3-4 困惑
恒星暦567年11月28日 地方暦57年1月28日 放課後
惑星メダリア 自治都市メダリア 中等教育機関
どこかで誰かが私を監視しているのか。あの日の出来事から一週間もたっていないのに、あの日の出来事は校内で噂として広まっていた。
曰く、サトコが婚約者と新婚生活用の家具を買いに行った所、振られた男がその姿に激怒し、サトコを襲ったが、婚約者が全身傷を負いつつもサトコを警察が来るまで守り切った、とか。
「やっぱり婚約者だったんじゃない。」
二週間前に交わした言葉を覚えていたジェシカが意地悪く言う。エリーゼは、もう1週間前にこの煉獄から脱していた。うらやましい。今ではもう私たちのことは忘れ、移動中の宇宙船のなかで新たな世界に溶け込もうと必死になっているはずだ。
「うーん、そういう訳じゃないんだけどね。」
ケンタ君には基地で一生守り抜く、とは言われたけど。結婚してください、とは言われた覚えないし。だから婚約者、というわけじゃない。まあ、警察にそう言ってもらったおかげですぐに軍の人がお父さんと一緒にきてくれたけど。そもそも、私たち付き合っていないし。それよりあの気持ち悪い連中がまだ同じ学校にいるなんてどうしたらいいだろう。ケンタ君、出来ないこと約束しちゃ駄目だよ。
「じゃあ、どういう関係なの?」
ジェシカは逃がしてくれなかった。身を乗り出して聞いてくる。冬服の厚手の服からでもサトコでは相手にならない豊かな胸が分かる。
どういう関係?こちらが聞きたい気分。ケンタ君は私の何なんだろう。この煉獄から救い出してくれる白馬の王子様?でも、服のセンス絶望的だし、変だし。
「…今は同居人、かな?」
あのあと、従兄はまた訓練とかでまだ会えていない。ケンタ君の本当の気持ちを聞いてからじゃないと、何かあれだけじゃ納得いかない。
「じゃあ、私が狙っても良いの?」
蜂蜜色の髪の毛をした小悪魔が本性を現した。胸が大きくて小悪魔な女の子に男達は弱い、と軍港都市の昔の友達が…
「この前見たけど、かなり格好いいじゃない。応援してくれる?」
「嫌。」
思わず即答してしまった。ケンタ君とはまだ何でも無いかもしれない。けど、これからも何でも無いわけじゃない。せっかくこの煉獄から逃れるための切符をもらったのにそれを自ら捨てるほど馬鹿じゃない。
「嫌って…ただの同居人なんでしょ?なら私が狙っても良いんでしょ?」
そう、そこまではジェシカが勝手にすればいい。どうなってもそれはジェシカの話だ。
「狙うのはどうぞご自由に。でも、応援は駄目。」
今も全高4M程の装甲動力服に身を包んで駐屯地を走り回っているはずの従兄が肉食獣達に狙われるのは仕方が無い。でも、応援だけはそんな気分になれない。
憲兵隊から解放されたあと従兄が案内してくれた駐屯地は、軍のことをよく知らないサトコでも分かる強烈な力に満ちあふれていた。昔訪れた巡航艦とも違う世界。あれは動くホテルのようだった。でも、駐屯地は別の意味で別世界。従兄用の装甲動力服にも乗せてもらったが、あんな姿の従兄を見たら、この肉食獣達は徒党を組んで従兄を組み伏せて襲いかかるに違いない。
「なんだ、サトコも気があるんじゃない。」
マークを墜とし、追加の首級としてケンタを狙う気満々のマリアが参戦する。そういえば、家具屋に入った姿をみたのは、マリアかあの気持ち悪い同級生達だ。とすると、こいつがこの前の話を漏らしたのか!
