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4-5 逸機

恒星暦567年12月13日 地方暦57年2月10日

惑星メダリア 自治都市メダリア


 遊びに行こうとした基地祭が急遽中止となった理由は、知らされなかった。諸般の事情により、としか基地のホームページに掲載されていない。そのページも基地祭予定日の次の日には消えていた。お父さんに聞いても、理由は分からないようだった。ケンタも帰ってこない。週末に一緒に靴をもう一度買いに行く約束をしていたはずなのに、連絡が無い。個人用携帯端末にメッセージを入れても返事はない。1月末から帰ってこない。街の様子も変だった。みんなが加速度的に変なことを熱に浮かされたように口にしている。

「お母さん、ケンタ君と最近連絡が取れないの。」

 中等教育機関の正門まで迎えに来てくれた母親にサトコはとうとう口にした。帰り道の車で、マサヤはチャイルドシートに乗ったまま地上時代の戦隊ものヒーローになりきり、プシュパシャ言いながら手足を振り回しているのが鬱陶しかった。

「最近と言ってもまだ10日くらいしか経っていないでしょ。」

 艦隊士官の妻をしていたからか、母親はあまり真剣に考えてくれなかった。たしかに、お父さんが最後に長期行動に出たときは、急に予定が変更になったらしく、1ヶ月と聞いていたのに3ヶ月は帰ってこなかった。

 でも、ケンタ君は艦隊士官じゃないから、気楽なんだよね、といつか楽しそうに言っていた。僕らが長期間家に帰ることが出来ないとすれば、異星人との戦争が始まったときくらいじゃない、と続けたものだった。そうなったらどうなるの、と聞くとケンタ君は、一瞬の間を置いてから満面の笑みを浮かべて自分の方に顔を向けた。まるでアンドロイドが浮かべるような笑みだった。笑みを浮かべる前に一瞬見せたものと全く違う雰囲気。何かあるんだろうな、程度には分かった。

「基地の前を通ってもらっても良い?」

「帰るのが1時間は遅れるけど。」

 母親は、ケンタ君の事をあまり気に入っていないようだった。妙によそよそしい態度を取ることがある。まあ、私もケンタ君とどう距離を取ったら良いのかよく分からないけど。彼は自分をどう認識しているのだろう。売り言葉に買い言葉で将来面倒を見る、と宣言する程度の相手なのか、それともそれ以上の認識があるのか。

 自分はケンタ君をどう思っているのかな。まあ、会えないと心配する程度には気にしているのかな。あまり難しいことは考えたくない。まだ16だ。この場所でドラマのような恋はできないだろうけど。でも、将来について夢くらいみても良いような気はする。

 基地に近づくと、基地はいつもと違う表情を見せていた。いや、自分が知っているのは、憲兵隊の取り調べを受けたときだけだ。その時とは全然違う。途中までの道路はいつもの道路だ。だが、基地が見えてくると、外の景色と違い…そう、暗いのだ。暗いのに眩しい。

「基地って普段はこんなんなの?」

 サトコは母親に聞いてみる。サトコの記憶する軍港都市は違っていた。基地の景色は、もう少し明るくて、眩しくなかった気がする。どちらかというと、オフィス街と倉庫街の雰囲気に近かったような気がする。マサヤは、戦隊ヒーローになりきるのに飽きたらしく、眠りに落ちていた。

「どうかしら。」

 基地の正門近くに近づくと、違和感は益々大きくなった。簡易装甲服の兵士の代わりに装甲動力服の威圧的な姿がそこにはあった。基地でケンタ君に見せてもらった時と異なり、凶暴な力と敵意をむき出しにしている。サトコは、背筋が凍る思いを感じた。

「そこの車両、これ以上は許可無しに接近できない。」

 武器を突きつけられ、サーチライトに照らされ、スピーカーからかけられる声もそれを否定しない。聞き覚えのある声、ケンタ君の声だった。いつもと違う事務的で冷たい声。知らないケンタ君の声だ。

 ケンタ君、私って気がついていないのかなぁ。

 お母さんは、車を止め、近づいてくる装甲動力服を見つめている。ハッチが開く。ケンタ君だった。マイクではなく、さっきと違って優しい声をかけてきた。やっぱり何時ものケンタ君だった。

「ミサエ叔母さん、サトコちゃん、ここは危ない、早く家に帰った方が良い。あと。」

 やっぱり分かっていたんだ。

 ケンタ君は装甲動力服から素早くおり、車に駆け寄ってきた。窓を下ろすよう合図してくる。窓を下ろすと、ケンタ君は私の耳に口を当てた。ゾクッとする。この前襲われたとき以来。

