5-3 愚者
恒星暦567年12月16日 地方暦57年2月13日未明
惑星メダリア 惑星メダリア連邦政府公務員宿舎
公務員宿舎は安普請と相場は決まっている。最低限の予算で最大限の効用が求められる。さらに、自分達の住まない僻地の宿舎であれば、規格通り厳格に作られる。40階建てでエレベーターが上層階用のエレベーターが二基しかないなどそう珍しいことではない。
ケンタが守備をすることが求められた公務員宿舎も、その常識に反していなかった。5階建てでエレベーターは故障中。連邦高等弁務官事務所の職員40人とその家族が住むならその程度で十分、ということだった。現地非常勤職員には宿舎は与えられない。宿舎に住むのは、連邦政府採用職員のみ。
昨日発生したデモは、酷いことになっていた。どこからか「飛んできた」爆発物により、死者459人、行方不明者245人、負傷者56980人を数えている。大惨事だった。実際、何が起きたか分かっていない。現地警察、消防の能力を超えた状態だった。連邦警察も手は出さない。独立を主張している連中のお手並み拝見、頼まれたら考えましょう、というスタンス。そもそも、連邦警察はこの惑星には3人しかおらず、ほぼ連絡所扱いだった。問題は連邦の仕業に違いない、という風評を自治都市政府が流していることだった。市長の公式コメントはなされていないが、政権与党議員達の統制が取れていないこと。勝手に心証を口にし、それがさらなるコメントを呼び、一晩経つ間にボットが散々記事を書き散らしていた。通常ならどこかで人の手が加わる所だが、今回はその形跡はない。
「家宅捜索のために入らせろだと?」
そのためケンタは、未明に大隊長殿に報告する羽目になった。日の出から宿舎全てに対する捜索差押令状を持ってきた警察軍の警部相手を待たせている。外は2月の極寒。警察軍は連邦軍が出入り口に装甲車を横向きに置いているため、宿舎の敷地内には入れない。このため、警察軍の警部以下の警察官達は、震えて待たなければならなかった。
連邦軍将兵からすると連邦に対する独立活動のような自治都市政府に属していることを恨むが良い、という状況。逆の立場であるなら悪逆非道な連邦による嫌がらせ。
「はい、大隊長殿。」
中隊長殿もこの手の話はさっさとあげた方が良い、とタマを大隊本部に投げていた。ただ、大隊本部には法務士官はいない。連邦刑事訴訟法に詳しい憲兵隊の士官を大達長殿は呼んでいるようだった。
「軍が警備している場所です。一般に連邦軍が軍事活動をしている区域では軍務が優先されると小官は士官学校で習いました。ただ、優先されますが、それは活動に従事している軍人と軍属に限った話です。軍人間以外では占領地…活動地域での法令が優先されます。」
当たり前だ。戦場だから水食料を徴発する権限は軍人と軍属だから与えられる。民間人同士であれば、通常の売買契約が優先される。いや、されなければならない。また、幾ら軍人でも平地で勝手に個人の権利を侵害した場合、占領行政が成り立たなくなる。
「はい、大隊長殿。」
「令状の主語はどうなっている?彼らは何といってきた?」
これが「メダリア独立政府」、であれば「そんな組織しらない、だから言うことは聞けない」となる。任意捜査を求めるものであれば、「は、何で自治都市ごときからの急な協力要請に連邦政府が協力しなければならないの、一昨日どうして調整してこないの」となる。彼らは、それを予期してか「メダリア自治都市刑事裁判所」の捜索差押令状を持参していた。お前は誰だ、という質問に対しても身分証を示し、「メダリア自治都市警察軍の警察官です。」としか返さない。
当然だった。独立は宣言したものの、まだ組織名を改称する条例が施行されておらず、改称するために必要な予算も認められていない。部内資料では「惑星メダリア独立政府」という呼称を徐々に使い始めているが、対外呼称の使用許可は得ていない。
「罪名罰条は?」
喜劇、というべき状況だった。
「つまり、個々の職員に対する器物損壊罪についての令状をだけなんだな。」
これが治安維持条例等政治色の強い自治都市条例であればやはり、「意味わかんない、連邦政府は治安を維持する側、お宅ら寝言は寝てから言ってください。連邦拓殖省から指導文書一本入れてもらいますよ。」となる。
今回はいやらしいことに各職員の器物損壊罪についてのみ令状を持ってきていた。殺人や傷害ですらない。
「で、お前はどう考える?」
