5-2 派遣
恒星暦567年12月15日 地方暦57年2月12日同時刻
惑星メダリア 惑星メダリア駐屯地
「何ですか。」
中隊の士官室休憩中でケンタは、壁に投影されていた情報端末の映像の意味が一瞬理解できなかった。
爆発事故。
これは理解できる。
死者が多数出た。
101万人デモ行進の最中に爆発事故が発生したら、そりゃ死傷者多数だろう。この寒い中デモ行進をして、ご苦労様。それで爆発事故に巻き込まれるなんてご愁傷様。
で、何でそれが連邦軍のせいだと?
意味が分からない。何故、凄惨な現場のテロップに連邦軍による砲撃、と?連邦はそこまで暇ではない。
「不味いわね。」
中隊長殿が呟く。そして、個人用携帯情報端末を取ると、配偶者に機関銃のような早さでテキストメールを打ち込む。
「家族に注意を呼びかけてたの。」
ケンタが首をかしげると、中隊長殿は恥ずかしそうに答えた。
「まあ、悪い意味の指揮者率先というやつね。といっても、どこに避難をさせたら良いものか。この基地への道は塞がれるでしょうし。ホテル?どうかしらね。何時まで続くか分からないし。まあ、出歩くな、くらいかしら。」
基地に一斉通知放送がかかる。
「達する、こちら駐屯地司令。これより第二体制。繰り返す、第二体制。」
ケンタはため息をついた。勘弁してよ。よりによって僕が来てまだ1ヶ月、たった今からようやく中隊の組織審査と小隊長資格を得るための個人審査を受けるというのに。
「個人審査と組織審査は…」
審査を受けないと、何時までも小隊長資格を得られないし、何かあったときの中隊長役も務めることが出来ない。あくまで今のケンタは付、だ。
「今のこの状況で出来ると思う?とはいえ、聞いてみるわ。」
大隊長は、ため息をついた。よりによってこれからマチダ少尉の個人審査とC中隊の組織審査をするタイミングで市内で大規模な爆発、それを連邦軍によるもの、と。そんなに人員や資機材に余裕があるなら、だれも平時の連邦軍を運営することに困りはしない。
とはいえ、やることをやらないと。端末に暗証番号を打ち込むと、基地内に第二体制を発する。自分の声は震えていないだろうか。
「達する、こちら駐屯地司令。これより第二体制。繰り返す、第二体制。」
端末がうまいこと声の震えを処理してくれたようだった。
「大隊長殿。」
C中隊長ハウエル大尉だった。察するに今日予定していた組織審査やマチダ少尉の個人審査を聞きたそうだった。
「組織審査と個人審査、やったことにするから。実際はまた別の機会にするけど、今はマチダ少尉に権限を与える方が先だ。」
副直士官としての勤務はまあ、良好。人柄もまあ、良好。ちょっと考えが足りないこともあるが、新品の少尉はそんなもの。弾の下をくぐるという貴重な実戦経験も積んでおり、次の機動歩兵隊士官初級課程で汗を体と頭両方にかいてもらえば良い。それに審査はある意味儀式。この1ヶ月で相当鍛えられていたはずだ。
「ありがとうございます。署名を。」
さらさらと画面に花押を描く。これで組織審査と個人審査は実施されたことになり、C中隊は戦力化されたことになる。
「といいうことで、早速装甲動力服装備の1個小隊をC中隊から派遣してくれ。一応、規定量の弾は持って行くこと。目的は連邦高等弁務官事務所の職員宿舎警備。名目は省庁間協力。連邦高等弁務官からの依頼だ。とはいえ、基地の防衛はしっかりとしておきたい。文書はあとで送るから予鈴と考えてもらえば良い。」
連邦高等弁務官からの依頼は駐屯地司令としては無視できない。ただし、基地防衛が優先順位が高いことから、一番練度の低い連中を数を合わせて送り出す。とはいえ、力の行使の話になるため、完全武装。で、法規についてしっかりと教育を受け、何かあってもちゃんとした人間を送りましたが何か、ととぼけられる人間を指揮官に。
「了解しました。そういえば、ちょうど個人審査を終えた人間が一人います。士官学校の卒業生で、警備実施についての基本的な教育は受けているみたいです。」
まあ、いくら現地政府が独立を主張するほど頭が狂っていたとしても、連邦軍に手を出すほど頭は狂ってはいないだろう。新品少尉を送り出してもそう問題にはならないはず。念のため比較的まともな軍曹をつける、とハウエル大尉はいった。
「軍法上の擬律判断もあるだろうから、憲兵もつける。念のため医療班もつける。」
