4-3 見栄
恒星暦567年12月5日 地方暦57年2月2日
惑星メダリア 惑星メダリア駐屯地
それから、24時間伏せたままだった。
最初のうちは、体を動かしたかったが、敵が動体センサーを動かしていない保証もない。ただマリノバ伍長が悲鳴をあげないよう、手を握ってやるしかなかった。空腹は耐え、排泄はその場でするしかなかった。気持ち悪いが、耐えるしかない。
敵が完全に去るまで1日待ち、ケンタは大隊本部に向けて歩き出した。何があっても何が起きたか報告しなければならない。とはいえ、もし仮に万が一敵がまだ近くにいるなら、個人用携帯端末の電源を入れることはまだ得策ではなかった。どこに敵の無人偵察機がいるか分からないが、わざわざ個人用携帯端末の電源を入れ、電波を発信しつつ移動するのも馬鹿らしい。もし襲われたとしても手に持つのは小銃1丁。伝説の先祖なら手投げ弾一つで敵を沈黙させたかもしれないが、自分にはそんな勇気は無い。とはいえ、報告をしないわけにも行かない。結局、ケンタは、偵察衛星が記録しているだろうから、と自分に言い訳し、即座に報告せず約20KMを歩いて大隊本部にたどり着いた。途中からバテたマリノバ伍長をケンタは背負って帰らなければならなかった。
ケンタが見たと報告したのは、エルフ達の装甲服だった。士官学校の映像教育、展示館での実物見学、見間違えようがない。
「それは、本当か。」
大隊長殿は、ケンタに足が生えているか確認してから、救援隊を派遣する前に帰還した異臭のする二人を抱きしめた。
そこで、自分達が何に襲われたかケンタは報告した。一晩眠らずにいたので、ちょっとばかりツライが、まずは報告しなければならない。
「はい。私たちはたまたま破壊された6輪駆動車が上から被さったので見つかりませんでしたが、映像教育や展示館で実物を見ているので、確信しています。」
言外にすぐに報告できなかった理由を口にしつつ、ケンタが断言すると制服姿の大隊長殿は困った顔をしていた。まあ、信じられないだろう。自分も見るまで信じられなかった。
「つまり、少尉はこの星にエルフがいると?」
「エルフがいるかは分かりません。しかし、エルフの装甲服を着用した何者かがいるのは確かです。」
ケンタは頑固に主張した。マリノバ伍長は、というと機動歩兵ではないので、エルフの装甲服と五月人形の区別すらつかない。
「分かった。まずは、シャワーを浴びて、一息つけ。そのあと君たちの行動を聞き取ることにする。」
まあ、異臭はするだろうな。この今日の下着、この前買って初めて使ったものなんだけどな。でも、この制服ABC対応のはずだけど…あ。
「ありがとうございます。」
ケンタは敬礼するとマリノバ伍長と回れ右をして大隊長室を出ようとする。
「マチダ少尉殿。」
マリノバ伍長が退出し、大隊長室の入り口をまたごうとしたとき、背中からした大隊長殿の声で立ち止まり、振り返る。大隊長殿は信じられない内容を口にした。
「よく情報を持ち帰った。送り出した無人偵察機も上空の衛星からも情報が途絶している中、君の情報が役に立った。まずは、ゆっくり休め。」
ケンタは、回れ右をすると、礼式通りの敬礼をした。
「…ありがとうございます。」
無人偵察機も衛星もって、それかなりまずくないですか?
