4-4 抜錨
恒星暦567年12月9日
軍港都市
軍港都市は幾つかあるが、惑星メッテルニッヒにある軍港は、第3辺境鎮撫艦隊の母港だった。辺境域にある諸星系の治安を巡察し、連邦高等弁務官の治績を監査するための艦隊の母港。宇宙海賊を討伐するための巡航艦やその拠点を破壊するための戦艦が複数の軌道エレベーター付近に展開している。ただ、この中で特に目立つのが揚陸艦だった。1隻あたり20機の強襲揚陸艇を抱える揚陸艦が15隻ほど混じっていた。
「壮観ね。」
軌道エレベーターの一つにもうけられたバーでケンイチはアデアラードと飲んでいた。参謀長や旗艦艦長を誘ったが、何故か断られていた。勤務時間外であるため、軍服ではなく、気楽な服装で飲みに来ている。
「この景色が宇宙海賊根拠地討伐のためならこれほど心躍る景色はないだろうね。」
実際は、そうではない。強襲揚陸艇が降下する先は、エルフどもに色気を見せている惑星。情報参謀によれば、彼らは熱に浮かされたようにエルフどもがその惑星系に姿を見せるまでに片をつける必要があった。
兵士達には、当直を残し全員に外泊許可をつけた上陸許可が3日出されていた。これで停泊当直にあたっている将兵達にも最低丸一日の休暇が与えられることになる。軍港都市に住んでいる家族との時間をせめて、という創軍以来続く陣立ち前の休暇だった。ケンイチやアデアラードといった上層部をのぞけば行先が宇宙海賊根拠地討伐程度にしか思っていない。5隻の戦艦、15隻の巡航艦、30隻の駆逐艦、15隻の揚陸艦という規模は、余程大規模な宇宙海賊根拠地なんだ、という噂を将兵にまき散らせていた。
「あら、似たようなものじゃない。」
アデアラードは、冷たく言い放つ。
自治都市政府の皆様は、自治権の拡大程度の許される言動の範囲を超えて、最近は独立とエルフ達との同盟を提唱しているとか。自治政府に潜らせている保安省職員からの報告を踏まえ言っている。一般情報としてその報告書を読んだとき、ケンイチは後頭部を殴られたような衝撃を覚えた。
「そんな決断を選んでしまった人たちには連帯責任を取ってもらわないと。」
ケンイチが知らされなかったのは、どうも思想汚染を受けているのではないか、という保安省職員のメモだった。お気軽な独立宣言と思想汚染を受けた後の独立宣言では、連邦政府の対処も異なってくる。
「まあ、そうなんだけどね。」
自分の子供と孫がいなければ自分もそう言い放っていただろうな。いや、連邦政府関係者としては、惑星セダスを破壊した連邦政府主席に倣わなければならないのだろう。例えそれが、不倫をした妻とその不倫相手との子という存在を記録ごと破壊する意図も多分にあった下郎の所業としても。軍の資料庫でかつて読んだ手描きのメモを思い出しながらケンイチはぼやいた。
「まあ、私たちは駒。悩んでも仕方が無いと思うわ。」
アデアラードが言うとおり、自分達は駒。プレイヤーは連邦政府という人類種のエゴの塊。連邦政府主席であったも駒の一つに過ぎない。では、相手のプレイヤーは…誰なんだ?
