4-6 愚行
恒星暦567年12月13日 地方暦57年2月10日
惑星メダリア 自治都市メダリア
比較的穏健だったはずのメダリア自治権拡大運動が、こう短時間に急進化したのは何故だろう。日々つけている日記の内容を思い返しながら市長は頭を抱えていた。
そう、最初は自治権の拡大を目指していたはずだ。人類域からの独立という気が狂った宣言をするつもりは無かった。市長が進学していたケプラー星系の自治惑星程度がメダリアの目指す道だった。連邦政府は星系防衛を支援し、人類種全体の利益のため、各種補助金を投入する。自治惑星は惑星近傍の治安を維持し、人類種全体の危機が発生した場合は地上を中心に防衛の任に当たり、可能な範囲で地上軍を連邦政府に提供する。そして、夜警国家を超えた福祉について責任を持つ。
そのはずだった。自分も、ここまで過激な運動の先頭に立つ予定はなかった。
それがこのざまだ。
地球からわざわざ輸入された、ステッキを持ち、帽子を被った男が歩いている赤いラベルが貼られたウイスキー瓶からグラスに酒を注ぐ。ケプラー星系では、学生でも月に1本は口に出来た酒が、この惑星では市長でも滅多に飲めない高級酒。独立を宣言したとして、資源も生活を維持するための機器もすべて人類域から輸入しなければならない。極端な話、これから半年は何とかなるだろう。だが、半年を過ぎたあたりから食糧供給プラントの部品供給に不安が発生する。エネルギー供給のための施設を維持するための機器のアップデートも困難が生じる。そして、メダリアの軌道エレベーターの保守部品が届かず、2年もしないうちにメダリアはかつての地球時代のシベリアやアラスカも真っ青な世界になるはずだ。とどめとして連邦政府は喜んで愉快犯的ネットワーク犯罪者にこのメダリアという砂場を提供するだろう。
連邦政府とのコネクションを維持するために連邦高等弁務官事務所と連邦軍に手を出すわけにはいかない。おそらく、連邦高等弁務官事務所と連邦軍は、このメダリアが独立宣言を出したことに気がつかないよう振る舞うだろう。その施設に限っては、軌道エレベーターがどうなろうと連邦政府が直接食料その他生活に必要な物資エネルギーを供給し、その家族だけは日常を続けられる。
そのあとに見られる景色は何だ?
ウイスキーを呷り、市長は自嘲した。
わかりきった世界だ。徐々に、ではなく加速度的に貧しくなるメダリア市民と、連邦政府に切り崩されていく周辺都市に住む住民達。ただでさえかつての貴族のような生活を送っている連邦市民権保有者との格差。自分は、メダリア自治都市警察を使い、彼らを守るしかない。その先には、貴族とかつての生活をカツカツ維持する周辺とし、貧民化するメダリア市民という身分社会。
そして選挙。
次の選挙は、確実に自分達の政党は政権を失う。どのような政権となるとしても、そのタイミングで独立宣言を撤回するだろう。でも、連邦は許さない。見せしめとして各種政策を実施するはずだ。この自治都市メダリアは、先人の努力を無駄にしてかつての演習地周辺のキャンプ同様の権限しか与えられない辺境の街となる。このメダリアはあっという間に文字通りの牢獄都市と化してしまう。隣のマイルズシティーあたりが自治都市に昇格し、宇宙空港が設置されるだろう。軌道エレベーターの再建が検討されるのはこの愚行に参加した人間が死に絶える120年後といったところか。
ではどうする。このまま、この惑星メダリアを文字通りの辺境惑星に貶めるのか。その原因者としてメダリアの歴史に名を刻まれるのか。人類種の政治学の教科書に、過激な住民運動の行き着く先として記載される世界となるのか。
「市長、考えていただけましたか。」
そして、この愚行がシュミットと言う狂気の人間に半ば仕込まれた話だったとは。なら、背景にあるのはエルフか、それともそれを背後で操るといわれる「超越的存在種」という連中か、一見戦闘状態に入っていないだけの既知の異星人どもか。いや、そもそもこいつは人間なのか?人間の外観をした異星人どもなのではないのか?かつて学生時代に古代英語の講義で見せられた二次元映画でも、人類種世界に各種異星人がいるという話だったが、あれは当たらずとも遠からずだったのか?そしてこいつは、ヨハン・シュミットと来ている。傑作だ。どこにでもいる名前、どこにでもいそうな名前。不自然な財力。
