3-1 官僚
恒星暦567年11月22日
連邦中枢区画 連邦防衛省
連邦政府の一官衙たる連邦防衛省は軍政組織だった。その主な仕事は、予算や人事、法規、企画といった「何か知らないけど聞くからに面倒で大変そう」という仕事ばかり。軍といえども役所であり、役所である限りはお役所仕事から逃れることは出来ない。
首席監察官室も、その中の一つ。知らない人は「何か知らないけど大変そう」。業務監察を受けたことのある人間は「何か色々平地に乱を起こすような質問をしてくる、ややこしい面倒な役所」。事故監察を受けたことのある人間は、「警察や憲兵隊でも無いくせに色々聞いてくる、ややこしい大変な役所。」といいった印象だろうか。面倒と大変という一般的な言葉の意味が立場により変わることを証明できるセクションの一つだ。
どんな事象でも受ける側と実施する側では立場が違い、視点が変わってくる。簡単な話だ。学校でテストを受ける側とテストを実施する側で考えてみれば良い。もっと細かく立場を分けるなら、受ける側も実際テストを受ける子供側、受けさせる親の側、実施する側も計画する中央側、実行する出先側、実際の試験会場で監督する現場側、全て立場が違う。
「昨日の監察速報案件は…」
首席監察官室第二課副監察官のマオ中佐が出勤早々情報端末を起動しつつ事務室に掲示されるモニターを確認する。第一課は業務監察、第二課は事故監察を所掌事務とする。マオ中佐の班は事故監察の中でも傷害や窃盗といった非違非行を担当する。彼らの業務は非違非行事案を調査し、問題と改善点を抽出すること。それを受けて実際の非違非行を防止する施策をとるのは人事局。このため、第二課と人事局との交流は盛んであり、マオも前任は人事局の服務担当課班長だった。
「何時ものごとく、下士官兵は相変わらずだな。士官案件が一つか。概要は?」
担当係長のスミス少佐が早出で疲れた顔のままデータを送付し、口頭で概要を報告する。
「勤務明けに婚約者と家具屋に出かけていた機動歩兵隊の新任少尉が、街のチンピラ4人に絡まれ、予定では今朝まで入院、今後2週間の通院。チンピラは3人が全治1から2ヶ月の入院です。現在少尉の記録媒体を24時間まで遡って精査中です。人事局長まで説明する案件です。」
新任少尉が、なれない街を歩いていて地元のチンピラにからまれた案件が局長案件?
マオ中佐は、起動した端末のモニタに送付された速報を映し出す。
「惑星メダリア…機動歩兵大隊が置いてある所だな。」
報告経路を遡ると、辺境惑星の機動歩兵大隊の中隊長にたどり着く。評価の悪くない大尉だった。事件が発生して1時間以内に混乱した状況下部下からの報告をもとに概要をまとめて報告している。評価どおりと言うことか。もう一つの経路は、惑星に派遣されている憲兵隊。こちらも警察からの情報提供とともに軍関係者が被害を受けていることから被害者の婚約者から事情を聴取し、報告をあげてきている。
固有名詞に意識を向けずに読んだ限り、そんなに難しい話ではない。飲み屋でからまれた訳ではない。勤務時間後に婚約者と新婚生活で使う家具を商店街にある家具屋に見繕いに出かけた。一時間ほどで店を出ると街のチンピラにからまれた。理由は本人には不明。連邦軍の人間と分かって手を出してきた人間に、何度か止めるように警告を発したが、刃物を持って襲われたため正当防衛。3人を片づけたところで婚約者を人質に取られかけたが左手を犠牲に取り戻し、あとは警察にお任せ。婚約者の方の供述は二人の関係が微妙に異なっている。警察の調書の写しでは、同居している少尉と一緒に買い物に出かけたら、学校の知り合い他に襲われ、少尉に守られた、というもの。父親同席のもととられた憲兵隊の調書の写しでは、少尉が婚約していた、というのならまあ、そういう関係であることは否定しません、という内容になっている。まあ、同居していて一緒に家具屋に入る仲を婚約している、というのじゃないのか。
「反連邦活動が盛んな場所では、たとえ商店街であっても無用なトラブルに巻き込まれることがあるから気をつけましょう、って結論の事故監察報告書が一本出来るだけじゃないのか?」
それから固有名詞に意識を向ける。本人の…マチダ・ケンタ少尉(20)におとがめはないだろう。怪我はしたが、それは婚約者の…マチダ・サトコさん(16)を守るためであるし、過剰な暴力はふるってはいない。士官学校から着任して間もないという事は、地元に良くなじんでいなかったという事だろう。師団軍法会議の法務官がよほどひねくれ者でなければ、軍法会議にかけられることもないだろう。とすれば。監察の報告書にちりばめる形容句になんだ、着任後は地域の不穏当な箇所について早目に知見を付与すること、と言う語句が入るくらいか?20で少尉と言うことは、かなり優秀なんだな。これで士官学校の成績が優秀なら、隊付が終わったあと国防省に引っ張り上げるか?