サトコは、一瞬マリアを睨みつけた。
「何よ、本当のこと言って悪い?」
いや、気があるも何も、ケンタ君には一生守り抜く、って言われましたが何か。そりゃ、同級生に比べたら格好いい。それは圧倒的だ。だが、変人さ加減も圧倒的。頑張れ肉食獣達、でも私はこの星から逃げ出す宇宙船の切符を捨てる気は無い。
「まあ、ケンタ君は面白い人だから、頑張って。応援はしないけど。」
「何それ、感じ悪い。」
サトコの笑みを自信の表れと感じたのか、同級生たちは一斉にブーイングをはじめた。
参った。
ケンタは、鉛のように重い体を引きずりながら中等教育機関の校門に向かっていた。
まったくもって、参った。
「マチダ少尉、君、なってないよ。」
ハウエル中隊長殿は、4人を瞬殺できず、左手に傷さえ負ったケンタにダメ出しを出したのだった。幾ら人質を取られたからといって、左手を負傷したあと手を出さず、最後の一人を破壊しないとはありえない。
「連邦軍人に手を出すからには、思い知らせないといけない。絶対に連邦軍人に勝てないと敵に思わせなければならない。連邦軍人が手を出すときは、徹底的に力を行使しなければならない。そうしないと、力の官庁である我々は軽く見られることになる。我々が軽く見られると、何かあったとき人類種の守護者としての我々の責務を果たせなくなる。」
分かったら、機動歩兵らしく体を鍛えよ、装甲動力服などそれからでいい。小隊指揮、中隊指揮(中隊長が戦死した場合、指揮を執ることは当然あり得る)の訓練をしつつ、空いた時間はひたすら格闘訓練。士官学校では格闘訓練の成績はAだったが、現場には化け物が多数いると思い知らされる時間。入院でなまった体を鍛え直すには良い機会だった。
とはいえ、参った。
今日は帰れたが、体が鉛のようだ。明日からも訓練が続くというので、体を一秒でも早く休ませたい。とはいえ、一生守るといった相手を早速疲れたからと一人家に帰らせるようなことをしては男が廃る。
「ケンタさんですか?」
校門につくと、待っていたのはサトコだけではなかった。3人ほど可愛らしい女の子が一緒にいる。サトコちゃん、学校に友達いるんだ、うらやましい。ほぼぼっちだった中等教育機関での日々を思い出す。
「ケンタ君、今日は迎えに来てくれたの?」
蜂蜜色の髪の毛の可愛らしい女の子がケンタの正体を確認してきたが、返事をする前にサトコがかぶせるように声をかけてきた。
「まあね。久しぶりに家に帰れそうだ。この人たちはサトコさんのお友達ですか?」
サトコの目つきが何か変だったが、よく分からなかった。
「そうでーす、今日はサトコのおうちに一緒に遊びに行く約束をしたんです。」
どこかで見たことのある子がサトコに代わり返事をする。やはりサトコの目つきが何か変だ。声に出さずに何か呟いている。
「分かった、送りましょう。」
ケンタは通勤に使っている車の後部ドアをあける。普段はそのまま後部座席に座るサトコは、今日は友達をそこに乗せ、普段は座らない助手席に自分で乗り込んだ。
信じられない。肉食獣達に対して無防備すぎる。家を把握されたら、本当にドローンを飛ばしてケンタ君が一人になった瞬間を狙い、襲いかかるに違いない。とはいえ、もうここまで来たら、闘うしかない。…誰と何をめぐって?
サトコは、自分が何かにはまり始めていることに不快になった。車内のモニタに携帯情報端末をリンクさせる。今日は朝天気予報を聞いていた関係で、最初に流れてきたのは通信社が配給するニュースだった。もちろん、記者はロボットだ。
「先日発生した連邦軍兵士による学生暴行事件に抗議するため、メダリア自治政府後援でメダリア自治解放戦線は101万人のデモ行進を…」
「消してくれ。」
ケンタ君が短く言う。普段聞かない口調にサトコは驚いた。すぐにリンクを切る。
「この事件聞いています。」
脳味噌に生クリームが詰まっているに違いないマリアがケンタ君の様子を無視して口を開いた。高めの声が神経に障る。
「何でも、連邦軍の兵士が一週間くらい前、ボーイフレンドと一緒に街を歩いていた女子学生に声をかけ、相手にされなかったからって酷いことをしたことに抗議をするデモをするそうです。」
「そいつは酷い話ですね。そいつは酷い話です。」
ケンタ君がぽつりと言った。そしてもう一度繰り返す。何時ものとおり安全運転のままだが、心なし、運転が荒くなったような気がした。
帰り着くなりケンタ君は、肉食獣達に明日は早朝から用事があるので、失礼する、と伝え自室に引きこもろうとした。
「おつとめお疲れ様です。いつも私たちの惑星を守ってくれてありがとうございます。また今度あうことがあれば、その時は一緒に遊んでくださいね。」
ジェシカがケンタ君の手を押さえ、声をかける。この泥棒猫め!ケンタ君は、はじめて見る切なそうな表情を浮かべ、ありがとう、というと扉をゆっくり閉めた。
あとで部屋に会いにいこう。何か泣きそうだった。とはいえまずはケンタの心の隙に入り込もうとしている肉食獣を追い返そう。




