3-7 兆候
恒星暦567年12月1日
国境宙域 警備艦 コールサイン ピーピングトム09
200年前、異星人との戦争は、講和条約により終了したと歴史の教科書には書いてある。人類の勝利をもって終了し、異星人は和を請うた、と。
しかし、国境宙域に配備されている連邦軍人はそれが偽りであると知っている。後方地域に展開する宇宙海賊を討伐するための巡航艦や対地上戦に特化した戦艦はこの空域では存在し得ない。
「上下030度,水平025度。距離30万キロ。不審な電波。」
国境宙域はちょうど異界と異界の境界のようなものだった。ある特定の恒星系に確率論的に現れるちょっとした隙間が一致したとき、エルフ達の住む世界と人類種の世界が回廊でつながる。現実世界とおとぎ話の世界がつながるようなものだ、と下士官兵は教えられる。士官達にはもう少し理屈っぽく教えられるが、多くの人間は、何故超光速通信や超光速移動が可能か理解できていない。
逢魔が時にエルフが現れる。
これで十分だった。
厄介なことに、エルフ達はこのスリットが一致する瞬間を直感的に理解できるようだった。通常空間における戦闘能力、と言う点では人類種の方が進んでいるのではないか、と考えられていた。ただし、スリットを把握し、異世界に跳躍する能力については、人類はまだエルフ達に追いついていない。戦争が終わって200年、エルフ達の残した器具を調べても何も見つからない。エルフ達の船を拿捕しようとした秘密作戦もことごとく失敗し、接触して250年以上となるが未だに彼らの秘密を明かすことは出来ていない。
「照明弾、用意、打て。」
隠密性に優れたエルフ達の侵入工作に対抗し、逆にこちらかも確率論的な機会を用いてエルフ領域に偵察に赴く日々。流石に生身の人間では生還が難しいため、何か特別な部隊を送り込んでいるということだったが、正体は軍機に隠されている。
指向性通信を受け、警備艦の周囲に展開する無人偵察艦から照明弾が打ち上げられる。各種波長の光が発せられ、反射する光から異物を発見する、という地道な業務。
「1008号、爆散。」
「2055号、敵の未確認物体に攻撃。」
無人偵察艦に向け光線が発せられ、音もなく無人偵察艦が爆散する。この光源に向け、別の無人偵察艦から光線が無音で発せられ、エルフ領域からやってきた何かが四散した。
「回収に向かわせろ。」
無人回収機が四散した何かを回収すべく接近する。
200年、これが続いていた。国境宙域での物品の損耗率がおかしいと会計検査院や財務省の職員が担当が代わるたびに指摘し、視察に来て、1/3は何もないのにどうしてこんなに物品が損耗するのだと激怒し、1/3は実態を経験して肝を冷やし、残りは生還しなかった。
「何があったんですか。」
連邦財務省主計局のカペー主査が、艦隊からお付きとして同行している管理部長に質問する。視察に付き合っている国防省軍務局予算担当課長は、心の中で念仏を唱え続けていた。視察のたびに命の危険にさらされるのは、予算の使い方に疑問を持った財務省職員や検査官ばかりではない。
「本艦は、出港時ご説明差し上げたとおり、国境宙域の哨戒にあたっています。先ほど、不審な電波源を確認したことから、無人偵察艦から確認のため照明弾を発射しました。当該未確認物体近傍から謎の光線が発せられ、照明弾を発射した無人偵察艦が爆散しました。敵性物体を今回たまたま確認できたことから、別の無人偵察艦が発砲、これを破壊し、現在その痕跡を回収のために別の無人艦が向かっています。」
モニターから目を離さずに艦長が説明する。
「これが先ほどコンマ1秒ほどの間に発生した出来事です。我々は運が良かった。本艦より無人偵察艦に近い場所で不審な電波源が発せられたため、確認は無人艦がしましたが…」
「これが本艦の近くだったら、爆散していたのは本艦となります。」
顔を真っ青にしていた管理部長が続きを口にした。
「何がそれを?」
運が良かった、という事は運が悪ければ生きてこの出張から帰れなかったということになる。カペーは高い額を揉もうとして、宇宙服が全身を覆っていることを思い出した。そう、ここは連邦政府のオフィスではなく、軍艦の戦闘指揮所なのだ。機密のため、艦名は財務省の主査にすら明らかにされていない。コールサインのピーピングトム09というのは何かの冗談ですかと艦長に尋ねたら、スリットの外側からエルフ世界をのぞき込もうとする我々にぴったりでしょう、と自嘲的な返事が返ってきたのはつい半日前だ。
