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3-5 発言

恒星暦567年11月28日 地方暦57年1月28日 夕方

惑星メダリア 自治都市メダリア ヒロシ宅


「入って良い?」

 騒がしいサトコの友人達がさったのか、サトコが控えめにノックをして入室許可を求めてきた。

「どうぞ。」

 先輩や同期のなかには、入室許可に対し粗雑に応じることが偉くなったことの証明であるかのように振る舞う輩もいたが、ケンタはそういうのは好みではなかった。扉が開く音がする。ケンタはそれに併せて仮想空間から現実に戻った。

 仮想空間では、五感全て感じることは出来るが、存在感や雰囲気といったものだけは代替することは出来ない。どうしても数値化や文字化をする課程でプログラマーのセンスが表に出てしまうのだ。センスが合致すればある程度雰囲気らしきものを感じられるが、仮想空間は、過去数百年の納品期日に追われたプログラマーの血と汗、理不尽な仕様変更とバグの潰しにかける怨念の集合体。どうしても違和感がある。

 ケンタは、赤毛の従妹にベッドに腰掛けるようすすめた。ベッド、机、ロッカーとゴミ箱という殺風景な部屋に従妹が入ってくることはまずない。皺一つ無いベッドメーク後のベッドに従妹が腰を下ろすと、その絶妙な腰の形に合わせシーツが変形した。

「何か飲み物でも飲みますか?」

「良い。さっきまで御茶を飲んでた。」

 着替えてきたらしく、部屋着の赤いセーターと黒いパンツ姿だった。可愛い。

「楽しげなお友達ばかりだね。」

 とりあえず、友人を褒めておく。先日啖呵を切って以来、サトコとの距離が微妙になってきた。どう、と30字以内に説明は出来ない。でも、何かあの家具屋での距離感とは全然違っている。

 サトコが尼削ぎの赤毛につつまれた可愛らしい顔に少し複雑な表情を浮かべた。茶色い目に映る心情を読み取れるほどケンタは機知に長けていない。

「中等教育機関でケンタ君はガールフレンドとかいなかったの?」

「いなかったよ。」

 ケンタは即答した。実は僕は女の子と付き合ったことがないんだよ。心の中で続ける。士官学校の同期生達は、過剰なほどモテる男子ばかりだったらしくよく「彼女からの手紙」に一喜一憂していたが、ケンタに届く手紙は賠償金支払い通知や遺産で財産運用しませんか、というダイレクトメール程度だった。

 いや、付き合おうよ、といってきた女の子はいた。でも、宇宙軍将官の孫で(中等教育機関の生徒にしては)莫大な遺産を受け継いでいるケンタに興味があるといった感じだった。勿論、素の自分を愛してくれ、というつもりはケンタにはなかった。今も無い。自分だって借金まみれな心の綺麗な女子と少し性格がゆがんだアイドルの女の子を選べと言われたら、同じ肉体ならアイドルを選ぶ自覚はある。大抵はアイドルの方が肉体は、その…肉感的だ。でも、属性確認をわざわざされたり、毎回高額なデートを要求され、その時に財布として期待されたらそれは違うと言いたい。

「今日、運転しているとき少し変だったから、心配になって来たの。」

 あのやり取りか。でも心配してくれる人がいるなんて何年ぶりかな。おばあちゃんがまだ生きていた頃だから…

「ありがとう、サトコちゃん。そう言ってもらえただけでだいぶんと元気が出てきた。」

 椅子に座る自分とベットに腰掛けるサトコの距離、およそ1.8M。この距離を詰められたら良いんだけどな。僕は、啖呵を切ったこともあるけど、認識した。サトコちゃんと仲良くなりたい。でもサトコちゃんはどうなんだろう。こんなことなら、中等教育機関で恋をしておけば良かった。いくら士官学校の入学試験対策で忙しかったとはいえ、せめて校舎で。

「何かあったの?いえない話もあると思うけど、いえる話なら。」

 お父さんとお母さんは、こういうとき、お父さんの膝の上に母さんが座って、話をしていたよな。でも、あれはお父さんとお母さんの仲だから。出来ればそういう仲にサトコちゃんとなるためには…勇気を出せ、俺。前に進むには、足を動かさないといけないんだ。

「隣に座って良い?」

 言えた。足を動かせた。距離20CMの所を狙って腰を下ろす。サトコはよけなかった。大きく息を吸う。良い香りが鼻腔を満たす。何かそれだけで心配事がなくなるような気がした。実際は、なくならない。でも、今だけは。