状況を確認し、大隊長殿が質問をしてきた。ケンタは、講義中に質問される学生のような気分になってきた。こんなの士官学校で習わなかったぞ。
「はい。このような時勢です。軍務中であり、我々はそのようなことは関知しない。ただ我々はこの施設を警備するよう命令されている。ついては、軍事上の理由により立入は許可できない。こんな所では如何でしょうか。主語はあえて曖昧にしたいと考えます。」
要は、なんとなく作戦従事中の軍と占領地での行政機関の関係にしてしまえ、という提案だった。連邦と地方政府の関係が良好であれば、怒鳴りつけられる提案ではある。
「それでいいと思います。」
大隊長殿の横に現れた憲兵大尉の階級をつけた中年女性が同意する。
「では、マチダ少尉、うまいことやってくれ。」
指揮車の中は暖かかった。2月の未明という一番寒い時期に車外に出てそう思う。ケンタは、ハッチから半身を出すと、その寒い中、外で待機している現地警察軍の指揮官に申し訳なさそうに話しかけた。記録装置は作動してある。大隊本部に中継されているはずだ。
「すいませんねえ、大尉殿。我々は現在、この施設を警備するように命じられているんです。お寒い中ご足労いただき、大変恐縮ですが、ここは軍事上の理由により立入は許可できないんです。」
寒いんだから、さっさと車に帰れ、このおっさん。そうしたらこっちだって暖かい車内に戻れるんだ。帰れ、帰れ。ケンタは心の中でぼやいた。
ヨハン・フウリガン警察軍大尉は、連邦軍には恨みはなかった。だが、目の前でヘラヘラ笑っている連邦軍の少尉には恨みがあった。こいつは、知っている。自分の息子を半殺しにした男だ。確かに、息子のクリストファーはろくでなしだ。育て方をどこかで間違った気もするが、自分も警察に入るまでは似たようなものだった。その可愛い息子を、彼女に声をかけただけの相手を半殺しにするこの連邦軍少尉はもっとろくでなしだ。
「本部に現状は報告したか?」
フウリガンは部下のムガベ警察軍少尉に確認した。寒い。この呪われた2月に吹きさらしで待たされた上、ふざけた口調でこちらの任務を邪魔されている。そして邪魔をしているのは自分の大切な息子を半殺しにした鬼畜連邦軍人。許さん。
「こちらは、連邦軍の制止を無視して所定の指示に従い、家宅捜索を行いたい、そう追加しろ。」
「おやっさん、それはまずいっすよ。」
ムガベは、黒い顔から血の気をひかせた顔で翻意を促した。若い頃連邦軍で兵役を済ませているムガベには、目の前の暴力機関の実力は分かっている。連邦市民権を得つつも地元で警察官をしているのは、地元愛のなせるわざ。地元愛の中には凶暴な暴力機関に喧嘩を売ることは含まれていない。
「まずは、本部の判断を待ちましょう。」
その間にも、目の前の小僧は暖かい装甲車から半身を出し、暖房で暖かい思いをしているくせに、寒そうな顔をしている。マイナス15度の中で凍えているのは自分達だ。こいつではない。
「大尉、どうするんです?」
空気を読まないこと甚だしいことにもう一人の小隊長役のロペスがせかしてくる。警察軍は自治都市軍と異なり、中年が多い。どうしても頻尿気味となるのだ。連邦軍の連中は、暖かな車内や装甲動力服を着ているのに、こちらは制服。絶対不公平だ。
「本部はなんといっている?」
10秒も経っていないのに、フウリガンはムガベをせかした。でも、今日の当直班長の人となりを知っているムガベは、時間を先延ばしにして、せめて刑事部長の判断を待ちたかった。
「まだ10秒も経っていませんよ、今日の当直班長は誰か知っているでしょ、もう少し待ちましょうよ。」
そんなもん知るか。心の中でフウリガンはムガベを罵った。この連邦の狗をどさくさに紛れて殴り倒さないと父親として我慢ならん。やってやる。
「ここは我々の惑星だ。どうしてよそ者の連邦政府の狗に気を使わなければならない。いくぞ!」
「セガール軍曹、ちょっと出てやってもらえないか?1個分隊でいい。」
ケンタの連絡を受けて仮眠室から出て、中隊の情報系で状況を監視していたハウエルは、ケンタを介さずに直接セガール軍曹に連絡を入れた。
「良いんすか、あんなの吠えさせとけば良いんです。警察も連邦軍に手を出すほど暇じゃないはずです。寒いですから、直にトイレに行って、頭冷やされるでしょう。とはいえ、分かりました。励起状態にしていますので、私の分隊で少尉殿の指揮車の後ろについておきます。」
動き出す地元警察をなだめていたマチダ少尉に警察の指揮官が雪玉を投げつけたのを見て、ハウエルはため息をついた。ここの連中は頭おかしくないか?