「分かりません。250年以上破片を回収していますが、我々…」
警報音がして、観測員からの報告があがる。
「上下320度,水平300度,距離60万、敵の輸送船です。数は…3、護衛艦…20、発光信号を送ってきています!」
射撃命令を下す前に、エルフから発光信号が送られてくる。
彼らには我々が見えていた。
カペー主査は椅子に座っていることを神に感謝した。椅子がなければ今頃ぶっ倒れて無様な様を見せていただろう。連邦市民権を得るため、連邦高等教育機関を卒業して1年予備士官として連邦連合艦隊司令部勤務をしたことはある。経験しているだけあり、自分がどのような状況に陥っているか総論的には理解していた。
「読み上げます、ワレ、無害通航権ヲ行使中。」
艦長が通信士官に命じているのが耳に入るが、意味を理解するには至っていない。
「糞。艦隊司令部に報告!敵が輸送船団を人類領域に侵入させてきた。無害通航権を主張中。時間、場所をつけて1分以内に第一報送信!暗号化はするな。平文だ、平文。」
警備艦アカシモトジロウ、コールサイン「ピーピングトム09」からの平文は、その1時間後には連邦主席の耳に入っていた。
「参謀総長、君の見解を聞こう。」
陳情客を追い出し、機密チェックを終わらせた主席室でレフ・セドフはメルカデル大将を仮想空間に呼びつけた。
「はい。主席閣下、事実の報告をまずいたします。本日12月1日15時32分、国境宙域を警戒中であった警備艦アカシモトジロウが異星人の戦艦2,巡航艦3を基幹とする20隻の戦闘艦とそれに付随する3隻の輸送船の計23隻を発見しました。」
着任時の業務説明資料で見覚えのあるエルフの宇宙船が素人には分からない間隔をあけて堂々と人類種領域を航行していた。
「警備艦に対し、異星人は無害通航権を主張、現在も国境宙域を航行中です。」
講和条約を結んだ際、無害通航についてもエルフ達と合意に至っていた。侵入が許可されている星系内でも超光速移動は不可、星系外のみ超光速移動が許可される。センサー類の使用も安全運行のため必要な範囲内のみ。事故防止に星系内では連絡士官を乗船させる。
「で、目的は?何も物見遊山に艦隊を動かすほど連中も資源が潤沢にあるわけではあるまい。」
金、という表現は人類種限定かもしれないが、同様の概念は自力での星間移動手段を獲得した知的生命体は共通して保有している。宇宙船の運用には金がかかる。だから財務省は予算を少しでも削ろうとし、会計検査院は適切に予算を執行したかを偏執的に確認しようとするのだ。
「はい、主席閣下。講和条約にしたがい、彼らに現在連絡士官が乗艦の許可を求めています。そこで彼らの意図は明らかになるかと思われます。星系外に出るのは現在の進路速力であれば12月20日。ただ、現在の進路等から総合的に勘案して幾つか仮説が。」
「聞こう。」
各辺境鎮撫艦隊司令長官に極秘の命令が下されたのは、その日のうちだった。司令長官は、艦隊派遣連邦政府特別高等弁務官とともに命令書を開封、内容を確認の上、データを削除した。直ちに実弾が弾薬庫に補充されることになった。
第三辺境鎮撫艦隊には更に別な命令書が添付されていた。軍港都市から第43情報大隊が艦隊附属機動歩兵旅団に増強される、とあった。
「軍港都市から第43情報大隊を乗船させた輸送船が準備出来次第、出港だってさ。」
命令書を艦隊派遣連邦政府特別高等弁務官に手渡して、マチダ中将は天を仰ぎ見た。周りには、カペー特別高等弁務官しかいない。士官学校の頃の砕けた口調でぼやく。
「第43情報大隊って聞いたこともないぞ。アデアラード、聞いたことあるかい?僕はそちら方面に疎くて。君なら知っているかと。」
「まあ、知らないとは言わない。」
カペー特別高等弁務官は、泥水を飲むような顔で珈琲を飲み干した。
「精神汚染を検査する専門部隊。保安省ともよく一緒にお仕事している。」
「精神汚染。」
汚物に含まれる成分を読み上げるような口調でケンイチは繰り返した。
「ええ、どういうやり方かは知りたくもないけど、異星人に精神汚染された人間を除去するための専門部隊。私の古巣では別の言い方をしていた。」
ケンイチが首をかしげて続きを促す。
「異端者審問官。言い得て妙でしょ?」