ケンイチが苦悩しているのはアデアラードにはよく分かっていた。自分も一人息子が汚染された惑星に一人残されていると思うと、気が狂いそうになるだろう。
異星起源の人食い寄生虫に汚染された惑星と違い、星ごと破壊する必要は無いかもしれない。しかし、思想汚染された場合、人格修整措置かそれが不可能なほど汚染されている場合は除去処分が待っている。結局、惑星セダスへの扱いと同じだ。セダスは時間的に余裕がなく防疫のため断固とした措置を徹底して取ったのだろうが、今回も連邦は前例を踏襲しようとしている。そしてそれを実行するのは…艦隊に派遣された連邦特別高等弁務官としての私の仕事。文民政府の代表として、軍をして断固とした措置を取らせるのが私の仕事。
ケンイチは、私がなすべき事をなしたときでも、一緒にツーリングに誘ってくれるだろうか。
「まあ、そうなんだけどね。」
ケンイチは、自分に言い聞かせるように返事をしていた。
その時、バーの扉が開く音がする。連邦政府の文民代表と軍の代表が一緒に飲んでいるときに現れるような無粋な連中は、限られている。
「カペー閣下とマチダ提督でしょうか。」
情報大隊の連中って本当に非常識だから嫌い。
聞こえないふりをして、アデアラードはグラスを傾けた。ケンイチが少し驚いた顔をして自分を見てくる。やっぱり常識人って素敵。この常識人を捕まえ損ねた自分の運の悪さをつくづく呪ってしまう。
「で、ケンイチ、ツーリングのことだけど。」
情報大隊の連中はしばらくは無視してやろう。アデアラードは決意した。
バーの扉が開くときにアデアラードが一瞬苛立った顔をするのを見た時、ケンイチは心の中で苦笑した。
ああ、アデアラード、この姫様。君は昔のまま。この姫を塔からあの時救い出せなかった。自分は差し伸べられた手を振り払ってしまった。次の機会はあるだろうか。
不愉快な声が自分達の正体を確認すべく話しかけてきたとき、ケンイチは正直驚いた。火急の件でも無い限り休暇中の軍の代表に直接話しかけるような人間は、軍にはそういないはずだ。
勤務時間外にまでこちらに用があることを主張する無粋な連中とどう向き合うか。一応は軍の指揮命令系統に入っているのであれば、それなりの筋は通してもらわなければならない。しかし、一応は自分の指揮命令系統に入るのであれば、自分が気がついてやらなければならないのだろう。
「乗る車両は決まったのかい?」
「それなんだけど。やっぱり暫く乗っていないから、後ろに乗せてくれない?」
アデアラードが驚くべき提案をしてくる。塔の入り口は開いているのだろうか。だとしたら、だとしたら。
「良いよ、喜んで。君と一緒の単車に乗れるなんてそれほど心浮き立つものはない。」
そこでようやく気がついたふりをしてやる。
「あれ、君、何か用かい?」
「第43情報大隊のジェーン・ドゥ大佐です。」
三歩歩いたらすぐに忘れてしまいそうな顔の年齢不詳女性が特徴の無い声で自己紹介をした。一応制服は着ているので、軍人ではあるのだろう。だが、ケンイチが知っている世界の軍人ではないようだった。そもそも、本当に女性なのかもわからない。
「で、ドゥ大佐、見たところ火急の件のようだが。」
参謀長もバーに入ってくるのが見える。手にはタブレット。ということは、ネットワークを使った情報伝達が出来ないほどの機密性の高い話、という事なのだろう。参謀長がタブレットを受け取る間にドゥ大佐が突進したといった所か。
「はい、提督。直ちに惑星メダリアに向かうことを意見具申します。」
今日は、休暇2日目。ここで切り上げるとなると、将兵の不満が高まる。それを上回る理由があるということか。
「話を聞こうか。カペー特別高等弁務官も話を聞いても?」
「勿論です。これは、武官だけでなく、連邦政府の文民代表である高等弁務官にも聞いていただきたい話です。」
筋が悪そうな話を聞くには、勇気がいる。かといって、手のビールグラスを口に運ぶのは気が引ける。仕方が無い、地位に伴う義務だ。
「聞こう。」
どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ?世の中不公平だろう。
ケンイチは、表情を維持するので精一杯だった。義理の娘と孫娘を同時に失ったことを連絡された日を思い出す。
とはいえ、今なら間に合うかもしれない。惑星セダスへ惑星破壊弾道弾を発射するような目に遭わずに済むかもしれない。
ならば。
「休暇取消、緊急出港の指示を出せ。」
ケンイチは、参謀長に指示を出した。
「は、直ちに。」
参謀長がすぐに個人用携帯情報端末を操作する。基地全体に胸が悪くなる音が響き始めた。総員休暇取消、緊急出港のテキストが着信音とともに艦隊所属将兵の個人用携帯情報端末に表示される。
第3辺境鎮撫艦隊に出された非常呼集、緊急出港の指示は、250年前にエルフ達との戦争が始まって以来の指示だった。あるものは家族との再会をした直後にその指示を聞き、あるものはまさに一戦を挑もうとした瞬間に非常呼集の指示を確認した。
「ドゥ大佐、君の意見具申に感謝するよ。」
まったく感情のこもらない平坦な声でケンイチは礼を言うと、旗艦に向け歩き出した。
…間に合ってくれ。




