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3-6 準備

恒星暦567年11月28日

辺境惑星メダリアから2光年 恒星アルゴ 周辺宙域 大規模演習地2005上空


 連邦宇宙軍は、この200年、異星人との戦争を想定した訓練ばかりやっていた。全面戦争、限定戦争。一つの異星人、複数の異星人。実際、限定戦争の想定は有益であった。人類種は限られた宙域を連邦宇宙軍は何とか守り続けていた。

「対人類種の訓練とは、宇宙海賊を除けば連邦建国以来じゃない。」

 仕立ての良いジャケットに身を包んだ銀髪の中年女性が、アンドロイドがカクテルを作る仕草に目をやりつつぼそっと口にした。

 人類種を唯一代表する機関である連邦政府は、唯一代表する機関となるまでは、異星人だけでなく人類種領域の他の国家を仮想敵としていた。あれやこれやがあり、現在は異星人のみを相手と考えれば良いとなっていた。ただ、その頃の名残は残っており、対人類種との外交交渉を行うため艦隊ごとに特別高等弁務官が文民代表として旗艦に席を用意されている。多分に儀礼的なポストであり、惑星に定住する高等弁務官と異なり平時の権限は限られている。

 話しかけられた青い髪の男性がビールの入ったグラスを傾ける。声には感情がこもっていなかった。

「ああ。それも抜き打ちで。突然の想定付与から2週間も経っていない。」

 カペー艦隊派遣連邦政府特別高等弁務官とマチダ辺境鎮撫第3艦隊司令長官は、士官学校の同期だった。マチダ中将は義務年限を終えたあとも軍に残る事を決断し、カペー特別高等弁務官は軍を離れる事を決断した。そして連邦大学に進学し、行政官となった。ただ、付き合いは残っていた。それがきっかけでカペー特別高等弁務官の長男とマチダ中将の末娘が結婚したことは二人にとって驚きだったが、喜ばしいことだった。

「ケンイチ。」

 表情の読めない顔でビールを飲む同期に半身を向ける。すらりとした体型は士官学校時代から変わっていない。

「…僕は何も聞いていないよ、アデライード。」

 カルーアミルクで唇を湿らせ、マチダ中将が向けるモニターに視線を向ける。モニターには、惑星に設置された旧式の対宇宙兵器があった。惑星内の自治政府に供与されている装備の一つ。それが大規模質量弾の直撃を受け、破壊された。

 同じ鎮守府の別々の艦で初任士官として勤務していた昔。3ヶ月前から艦の行動計画を調整し、上官を説得して年休を取り、ようやく一緒にツーリングをした。前日夕方に連絡を取ったときと全く違う様子だったケンイチを問い詰め、目的地の展望台で今朝親に結婚相手を指名された、と告げたときと同じ口調でマチダ中将は答えた。

「僕は事前に一切聞いていない。」    

「何か言われたのね。」

 あの時の胸の痛みを思い出して、アデライードは抗年齢措置を施しても老いが見え始めたケンイチの手に手を重ねる。自分の手にも隠せぬ老いが見えている。あのあと、色々あった。退役して、進学して、連邦行政官になって、結婚して、離婚して、子供を産んで…

 ケンイチが浮かべた爽やかすぎる笑みは、昔と同じだった。ケンイチは、本当につらいときはいつも目尻に皺を浮かべ爽やかすぎる笑みを浮かべる。7年前だっただろうか、孫を見送ったとき、そのすぐあとに配偶者を見送ったときも、2年前長男を見送ったときも葬式では顔に笑みを貼り付けていた。その表情に陰口を叩く人間がいることも知っていたがアデライードには分かっている。ケンイチは心で泣いている。

「ああ。」

 沈黙で先を促す。あの時もケンイチが口を開くのに時間がかかったが、今回も同じくらいの時間がかかった。

 ケンイチは、ゆっくりと個人情報端末を操作すると、室内に盗聴防止措置をかけた。

「アデライード、僕は、また大切なものを捨てさせられることになりそうだ。」

 個人情報端末の電源を切り、鋼鉄の小箱に入れると、ケンイチは同じ事をアデアラードに求めた。余程の話なのだろう。

「アデライード。」

 椅子を寄せて囁く声は、ツーリングに誘った声。でも聞かされる内容は、反吐が出そうな内容だった。

「ここから遠くない辺境星系でエルフどもが謀略をかけているところがある。」

 エルフどもが色々やらかしているのは知っていた。彼らの手は異常に長い。当時保安省の防諜局にいた頃に見た資料では、彼の長男が妻子を失ったのは決して偶然の事故ではなかった、とあった。強襲機動歩兵として長男はその妻とともにエルフどもが何かをしたくなるほど頑張りすぎたらしい。それはケンイチにはいかなる意味にしても伝えられない情報だった。