まわらない頭でケンタは、心の中で盛大にぼやいた。
それって惑星封鎖されたって事では?でも、どうやって?まあいい。とりあえず寝させてくれ。僕は徹夜が苦手なんだ。
大隊長室を出たケンタが、マリノバ伍長とともに駐屯地の将校団のに捕まり質問攻めにあう。中隊長達は途中から大隊長に呼ばれ、大隊長室で善後策を検討しているようだった。ベテランはベテランの観点で、ケンタほどでは無いが新品少尉は新品少尉らしく質問を重ねてくる。解放された後、マリノバ伍長とPXで着替えを買い、シャワーを浴びて仮眠室に向かえたのはさらに2時間後だった。PXでレジにたったとき、周りが奇異な目で見ていたような気がするが、どうでもいい。
「マチダ少尉殿。」
シャワーを浴びたばかりのマリノバ伍長は妙に艶めかしかった。寝不足で脳味噌がしびれている中、それだけが認識できた。でも、それ以上を考えるのが面倒だ。
「マリノバ伍長、ご苦労だった。よく頑張ったね。君が一緒にいてくれて助かった。」
士官としての建前のあと、人間としてマリノバ伍長を褒め、感謝する。そろそろ士官としての演技も限界だった。飲んだことはない除倦…でも、あれは中毒性があるため軍医の処方箋がいるし、経歴上医療監視区分がつく。カフェインは…
「こちらこそ。その…少尉殿、お願いがあるのですが。」
もう限界だった。眠い。士官の見栄などどうでもいい。まずは睡眠を取り、報告書を書かなくては。伍長が何か言っている気がするが、聞く気にもならない。適当に返事をする。
「好きにして良いよ。僕はもう休む。君も休め。お疲れ様。」
汚れた下着を洗濯機に放り込み、エアコンが効いた仮眠室のドアを開けると、ケンタはマリノバ伍長の分も小銃を銃架にたてかけ、簡易装甲服を投げるように置くと、その横に倒れ込んだ。少し寝たら士官の見栄をはるから、今だけは寝させてください。
最後力尽きて倒れたビクトリアが意識を取り戻したとき、マチダ少尉殿の背中に背負われていた。簡易装甲服を着ていたとしても、簡易装甲服と体重で100KG近いビクトリアを背負い、マチダ少尉殿は黙々と歩いていた。
「少尉殿、ありがとうございました。もう歩けます。」
そういっても、マチダ少尉殿は大隊長室まで自分を背負ってくれた。途中つらそうな声を何度か漏らしていたが、最後まで自分を守ってくれた。
とはいえ、ビショップ達が目の前で襲われた経験は、ビクトリアにはきつすぎた。シャワーを浴び、さあ仮眠を取ろうとしたとき、怖くて眠れないことをビクトリアは自覚した。「マリノバ伍長、ご苦労だった。よく頑張ったね。君が一緒にいてくれて助かった。」
「こちらこそ。その…少尉殿、お願いがあるのですが。」
下士官兵と士官の仮眠室は本来別々だったが、マチダ少尉殿は自分を気遣い、下士官兵用の仮眠室に向かってくれた。そこまで気を使ってくれたらそれで十分な気がしたが、ビクトリアは更にわがままを言わせてもらうことにした。
「その…横で休ませてもらって良いでしょうか。」
小声だったが、少尉殿にふざけるな、と怒鳴られるのを覚悟して頼んでみる。自分が恐怖に震えていたとき手を握ってくれた親切な少尉殿は拒否をしなかった。
「好きにして良いよ。僕は2時間ほど休む。君も休め。お疲れ様。」
マライア、やっぱり貴女に任せるの止める。若い彼女さん、甘いよ。
脱いだ服を洗濯機に放り込み、少尉殿は自分の小銃も含め銃架に丁寧に置き、少し臭う自分の簡易装甲服を枕元の空気清浄機の横に置いてくれ、ぶっきらぼうな口調で自分の身を案じてくれ初めて横になっていた。
「少尉殿、ありがとうございました。お言葉に甘えまして。」
安心したら、急に眠気を覚える。自分もそろそろ限界だった。マチダ少尉の横に丸まる。少尉の寝息を聞いていると自分も抗しきれなくなった。
「少尉殿、失礼します。」
伍長と少尉の階級差なんてどうでもよくなり、ビクトリアはお気に入りのぬいぐるみの代わりに少尉の左腕を豊かな胸に抱くと安心し、眠りの世界に加わることにした。
ケンタは2時間ほどの仮眠を終え、目を覚ますと自分が不味い状況に置かれていることを自覚した。柔らかい何かに押し抱かれている。夢なら最高だが、そのまま続きをすれば確実に夢精してしまうコースだ。何をおいても目を覚まさなければならない。目を開けろ、手を動かせ。柔らかなこの感触は、ますます不味い。目を開けろ。目の前には下着があった。この柔らかさは…胸だ。うん、おっぱいに顔を埋めるががこんなに気持ちいいとは。
ゆっくりと体を離そうとする。甘い体臭の人物Xは更に抱きしめてきた。抵抗しがたい気分だが、痛い股間が現実を確認させる。頭が冷えてくる。ここで快感に流れたら一直線だ。個室なら下着を処分すれば良いからまあいいか。いや、マチダケンタ、思い出せ。シャワーを浴びて疲れ果ててて、とりあえず近い下士官兵用の仮眠スペースに行き…そう、ここは基地だ。夢精は絶対不味い。目を醒ませ。この柔らかな肌の人物Xはマリノバ伍長か。うん、覚えのある香りのはずだ。離脱しよう。一時の快感に溺れたいが、それはそれだ。でも、良いな…少し、少しだけなら。
先っぽだけなら、味見しても食べたことにならない
年上の同期が自慢げに口にしたことが急に思い出される。
うん、ここは我慢しよう。でも、目の前には乳首が盛り上がったTシャツが。もう少し顔を動かすと…いや、そのうちチャンスはいくらでもあるはずだ。でも…もう少し顔を押しつけてグリグリと…いや、もう不味い。サトコちゃん、ごめん。僕は20歳男性なんだ。5秒ほど迷った末、ケンタは顔を押しつけながらゆっくりと抜け出し、脱兎のごとくトイレに直行した。




