3-3 暴走
恒星暦567年11月25日 地方暦57年1月25日
惑星メダリア 自治都市メダリア
それは、反連邦思想にとらわれた自治都市当局上層部にとっても理解の出来ない現象だった。自分達の想定以上にボットが反連邦記事をまき散らし始めたのだ。恒星間超光速通信網が整備されていない以上、記事は惑星内でしか生成されないはず。彼らは反連邦記事の作成を統制していたはずだった。程々の反連邦記事、程々の反連邦姿勢。
前から想定以上の記事がボットによって生成されていたが、特にこの3日前くらいから反連邦記事が氾濫し始めている。
「これは多すぎないか。」
自治都市の会議室でこれからの市の方針を決めようとしていた市長は、政治団体から派遣された秘書が映し出すグラフを眺めながらつぶやいた。
「何の不都合があるのですか。」
異星人との融和を説き始めて暫くして現れた支持者が市長に話しかけた。そういえば、この支持者が支援をしてくれるようになり、ボット運用資金がかなり潤沢になったんだった。ということは、この支持者が資金を出してくれているのだろうか。
「市民の怒りは地を満ち始めています。特に」
支持者がグラフにボット記事を重ねる。センセーショナルな記事と被害者、と称する男性達の画像が投影された。
「いきなり連邦軍の兵士が彼女連れの若者に襲いかかったこの件など。」
事情を知る市長としては、噴飯物の記事であった。加害者がいつの間にか被害者となり、「未成年犯罪者が特定され将来更生の余地を奪わないため」作られたカバーストーリーが更に大幅に改ざんされていた。加害者の顔も加工されていた。記事では中等教育機関の男子学生が女子学生とデートしていた所、兵士に襲われ、学生は全身に重傷を負いつつも兵士を追い払ったことになっていた。連邦軍に取材し兵士の処罰を求めた所、そのような兵士は存在しない、と「隠蔽」した、と記事はまとめられていた。そして血溜まりの画像を掲載している。
「市民を激高させています。」
その記事であっているのは、時間と場所と負傷者が発生したこと、そしてそのような兵士は存在しないことくらいだった。夜商店街区画を歩き回る中等教育機関の学生カップルなんてすぐに嘘と分かる記事にひっかかる市民ってどんなに低レベルなんだ。高等教育機関で学生運動にはまりすぎ、研究機関への進学をたたれたため革新政治家の道に進むことになった市長にとって、市民は教え導くものだった。勝手に激高する低レベルな市民など、野犬も同じだった。そもそも血溜まりは、被害者の連邦軍士官のものじゃないか。
「市民のメダリアを愛する気持ちは理解できる。」
市長は、貧困に落ちぶれた連中が最後に地元愛に囚われることがあることを事例として知っていた。そしてそういう連中が革新政治家である自分の支持層であることも認識していた。となれば、彼らには夢を見てもらおう。その夢に乗っかって正しいことを実現するのが政治家としての自分の責務だ。
「その思いを大切に胸にしまい、惑星メダリアの地位向上のために、市民の権利向上のために、この自治都市メダリアが先頭に立ち、我々は運動をしなければならない。」
だから、こんなできの悪いフェイク記事を書き散らすボットどものせいで悪化している市民感情を統制可能な範囲内に納めるために建設的な議論をしてくれ。市長は心の中で呻いた。手書きであれば便所の落書き程度のフェイク記事が活字になった時点である程度もっともらしい外観を持ち、市民感情を煽り立てている。このまずい状況を利用しつつ、これ以上の市民感情が先走らないようにしなければならないのだよ。
「でも、最近連邦政府が冷たいんですよね。」
反連邦活動であっても、市長と派閥の違う勢力の代表である市民団体代表が、市長の足を引っ張るために発言をした。
反連邦活動を市長である私が先頭に立って行っている以上、以前のように好意的に接してくれる訳がないだろう、この間抜け。市民生活に極端な影響が出ないようにしつつ、これを機にしたメダリア住民の自立心の醸成が大切なんだろう。あわよくば異星人との融和を演じたことによる補助金の増加、そして自立心を持った市民がいることで初めて実現可能な長期的な生活水準の向上が私の政策の肝だと何度説明したら分かるんだ。
