3-2 叱責
恒星暦567年11月22日 地方暦57年1月22日
惑星メダリア 連邦軍基地
ケンタは軍病院を朝退院すると大隊長室に直行することにした。一種軍装、磨き上げた靴、要は叱られるための服装だ。
「C中隊付、マチダ少尉入ります。」
中隊長殿は、同じ駐屯地にいる憲兵隊に早々に頭をさげており、いまは庶務担当幕僚に頭を下げに別行動だった。自分の所の若者が、着任早々憲兵の世話になったのだ。理由は何であれ、迷惑をかけてしまったことには変わりない。
当直教官室に謹慎者出頭のため入室する要領でケンタは大隊長室に入った。士官学校にいれば、一度や二度は謹慎をする羽目に陥る。そこで外見的に反省していることを示すすべを覚えるのだ。
「このたびは大隊長殿以下ご迷惑をおかけしました。」
包帯をしている左手は握るとまだ痛いが、神経はつながり終わっていた。あとはチクチクとした痛みを感じつつ徐々に直していけば良い。士官学校の礼式集の動画に使えるような動きで頭を下げる。
「マチダ少尉。お前は本当に変わっていないな。」
士官学校でケンタの指導教官だった大隊長は、ケンタの外見的反省にまったく騙されていなかった。
「憲兵から話を聞いたぞ。マチダ大佐殿の娘さんの身柄を警察に引き渡さないために、また適当に口から出任せ、嘘八百を並べ立てたんだろ。首尾一貫しているようだが、肝心要の娘さんに事前調整していなかっただろう。相変わらず詰めが甘いな。」
婚約者云々の話だった。どうも教官にはお見通しだったらしい。とはいえ、そのまま同意するわけには行かない。まだ師団軍法会議から連絡が来ていないし、下手に同意したことがばれるとサトコが警察に参考人供述を理由に身柄を抑えられることになりかねない。憲兵隊が来るまでの短いやりとりだったが、地元警察にケンタは好意を持つ理由を持てなかった。
「はい、いいえ。以前指導教官に常々準備に怠ることなく臨機応変に対応せよ、教わっております。それに地元の警察が何というか…素敵な方々がそろっているようでした。それより教官、サトコのお父さんとお知り合いで?」
一応、婚約者、という建前を取り下げるわけにはいかない。ケンタは、あくまで従妹を婚約者として呼び捨てた。ごめん、サトコちゃん。あとで幾らでも心から謝るから。…知らんけど。
「まあな。マチダ大佐殿が士官学校の指導教官だったときの学生だ。あのときの幼児がまさか同じ惑星にいるとはな。お前が婚約者を名乗っていなければウチの坊主に付き合うようけしかけていたはずだ。宇宙は広いはずなのに、狭いもんだ。」
にやりと笑うとケンタの下手な話題変更に大隊長は乗ってくれた。
「とはいえ、今回はハウエルがかなり動いてくれた。」
「はい。」
まさに中隊長殿様々。
「まあ、次からはああいう状況下に陥らないことだな。あと、ちゃんとマチダ大佐殿に説明しろよ。俺ならひたすら謝り倒す。うん、退出して良いよ。」
「ご迷惑をおかけしました、以後気をつけます。」
大隊長室を退出すると、軍病院から連絡が入った。
「マチダ少尉です。」
黒髪をひっつめ、丸眼鏡の看護伍長がナース服で携帯情報端末の画面に映っている。入院していたときに何度かあった顔だった。可愛らしい顔で良く胸部が張ったナース服姿だったと記憶している。
「以後の治療方針について先生といつ相談するのが良いか教えていただけますか。」
そんな話なら携帯情報端末にテキストで情報を送ってくれば良いのに。
「何時というと今日中でしょうか?」
「おっしゃるとおりです。」
こんなの治療促進剤を塗り込んでおけば良いだけのような気がするが、違うものなのか。時間を決めるにもまずは中隊長殿に会って頭を下げなければ。庶務担当幕僚室に向かうと、ちょうどハウエル大尉が部屋から出てきた所だった。
「中隊長殿、このたびは。」
「まあ、大立ち回りは出来るだけ控えるべきね。」
言いたいことは色々ありそうな目つきだったが、ここではそれで許してもらえる。治療方針についての話をすると、好きにして良いとのこと。
「それより、憲兵隊の控え室に行きなさい。あなたのその…婚約者とその父君が今日も朝から事情聴取を受けているから、会っておいで。これだけは上官の仕事じゃないわ。」