「…理由は幾つかある。」

 もし可能なら、手を握りたい。あの家具屋で手を繋いだときの多幸感は、忘れられない。繋いでいたときには良く分からなかった。しかし、離してからはっきりと認識できた。サトコと手を繋いでいたら幸せだ。ただ、これは相手のある話。自分の意思だけを押しつけてもろくな事にならない。

「一つは、これ。」

 勇気を出して顔をサトコに向ける。遠くから見ても可愛いが、近くから見ても可愛い。今日もサトコの同級生達を一緒に車に乗せたが、サトコが一番可愛かった。蜂蜜色の髪の毛の彼女や黒髪の彼女は、どこか意図を感じた。

「いつもは後部席にいた君が、横にいたから。」

「その割りには。」

 なかなか鋭い。顔を背けない、という事は次の行動を取っても良いだろうか。

「次のことを口にするのに…その前に手を握って良い?口にする勇気が欲しい。」

 士官学校の当直中、品位について先任副直候補生から聞いたことがある。16歳の何も知らない候補生だった自分に法螺を吹いたのかもしれないが、以来気をつけるようにしている。すなわち、他人に触るときは、緊急時でも無い限り、触る許可、触る直前に許可、触ってから許可。イヤヨイヤヨは下手したら強姦や強制わいせつ行為で一発不品行行為により退学になる、と。ただ、気をつけるにしても、今回が初めてだった。

「触るよ。」

 おそるおそる手の上に手を重ねる。人の体温がこんなに安心をもたらすとは。

「嫌なら言ってね、すぐに離すから。」


 しつこいほど念を押して手の上に手を重ねてきた。ちょっと性急な気もするが、同級生男子のように餓えた様子を前面に出してこなかったから、不快ではなかった。暖かくて硬い手が重ねられると、この前の夜を思い出す。たしかこっちの手でナイフの刃を握って…

「帰りの車で黒髪の彼女が口にしたニュース。」

 少しケンタ君の手に力が入った。口にして良いのか迷っているようだった。ケンタ君の紫の瞳に視線をあわせる。つらいことを口にする前にお父さんがする目つきをしていた。

「言って。」

 左手を左手に重ねる。ケンタ君はピクリと反応した。

「今、この惑星で連邦軍の人間と言えば僕の大隊と憲兵隊、募兵事務所しかいない。「連邦軍兵士による学生暴行事件」てのが最近ニュースで流れているから、この前追加の調書を取られたときに憲兵隊の調べ官に雑談で聞いてみたけど、どうも僕らのことらしい。」

「は?」

 思わず声がうわずる。いや、あれ、私たち被害者なんですけど。

「ケンタ君と私が襲われたんじゃないの?何でケンタ君が私とあんな連中を襲ったことになるの?新聞社に抗議のコメ書き込まないといけない話じゃない?」

「今更書いてどうなるの?」

 いや、だって過ちは正さないとおかしな話になるでしょ。

「僕も驚いてその憲兵に聞いてみたよ。どうしてって。」

 そのあと、中隊長殿にも報告した、とケンタ君は疲れた顔で笑った。

「どうして?何があったの?」

「ここから先は、僕の推論になる。僕は謀略についてはあまり知らない。士官学校の戦術概論の講義で触れられただけだった。だからその講義を理解できたか分からないけど、僕の推論。」

 士官学校というのはどういう授業をしているのだ、謀略を教えるって何よ。サトコは心の中でドン引きした。ケンタ君が真顔でそれを勉強している姿を想像したら笑えるけど。

「平穏な統治を目的として連邦が高等弁務官事務所と軍をこの惑星に置いているのは知っているよね。各政府機関はそれぞれの所掌に基づき仕事をする。」

 いきなり難しい事を従兄は言い出した。

「そのためにそれぞれの機関が毎年色々な施策を取っている。僕の中隊だと惑星系地上域の防衛のために色々。この星系においてできるだけ住民に友好的であってもらいたい。」

 そりゃそうね。

「そのためには、理解を深めてもらう必要があり、そのために各種公開行事を行うことになる。そしてそれを実際に確実に実行して住民に理解を深めてもらう。」

 僕のクラスだと、その行事を何時どう実行するか立案し実行の監督をすることが仕事になる、とケンタ君は続けてくれた。

「なら、誰かが逆のことを思ったら?この惑星系地上域の防衛を妨害するため、この星系において出来るだけ住民が連邦に非友好的であってもらいたいと思ったら?」

 何か、ケンタ君が言っていることは被害妄想な気がする。でも…

「僕も自分が考え過ぎな気がする。でも全ての情報を握っているはずの自治政府が、どうしてこの事件をもとに101万人の抗議集会を計画するの?そもそもどうしてこんなフェイクニュースが流れるままにするの?このニュースは誰が発表したものがソースなの?」

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