「お父さんに絶対に伝えるんだ、この星から逃げられるようならどんな手を使ってでも逃げ出すこと。連邦軍の関係者ならまだ逃げ出せるかもしれない。これを…」

 私の手に紙切れを渡す。それから車から離れると、ケンタ君は、周りに聞こえるように大きな声で私たちに告げた。

「ここは、連邦軍施設だ、軍関係者をのぞき接近することは現在許されていない。軍関係者であることを証明できる書面をもっていないのであれば、直ちに離れなさい。」

 そして装甲動力服に再度乗り込み、どこかに報告している。ハッチを閉じる時に見せた顔は、あの時と同じ。とても悲しそうだった。

「お母さん、帰ろ。」

「…そうね。帰りましょう。」

 お母さんは車をゆっくりと後退させた後、Uターンして自宅へ向かった。家に帰るまで、二人は何も口にしなかった。

 家に帰ったあと渡された紙を見たら、付箋のついた紙だった。

 

「お父さん、どうしよう。ケンタ君にこの星から逃げられるようならどんな手を使ってでも逃げ出すことって、言われてこの紙を渡されたの。」

 家に帰ったところ、娘が付箋のついた紙を渡してきた。紙、という原始的な手段でケンタ君がわざわざ渡すには理由があるはず。まず付箋を読む。付箋には、几帳面な字で事情は説明できないが、直ちにこのメダリアから逃げ出すこと、必要ならこの書面を使って欲しい、と書かれていた。

「これは…」

 ケンタ君の名前が記載された結婚届だった。サトコが名前を記入し、連邦施設に提出した時点でサトコは連邦軍関係者となる。連邦軍施設を利用する際の親族枠は3人まで認められるから、その優先枠で軌道エレベータにある連邦軍施設に入場でき、優先的に惑星系外に脱出できる。

 でも脱出したあとは?お父さんに頼るとして…そうか、ケンタ君の配偶者になればサトコはケンタ君の預貯金にアクセスできる。あぁ、そういうことか。

「ケンタ君がわざわざこれを渡すと言うことは何かあるんだろう。サトコ、すぐに署名して連邦施設に提出に。ミサエ、マサヤを車から下ろすな。今すぐ出発する。」

 夜だったが、人通りのない道を駆け抜け、一家を乗せた車は連邦施設に到着した。そして車を降りてサトコが提出した婚姻届は受付の職員に無事受領された。

「マチダさん、書面は整っています。おめでとうございます。書類はこれから受理手続きを行います。でも、良いんですか?」

 親切そうな男性が、念を押す。サトコの歳を心配しているのだろうか?でも彼女は16歳、結婚できる年齢だ。

「勿論です。私たちはもう家族ですから。」

 サトコが教えたとおりの台詞を口にした。これで一家は連邦関係者とその親族枠の中に入る。ヒロシはサトコが急いでそのまま軌道エレベータに向かった。

 いつもと何か変だ、どうして自治都市軍の機動歩兵がここに?

「どうなっている…」

 ヒロシは軌道エレベーターを囲むように移動している装甲動力服をみて呟いた。

「そこの車両!ここはたった今からメダリア独立軍の管理下にある!直ちにこの場を立ち去れ!さもなければ破壊する。」

 メダリア独立軍?軌道エレベーターが管理下?どういうことだ?

 ヒロシは状況を理解できなかった。

 ダダ

 発砲音のあと、車両の脇にコンクリート片がぶつかる。

「あなた!」

「お父さん!」

 ミサエとサトコの声で我に返ると、ヒロシはゆっくりと車を後退させ、Uターンするとゆっくりと自宅方向に走り出した。

 不味い、不味いぞ。

 ヒロシは、状況をようやく理解した。小役人が引き留めなければタッチの差で…

 マチダ家は、惑星メダリアの自治政府が振りあげたハンマーの下にいる。そして、逃げ出したくても自分はもう無理だ。退役軍人という経歴は知られているし、軍への納入業者であることも広く知られている。潰されるしかない。家族にしてもケンタ君という金床にサトコが足を固定されてしまった。

「食料でも買いに行こうか。」

 しばらくは街を歩けなくなるはずだ。状況が落ち着くまで、立てこもらなければ。現役復帰を命じられたら…その時は、その時だ。でも、陸戦訓練は士官学校以来だしな…

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