憲兵隊は、大隊と同じ駐屯地にオフィスを構えていた。当たり前だ。この惑星には大隊以外の連邦軍と言えば、夜の飲食店街の路上で声をかける飲み屋の兄ちゃんと本質的に違わないことをする募兵事務所の職員だけ。飲み屋の兄ちゃんが夜に声をかけるとすれば、募兵事務所の職員は昼間という違いがあるが本質は変わりない。特に自治都市メダリアが常備軍としてかなりの規模を維持しているため、その苦労は飲み屋の兄ちゃん以上だった。
大隊本部の隣が憲兵隊だった。プレハブの平屋建て。
「マチダ少尉ですね、婚約者の方とその父君がお待ちですよ。」
入り口の呼び鈴を押すと、憲兵伍長が出迎えた。憲兵はある程度特殊な兵科であるため、士官と下士官の比率が異様に高い。そしてある程度自由度のある活動が求められるため、機動歩兵のように男性の比率が比較的高めになることもなく、男女ほぼ同数であった。憲兵伍長にしても20代半ばほどの浅黒い肌の女性であり、髪型も軍人らしからぬ三つ編みだった。
「ありがとう、案内してもらえるだろうか。」
二重扉の入り口入ってすぐに待合室があり、そこにサトコとヒロシ叔父さんがいた。
伍長はではごゆっくり、と扉を閉める。まあ、盗聴されているだろうが、形式的には三人の世界にしてくれるということか。多分監視カメラもどこかに潜ませているのだろう。
「叔父さん、僕がついていながらこのたびはサトコちゃんを危ない目に遭わせ、大変ご迷惑をおかけしました。サトコちゃん、僕と付き合って外出したせいで怖い思いをさせて本当にごめんなさい。僕に取れる責任なら、取ります。」
立ち上がった二人が口を開く前にケンタは平謝りした。頭を下げてひとつ、ふたつ、みっつ。ゆっくりと数字を数え、顔を上げる。サトコはともかく…叔父はこれは激おこだ。
「どう責任を取るのだ?サトコはこの惑星ではもうまともな生活は出来ない。ここは君が過ごしてきた都会ではない。」
駄目だ、失敗した。叔父さんは、文字通り激おこ猫も吃驚な激おこぶりだ。
艦艇勤務や陸上機関軍港都市を転々としてきた叔父さんと違い父さんは機動歩兵だったから、ここまで酷い惑星は初めてだけど、そんなに都会暮らししたことないんだけどね…まあ、今は否定するタイミングじゃないし、わざわざ否定する内容じゃないか。
「それは…」
叔父は畳みかけるように続けた。このひと、管理職の思考回路でパパしている。
「もはやこの子は学校では君の婚約者、と認識されているだろう。私の勤め先でも同じだ。この狭い星で君は簡単にそのような発言をするべきではなかったのだ。」
いや、あのときあなたの娘さん守り切らないといけなかったでしょう。まあ、あんな所にあんな時間に連れ出したのは僕だからそれは反省しないと。
「お父さん、ケンタ君は…」
「サトコ、静かにしておきなさい。」
横から口を出そうとするサトコを叔父は黙らせた。
「この反連邦思想の強い街で君の発言により、この子は連邦軍士官の婚約者と認識された。君はこの星を2,3年したら出て行くのだろうが、この子は残るのだよ。そしてレッテルを貼られた以上最早、連邦軍士官にもてあそばれた末に捨てられた、と噂される。この星ではまともに進学も就職も結婚も出来ない。」
「叔父さん。」
酷い言われようじゃないか。拳を握りしめる。刃物を握った左手が痛い。えい、ままよ。
「私がサトコさんの進学も就職も結婚も全部面倒を見ますよ。家族全員失った代わりに、色々なお金はもらいましたからね。一人や二人の学費ごとき心配しなくて良いです。何なら、結婚だって心配しなくても良いです。私が一生サトコさんの面倒を見ます。この星から私が連れ出します。責任を持って一生守り抜きますよ。それで文句ありませんよね。」
勢いでとんでもないことを叔父相手に口にしたような気がするが、仕方が無い。もう口にしてしまった。引くに引けない。
叔父を黙らせた視線を従妹に向けると、従妹は思わず一歩引いた。
「サトコさん、それでいいですね。」
「…は、はい。」
「ということで、サトコさんは一生まもります。とはいえ繰り返しになりますが、サトコさんを危ない目にあわせ、大変申し訳ありませんでした。」
お父さん、お母さん、ごめんなさい。叔父さんに色々生意気言ってしまいました。マサコ、お兄ちゃん、サトコちゃんをお嫁さんにするって勢いで口にしちゃいました。お兄ちゃん、どうしよう。困ったなあ。まあ、何とかなるか。知らんけど。