「了解です。では装甲動力服装備で1個小隊、衛生兵、憲兵付、車列警護に戦闘車両は?」
装甲動力服だけでは、燃料も人間の精神力も長持ちしない。そのため、戦闘アンドロイドが操縦する電源車や電源車に燃料を補給するための補給車、装甲動力服を積載する車両、乗員を休憩させるための休憩車、憲兵用の装甲車、医療車とそれだけで長大な車列となる。その車列を警護するため、戦闘アンドロイドが操縦する装甲車両をハウエル大尉は要求していた。装甲車両には、当然上空警護の無人機が付くので、簡易装甲服を身にまとった戦闘アンドロイドとともに一大勢力となる。1個小隊、といっても人間こそ15人にも満たない数字だが、戦闘アンドロイドが30体ほどいるため、かなりの勢力となる。予算規模の関係から戦闘アンドロイドをあまり揃えられない自治都市軍であれば機械化歩兵1個中隊に相当するはずの戦力だった。
「もちろんだ。あと、マチダ少尉が以前エルフどもの装甲服を見たといっていたから、対エルフ用の装備は忘れるな。」
「ご配慮ありがとうございます。補給車には目一杯積ませてもらいます。」
ハウエル大尉がやり取りの最後にマチダ少尉の方に顔を向け、にっこりと笑ったのが映る。目の笑わない、戦闘的な笑いだった。戦闘狂め。
ケンタは、あれよあれよと自分が連邦高等弁務官事務所の公務員宿舎警備に回される意思決定を士官室で眺めることが出来た。平時は書面を通じた杓子定規の対応となっても、やはり非常時には非常時のやり方がある。もし無事に帰れたら、先日のエルフの襲撃といい、良い経験になるはずだ。
大隊本部から憲兵隊や病院にメッセージが送られ、運の悪い憲兵が1名と看護婦が1名指名されることになった。どちらもベテランは手元に置いておきたいことから、若手が指名される。映画や小説ではベテランがつけられるような印象だが、やはり派遣されるのは派遣しても本体の戦力に大きな影響のでない若手となる。
「ビクトリア・マリノア憲兵伍長とマライア・ロイ看護伍長、か。」
結局、ケンタは、自分に預けられるメンバーをみて、げんなりした。ケンタとセガール軍曹ほか9人の素行の悪い操縦兵からなる装甲動力服小隊、憲兵伍長、看護伍長。戦闘アンドロイドは旧型のビショップとメーテルが15体ずつ。戦闘アンドロイドは、耐用年数が切れて電源が比較的すぐに落ちてしまう機体ばかり。装甲動力服3体で1分隊だから、3分隊編成の機動歩兵小隊と憲兵隊、医療分隊の支援付。
まあ、何とかなるだろう。いや何とかなって欲しい。何とかならないものか。
「まあ、心配しなくていい。何かあったらセガール軍曹に相談しなさい。ああ見えて彼は結構小さい頃から装甲動力服を触っていたから。」
黒髪ザンバラの無口な軍曹を頼るようにいうと、ハウエルは準備でき次第出発するよう命じた。弾薬は3交戦分、更に1交戦分の対エルフ装備を弾薬車に積載すること。命令書にはそうあった。ケンタは、というと助言用AIを積載した指揮車両に女性型アンドロイドの運転手を乗せて一人乗ることになっていた。
「装甲歩兵、まえへ!」
出発したのは1時間後だった。まだ戦闘状態となっていないことから、各車両は水素エンジンの轟音を響かせながら、充電しつつ前進を開始する。ケンタは、装甲車両のハッチから半身を出して自分の小隊を眺めた。まあ、実感はわかないがこんなものなのだろう。
サトコちゃんは、ちゃんと宇宙港にいけただろうか。
ゲートを出る際、装甲動力服をまとった兵の捧げ筒に答礼をしながらケンタは仕事とは全く関係ないことを考えていた。
出発前に個人用携帯情報端末を見た所、サトコちゃんはちゃんと配偶者登録されている。きっと何も無いと思うけど、手続きさえ適切に踏んでいるなら彼女は宇宙港の連邦軍管理区域に非常時であっても入場でたはず。今頃無事に軍港都市にでも避難できているかな。 サトコちゃんとは手続き上夫婦かもしれないが、実質は赤の他人。もう一度会って、一からお互いに信頼関係を築けたら良いな。無理ならそれでもいい。この呪われた惑星から恩のある叔父一家を救い出せたのなら、離婚すればいい。マチダ家の一員としての役割は果たせているはずだ。初期費用は用立てられるから、そんなに困らないはず。
基地のバリケードを通過すると、ケンタは重いハッチを閉め、車内の指揮モニターまえにゆっくりと座った。簡易装甲服に車内のコネクタを接続する。
さあ、あとは、軍人として恥ずかしくない仕事をしよう。