それにしてもマチダ、マチダともう入籍しているのか?いや、遠縁くらいか。20で現場出てそうそう16歳の婚約者と言うことは、士官学校前から結婚を約束するような名家なのか?ん?マチダ?
マオ中佐は、マチダ少尉の身上調書をポップアップした。人事秘密、人秘箇所を除いた氏名、年齢、顔写真くらいしか表示されない。どこかで似たような顔を見たことがあるが、何だろう。人事の知り合いにでもランチ一回で教えてもらえるかな。
「どうした、これがわざわざ人事の局長案件になる理由は?マチダ局長のお孫さんとでも言うのか?」
スミス少佐の黒い顔から白い歯が見える。人の悪い笑顔だった。
「当たらずとも遠からず、この少尉、マチダ局長のお兄さんのお孫さんです。あのマチダ一族の直系バリバリ後継者ですよ。もう一人の婚約者ってのもこの前退役したマチダ・ヒロシ大佐の長女です。やはり、局長の甥子さんの娘さんです。IMF案件です。」
軍の重要人物の家族にかかる問題、それも人事局長の甥の娘ときたか。
「人事も大変だな。」
総務課の補佐は何と説明するのだろう。
「ええ、副監察官も同席を求められているので同席をお願いします。朝の定時報告となりますのであと10分ほどで呼び出しがかかるはずです。」
「使えるな。」
お兄ちゃんには悪いが、この状況は利用させてもらうよ。この状況を利用できないか、と短いテキストをつけ連邦保安省謀略局長へ概要を転送する。
マチダ人事局長は、連邦保安省次官を座長とする秘密研究会の一員だった。
でも、お兄ちゃんが悪いんだぜ。ウチの可愛いひとり娘がカズトシ君に惚れているのを知っていたくせにカズトシ君が戦場で出会った下士官との恋愛結婚をするのを止めないなんて。そりゃ、戦場は昂ぶるのは分かる。経験しているから。そして、それに流されて結婚したといえば、カズトシ君と同じだ。でもまあ、なんだ。こちらは、昂ぶったとはいえ、上官と結婚したぞ。10歳も年上だったが。あの昂ぶりは何だったんだろう。まあ、カズトシ君は早くに異星人相手の秘密作戦で命を落とすことになったから、結果として娘を泣かさずにすんで良かったけど。そもそもカズトシ君がウチのミハルとさっさと結婚していたら、あんな最前線に行かなくて済んだのに。
「局長、来春の定期異動のご相談が。」
ノックに応じ、意識を来春の定期異動に切り替えると、網膜と指紋によるセキュリティチェックを済ませ、ファイルを開く。結局、ミハルの旦那選びは間違ったかな。ファイルに載る娘の配偶者の名前を素早く見つけ、心の中でつぶやく。カズトシ君を忘れられなかった娘は、似た雰囲気の士官と恋に落ち結婚した。ただ、カズトシ君と同じようにあまり世渡りは上手ではないようで、まだ少佐でくすぶっている。自分もそろそろこの人事局長のポストから離れることだろうから、手を差しのばすことも出来なくなる。今回が最後のチャンスかな。
「今回の佐官級の異動ですが…」
お兄ちゃんの艦隊陸戦隊に行かせ、箔をつけさせようかな。赴任旅費も今年度はまだ余っているはずだから、来月あたりに強引に動かすか。うまくいけば今度のことで箔をつけることができるはずだ。せめて大佐くらいで退役できるようにしないと。それでもヒロシ君のように苦労しないといけなくなる。せめて将官で退役しないと、世の中世知がないものな…