 つまり、どんな手段とまでは聞かされていないにしても、辺境鎮撫艦隊司令長官の耳に入る程度の工作が行われているという事。保安畑の私が特別高等弁務官としてこの艦隊にいるくらい、連邦が深刻視しているという事。

「どんな謀略かまでは知らない。どこの辺境星系とも具体的には聞いていない。」

 嘘。この演習地近傍で有人の星系は限られている。でも、保安基準を守るためにケンイチは嘘を言っている。一般的な情報であれば艦隊司令長官は艦隊派遣連邦政府特別高等弁務官に情報を伝えることは出来る。文民政府を代表する存在に武官が一般的な情報を提供することは義務でもある。しかし、具体な情報となるとハードルが上がる。いくら旧知といえどもお互い立場がある。自分がケンイチの長男の家族について起こったことを死ぬまで口に出来ないように、彼も何も言えない。

「ただ、それによって生じる各種想定に対処するよう、艦隊は求められている。」

 艦隊司令長官には強力な権限が与えられている。人類種の生存域を守るためであれば、艦隊派遣連邦政府特別高等弁務官の了解のもと連邦政府主席の家族が住む惑星を現場の裁量で破壊できるほどに。惑星セダスを破壊した艦隊司令長官に連邦名誉勲章を授与することにサインし、彼女の胸に震える手で勲章をつけたのは、家族を失った連邦政府主席だったのだ。

「僕は、人類種の生存域を守るため、与えられた権限を行使することにためらいはない。」

 携帯情報端末を取り出し、電源を再起動するとケンイチは大きな声でしっかりと言った。自分に言い聞かせている声だった。それから、グラスのビールをあおる。

「私に出来ることは?」


「僕は、この一連のことが終わったら、退役するよ。」

 もう十分、一族のため、お国のために尽くしてきたはずだ。いくら人類種の領域を守るため、人類種の存続を守るためとはいえ、今回の任務は…

 アデアラードが少し驚いた顔をする。

「もう、良い頃だろう。100歳で死ぬとしてあと35年、士官学校に入ってもう50年近く頑張った。何もかもを無くしてしまう前に、体が動く間に人生を楽しみたい。」

 今回の事態で、最悪自分は子供をまた亡くし、孫をまた見送らなければならなくなる。それも自分の目の前で。そうでなくとも部下の若者達を死地に送り込むことになる。何人かは帰ってくることは出来ないだろう。それが分かっていても自分には相手が暴発するまで手を出せない。

 これまでもそうだ。自分は周りに迷惑をかけつつ、お国のため、一族のために色々我慢をした。家業の軍務を優先し、色々なものを無くしてきた。

 だから、せめてあと35年くらいは。せめて最後の時くらいは。

「司令長官だと色々やりたいことが出来なくてね。」

 アデアラードに最新バイクのモデルカタログを見せる。 風を切って郊外を走るには最適なモデル。将官は事故を起こすわけにはいかない、と副官に止められ、ここ暫く趣味に時間を費やせなくている。

「思い出の場所を色々と走り回ってみたい。」

 かつては友達と、そして恋人と、妻、家族と色々回ったところをもう一度回り、人生を総括する。…それからどうしよう?親から引き継いだ資産を管理しつつ、面白おかしく過ごすのもいいかもしれない。

「良いね。」

 アデアラードが、暫く間を置いて爆弾発言をした。

「…一人で回るの?私もそろそろ任期が切れるから一緒に回ってかまわない?」

「…もちろん、君が一緒に回ってくれるなら、それほど心震えることはない。」

 …あのときのことを彼女は許してくれるだろうか。婚約指輪まで準備してあの軍港都市でツーリングに誘ったのに、自分に押し通す強い心がなかったために起きたあの事件を。

 

 艦砲射撃、艦載ドローンによる上空制圧に続き、機動歩兵達を載せた揚陸艇が演習地に次々と降下していく。地上からは、旧型装甲動力服を着たアンドロイド達が迎撃に壕から出てくる。何機かの揚陸艇が実際に被弾し、1機が当たり所が悪かったらしく、コントロールを失う。機体から3機ほどの装甲動力服が飛び出した所で、機体はスピンを始めた。

「訓練続行だ。」

 人間が操縦する親機は脱出し、中にいるのはアンドロイド達が操縦する子機であることを確認したケンイチは訓練指揮官として訓練の続行を命じた。例えなかに人間が乗っていても訓練続行を命じただろう。


 訓練終了後、対人類種作戦計画の練り直しをケンイチは命じた。

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