「その分、真にメダリアの将来を考えているこの」
先ほどフェイク記事に言及した支持者に視線を向ける。茶色い髪に灰色の瞳、このメダリアでは多い浅黒い肌のどこにでもいそうな外見の中年男性だった。
「ヨハン・シュミットさんのように、我々の運動に理解を示してくれる市民が増えている。」
そういえば、このシュミットは。シュミットのことを考えると文字通り頭が痛くなる。どうしてだろう。それより、話を前に進めなければ。
「どうでしょう。」
やはり最近有力な支持者となってくれた黒髪の中年女性が整形をして尖らせた耳を隠そうとせずに提案してきた。
こういうエルフ信者は黙ってお金だけ私たちに拠出してくれたら良いんだけどね。何で金だけ出して口をつぐみ、リーダーに全てを任せてくれないのか。とはいえ、研修資料でみたことのある太古の妄想世界におけるエルフにここまで外見をあわせるとは。
「我々の決意を連邦政府に示してやるのは。」
「良い考えだと思う。手段によるとは思うが。」
私の決意をどう連邦政府に示すかが問題なんだよ。
「100万人大行進なんてどうでしょうか。惑星自治に燃えるメダリア市民によるデモを連邦高等弁務官事務所に向ける。100万の市民の熱意を連邦政府も無下には出来ないと思います。」
総論賛成、各論反対だな。最近の記事による市民感情の昂ぶりが一過性とすると、この1ヶ月以内にデモを実行しなければならない。計画立案をきっちりとして、軍や自治政府職員への休暇促進により幾らか数を水増しできるとする。でも実施は2月末だ。少し温かくなるかもしれないが、2月はまだ最高気温氷点下だぞ。
かつてアルバイトのため真冬の道路補修にあたった日のことを思い出しながら市長は提案を脳内却下した。
それに、連邦がこの呪われた大地に縛り付けられた100万人の声を真に受けるとも思えない。大昔かもしれないが、連邦の連中は20億人の血を流して異星人との戦争を戦い抜いている。質の悪い寄生虫が蔓延し、この世の地獄となった人口5億を数えた惑星セダスを封鎖し封鎖線を破ろうとした民間船をことごとく破壊した上、寄生虫の生息域であったLVなんとかとともに容赦なく惑星破壊弾道弾を撃ち込んでいる。惑星セダスには、当時の連邦政府主席の家族が住んでいたというのにだ。たかだか辺境惑星の100万人のデモごとき、何の意味があるのだ。
「良い考えですね。」
市民団体代表が市長が何か口にする前に賛意を示した。
これだからこの辺境から出たことのない連中は。自分の物差しが世界共通だと脳内妄想をして、その妄想に支配されている。
「賛成。」
シュミットさんまで同意する。次々と同意の声がする。
ちょっと待て、空気に水をささないととんでもないことになるぞ。
腹心に水をささせるべく視線を向けると、腹心の秘書課長までが何か熱に浮かされたように同意の声を上げた。
いや、待て、お前が計画を企画立案実施までするんだぞ。どうしてそんなに簡単に同意するんだ。
市長は口を開き、止めようとしたが、出来てたのは別の言葉だった。
「そうだな、秘書課長、計画立案をよろしく。我々は決意を示そう。そして意味も無く異星人を敵視する政策を修正させ、真の宇宙平和を求めよう。そうすれば、軍事費に費やされているリソースが、この惑星メダリアにも更に振り分けられるに違いない。」
うぉぃ、自分。何を口にしているんだ。何を訳の分からない台詞を口にしているんだ。まあ、良いか。こうやって自分の意思と反した事を口にしていると物事うまくいくんだよね。この前の選挙や会食の時みたいに。
「では、来月12日がちょうど週休日になっているので、その日を100万人大行進の日としよう。だが、100万人じゃたりないな。101万人といったところか。」
古典二次元アニメーションの犬の数じゃないんだから、101とか何で私は口にしているのだろう。まあいいか。周辺都市まで動員をかければ101万なんて何とかなるさ。
「さあ、あと20日もないぞ、一気に盛り上げてメダリアの独立のため頑張ろう。」
あれ、おかしい。メダリアの地位向上のはずが、何で独立という話に?まあ、良いか。エルフ達との友好関係を通じて、この星を人類世界の中心にするんだ。
市長は、シュミットが薄ら笑いを浮かべていることもどうでも良くなってきた。




