自治都市軍の機動歩兵中隊のお出ましです。連中、かなりいきり立っているようです。」

「素敵な連中だな。」

 どいつもこいつも忌々しい。

 ケンタは、楽しそうに応じながら、心の中で吐き捨てた。

 無意味に突っかかってくるチンピラ、意味不明な挑発行動を取る地元警察、そしてせっかくサトコちゃんと話をしている最中に現れる現地軍、それを報告するセガール軍曹。皆糞食らえだ。

 とはいえ、何もしないわけにはいかない。ケンタは、状況を映像とテキストで報告し、予備の6機の装甲動力服と戦闘アンドロイドにすぐに励起状態となれるよう指示を出した。実弾の装填も許可する。先ほどは雪玉だったので無視できたが、次は雪玉と限らない。

 あと忘れていることは…

「マリノア憲兵伍長。」

 兵科とはいえ、ケンタ同様簡易装甲服しか与えられていないマリノア伍長を呼び出す。寝起きだったらしく、すごい寝癖でマリノア伍長が画面に現れる。

「ロイ看護伍長に看護所を開設させるので、君はそこの警護にあたれ。復唱。」

「マリノア憲兵伍長は、ロイ看護伍長が開設する看護所の警護にあたります。」

「左様。」

「了解。」

 マリノア伍長の動きを示すシグナルが、看護所へ向かう。

 そういえば。

 ケンタは、昔読んだ本の内容を思い出そうとして、頭を振った。

 アメリカ独立戦争の時、王党派はどうやって戦い続けられたんだっけ。


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