4-2 襲撃
恒星暦567年12月3日 地方暦57年2月1日 朝
惑星メダリア 惑星メダリア駐屯地
絶妙のタイミングで直長殿が声をかけてきたにもかかわらず、どうも訓練ではない様子にケンタは驚いた。といっても、どこかで訓練中止を誰かが言わない限り、事実と想定して抜き打ち訓練は継続される。今はまだ8時。訓練であればあと1時間という所か。
とはいえ、まずは壕を掘らないと。機動歩兵は壕を掘らないと始まらない。ああ、伏せた状態で凍土に壕とは何の拷問ですか。
「マチダ少尉。」
人間のような表情を浮かべ、人間のような話し方でビショップが伏せたままにじり寄ってきた。人間の赤ちゃんを仮想現実空間に放り込み意識だけを育てたソフトを、脳に当たる箇所にインストールしているとか。女性型のアンドロイドであるメーテルとともに軍で見慣れていなければ街中ですれ違っても分からない。そしてビショップやメーテル達は肌の色や髪の毛の色、肉体まで人間そっくりにランダムに作られており、成人段階で工場から出荷し、以後人のように老いていく。一見してアンドロイドとはわからない。恋をして、結婚をする直前に相手が事故で死んで、病院で実はアンドロイドだったと知る、という筋書きがドラマでたまにある程に。
「報告します、何らかの巨大な物体が無理矢理フェンスを押し通った模様。」
「人類種が作った物体か、それとも…」
異星人と邂逅して約600年、繰り返される問いをケンタは口にした。エルフどもか、それとも…
「不明です。」
簡易装甲服しか身につけていないことをケンタは呪った。記録にあるエルフの機動歩兵相手なら簡易装甲服など、シャボン玉のシャボン液ほどの防御力しか無い。そして、手に持つ小銃も象はともかく、エルフの機動歩兵相手に効くとは思えない。エルフの機動歩兵の装甲服が装甲動力服と同等の性能とした場合、マサヤがよく見ている二次元アニメーションのコルト使いなみの腕が必要となる。その腕をもってしても、何処に筒先を向けたら良いか分からないから、絶望的だ。
「マチダ少尉殿、これって訓練ですよね。」
5Mほど離れたビショップとのやりとりにすぐ脇のマリノバ伍長が割り込む。そう答えて欲しい、という口調だった。ケンタは、希望的観測で動いたら痛い目に遭う、という教訓を士官学校で嫌という程学んでいた。信じるものは掬われる。士官候補生の心構えの一つだ。
「そんなの知らん、伍長、車載センサーは何か探知したか?」
周囲の無人機のIU広域センサーを総動員し、上空から異物を確認する。赤外線から紫外線まで広域の波長を検知できるセンサーで視覚的に確認できないとすると、6輪駆動車に積載されている地中ソナーの出番となる。
そして6輪駆動車はというと…
ケンタは、5Tを超える6輪駆動車が宙に舞う、という景色を映画でなく実際に見ることになった。まずい、まずいぞ。
「無線封鎖、アクティブセンサーカット!」
ケンタは絶叫した。もう、ここれは訓練としてもできすぎている。仮想現実空間でなら、ここまで派手にしても良いかもしれないが、ここは現実空間、あの6M近い6輪駆動車だったものは、チョコレートバーと同じ値段ではない。ということは、余程予算が付いた訓練か、実戦だ。今はまだ年度末ではない。あの6輪駆動車は重要物品、耐用年数は10年。予算不足の連邦軍では15年は使うはず。あれは今年納車されたばかりの新車の匂いが残る車両。標的になるのはまだまだ先だ。
という事は…
「ああ、神様。」
ケンタはマリノバの悲鳴を聞いた。チラリと伏せたまま視線を向けると水素燃料タンクが爆発して、車体が降ってくる。
まさか、今日巡検に乗る予定だった16年目の車両が故障したことを訓練担当官が知らなかったとか?ちゃんと報告して乗り換えたから、訓練ならこんな安全管理が出来ていない訓練誰が考えたんだ。うわ、6輪駆動車が降ってくる…
ジェイソン大尉は、平和な日常を愛していた。規則正しい日課、たまにある訓練。200年間平和な時代が続いたのだから、これからも続くだろう。兵卒として入営して40年、その読みは、今朝までは正しかった。
「大隊長殿、本日0802時巡検に出ていたマチダ少尉とマリノバ伍長が基地北方フェンス付近で何者かに襲撃を受け、車両大破、衛星情報によれば両名は行方不明。当直の権限でこれより救出部隊を編成し、救助に向かいます。」
「まて、大尉。」
携帯情報端末越しの大隊長は不機嫌そうにジェイソンの提案を却下した。