「連邦施設の接収、か。」
とある非人類種が、人類種世界が好戦的な連邦しかないことを憂いている。今ならこのメダリアはその非人類種と人類種のコネクトポイントになり得る地位を得ることが出来る。言葉だけの独立宣言だけではなく、連邦施設を接収することで、既存の人類政体と決別する旨宇宙に示すことが出来るなら、その非人類種は各種援助を行う。現に、メダリアが独立を宣言した場合、ただちにその独立を保障するために艦隊を派遣している。今の人類に異星人と戦争をする気力はない。非人類種により独立を保証されたあと、各種移民を募り、新たな人類種の中心になれば良いではないか。
シュミットの話はそういうことだった。
「ということは、この惑星にはその非人類種から高等弁務官が派遣されるということか?」
大使や公使というかつて人類種が複数の国に分かれていた頃に存在していた単語ではなく、現在の連邦と惑星系の間に存在する使節名を市長は皮肉っぽく口にした。
「勿論です。」
やはり、こいつは人類種のように見えて、人類種ではないな。すくなくともこのメダリアに育った人類種なら、この高等弁務官、という単語に秘められる怨念は共通して認識しているはずだ。なのに平気でこいつは高等弁務官が派遣されると口にしてやがる。
だが。人類種の高等弁務官と異星人の高等弁務官、どちらも星系自治しか与えられないのであれば、あとは物品の豊かさと自治権の程度でしかないのでは?そう、程度の差。
「繰り返し確認して申し訳ないが、独立を保証するための艦隊が来てくれているのだね。」
「はい。来月の今頃にはこの惑星上空に展開し、地上であなたたちと一緒に血を流す覚悟は出来ています。」
あなたたち、ときたか!最早、こいつは自分が人類種ではないことを隠すつもりはないんだな。
考えをまとめるためその日二杯目の貴重な赤いラベルのウイスキーをゆっくいと注ぐ。こいつらに従った場合、この赤ラベルすらもう飲めなくなるだろう。合成したウイスキーを飲むなんて趣味はない。だが。
「カミタニさんは、私たちの提案に大いに賛同してくれましたよ。」
シュミットは嫌な事を口にして、決断を迫る。市長と違う派閥の反政府活動を生き甲斐にしている活動家。あいつもそういえば研究者になり損ねた拗らせた人生を送っていたよな。こちらがうん、といわなければあいつに乗り換えるのだろう。
それも良いかもしれない。自分は最後の一線は越えない。異星人どもと暴走するのはカミタニ達馬鹿ども達。異星人どもの陰謀がうまくいかなければ、連中が反連邦活動ということで尻をふいてもらう。異星人どもの陰謀がうまくいけば、しょせん、反対のための反対しか口に出来ない連中、私が出張らなければ何も進まない。
「シュミットさんは、カミタニさんを高く買っているようですね。」
のっぺりとしたホームベースのような顔を思い浮かべ、市長は不味そうにウイスキーを口にした。人生最後に飲む赤ラベルがこんな状況とは。いや、最後にはしてはならない。
「はい、彼女は今の惑星メダリアの地位に不満を持たれています。」
隠そうともしない。不愉快だ。
「では、カミタニさんに頼れば良い。このような話は最初に私の所に保ってくるべきだった。あなたたちは人の心を分かっていない。」
「残念です。」
シュミットは、能面のような表情で立ち上がった。
「あなたなら我々に協力してくれると思っていた。」
「協力しないとはいっていない。ただ、話のもって行き方が不適切だった、といっている。適切な状況にしてから再度この話を持ってきてくれたまえ。」
記録装置に一連の会話は記録されているはずだ。どちらにどう転んでも、自分は生き残ってみせる。そして、全てが終わったら…赤ラベルではなく、緑ラベルを飲もう。