「相手が何者か分かっていない。車両を大破させる能力だ、どれくらい送るつもりだ。」
「はい、まずは機動歩兵を1個分隊ほど。」
「却下。すぐに出勤する、装甲動力服で出るぞ。まずは庁舎と宿舎の警備だ。警備は君が指揮をしろ、救援は…警備体制が整ってからだ。マチダ少尉達には一生分の運を使い果たしてもらう。意図は明確だな。」
「はい。」
ジェイソンは、当直士官室で大きく深呼吸をすると、別のボタンを押した。先ほどとは違う警報が基地内に流れ始める。兵舎の窓を突き破るようにして、アンドロイドたちが簡易装甲服で展開し始めた。励起状態となったビショップやメーテル達が操る軽装甲歩兵だった。彼らの仕事は、先に標的となり、敵の居所をあぶり出すこと。
ケンタは、マリノバ伍長に顔を向け、人差し指をヘルメットに当てた。何の偶然か、爆発でひっくり返ってねじれた車体がちょうど一回転して二人が伏せているあたりに被さったのだ。燃料の水素タンクは爆発しているので、可燃物といえば発煙筒などの火工品程度。武器と弾薬は身につけている。ちょっと熱いが、簡易装甲服を二人は着ている。赤外線センサーから隠れるにはちょうど良い。とはいえ、あと10センチずれていればどちらかは大けがをしていただろう。
ビショップ達は、というと音で判断するしかない。指揮官が戦死したと判断したのか、無人機を使役して抵抗を始めているようだった。
「マリノバ伍長。」
マリノバ伍長が伏せている場所に接近する。まずは有線接続。壕と言っても伏せた状態で永久凍土に掘り始めた溝だし、二人はすぐ近くにいたので、そう困難ではない。そこからは、ビショップ達の抵抗が見えた。小銃を持ってどこかに向けて発砲している。頑張れビショップ、アンドロイド兵の役割を果たしてくれ。そして今何が起きているかを報告してくれ。
「ビショップ達には悪いが、我々はここで潜む。敵は6輪駆動車を破壊する能力を持っている。こちらの装備で何とかなるか分からない。分かるね。」
モニタに映るマリノバ伍長の浅黒い顔からは血の気が完全に引いており、ケンタの言葉に人形のようにうなずいた。声を出そうとするのを手で押しとどめる。
「我々が発砲するのは最後だ。襲撃者が何者か、確認し、それを見届けなくてはならない。個人用携帯端末も含めて電源は全てオフとすること。」
個人用携帯端末は、微弱とはいえ電波を発する。今はビショップ達が抵抗しているから気にしないだろうが、いずれ抵抗がやんだ後、電波の発信地を特定し、こちらに襲ってきかねない。そうなったとき、小銃2丁ではなんとも抵抗できないはずだ。士官学校の演習でここまで絶望的な項目なかったよな。これじゃあ、リアル鬼ごっこ、いやかくれんぼだ。
とはいえ、何も報告しない訳にはいかない。現状をテキストで打ち込み、以後受信を含め電波管制をする旨付記する。どうしても微弱な電波を出してしまうのだ。
「でも少尉。」
マリノバ伍長をパニックにさせるわけにはいかない。身動きを取らず、ただ救援部隊が来るのを待つしか無い。そもそもこの残骸の下から抜け出そうとするなら、余程状況が落ち着いてからでないと。
「大丈夫、僕がついているから。伍長は静かに僕の横で待っていれば良い。」
今のケンタには何の能力も無いが、堂々とはったりをかませば、安全は与えられないが安心は与えられる。まずは落ち着いた声、落ち着いた態度。地上で横隊を組んで30メートルの距離からマスケット銃を撃ち合っていた頃と本質は変わらない。
ケンタの落ち着いた声に、マリノバ伍長は濃茶色の目に少し安心した色を浮かべた。
「そう、落ち着いて。僕がついているから。」
伏せた状態で、ケンタはマリノバ伍長の肩に手をやり、救援を待った。
ビショップ達の抵抗は3分と保たなかった。
車両の残骸の下で伏せているケンタから、襲撃者がビショップ達に接近するのが見える。
「動いても、声を出しても駄目だよ。」
ケンタは、囁いた。マリノバ伍長がヘルメットの顔だけこちらに向ける。モニタ越しに恐怖で顔がこわばり、目が大きく開かれ、口も今にも叫び出しそうに開いている。ケンタはやせ我慢の笑みを見せた。ここで二人パニックになっても生き残れない。
「大丈夫、君には僕がついている。僕が君を守ってあげる。」
そして、ビショップ達の機能を停止した残骸を蹴る姿を見て、ケンタは反応を抑えるので精一杯だった。それは、あり得ない光景だった。




