2-7 強盗
恒星暦567年11月20日 地方暦57年1月20日夜
惑星メダリア 自治都市メダリア 商店街区画
困ったなあ。
もう少し楽しい時間を過ごすつもりだったのに。サトコちゃんに手荒な所をみせたくないんだけどな。逃げられないかな。場所も悪い。一応、監視カメラで一連の動きは記録されているだろうけど、サトコちゃん怪我させるわけにもいかないし。でも、この段階ではサトコちゃんも警察呼べないよな。
一発殴られて正当防衛、ってのはどうだろう。痛いのは嫌だけど、歯とか折られ、急迫不正な侵害へやむを得ず、という感じで。再生は痛いが、二、三本折られたら。一発じゃ足りないかな。小突かれるくらいで動くのはまずいよな。
でも、一番良いのはやり過ごすことなんだけどな。サトコちゃんをずっと守ることは出来ないから、とりあえずこのチンピラどもが次の標的を見つけるまで逃げ、時間を稼げたら一番なんだけど。まずは記録か。
眼鏡型携帯情報端末を記録モードにする。これで一連の行動は記録され、何かあったときに証拠となる。憲兵隊にお世話になることになりそうだが、不可抗力だ、と証明できるに限る。軍法会議はまっぴらだった。
「サトコ、離れるな。」
心のスイッチを一つ切り替える。靴を履き替える前で良かった。鉄芯入りの靴を履いた足は、十分兵器となる。いや、機動歩兵隊勤務の士官学校出身者を舐めるなよ。
「サトコちゃんって言うんだ、僕たちと遊ぼうよ。」
語彙が貧弱な連中だ。声も不快感しか覚えない。先制攻撃出来たらどれほど楽なことか。でも、それだと軍法会議ものだし。
「行こう。」
監視カメラがもう少し近くにある場所に移動して、防犯システムの異常検知アラートが反応するくらいの状況にならないとね。お巡りが来てくれたら、血圧が上がる程度ですむんだけど。
ケンタは、サトコの手を引いて歩き出す。案の定、すぐに周囲を囲まれる。
「どいてくれないかな。」
サトコに手を出した瞬間、こいつらを制圧するとしよう。だが、その時彼女との関係は憲兵隊にどう説明する?
案一。一緒に買い物にいった親戚が不良に声をかけられました。弱い。君がターゲットじゃないなら、君が警察を呼べば良いじゃないか、本当に彼女はそいつらの知り合いじゃなかったのか。
憲兵隊に言われそうな台詞を思い浮かべるとケンタは、案その一を却下した。
「何だよ、連邦の狗には用はないんだ、俺たちはこの子に用があるんだ。」
案二。サトコを置いて逃げる。自分は逃げ切れるが、サトコはひどい目に遭う。まず叔父の家から追い出されるだろう。憲兵隊に知られることはないだろうが、それ以前に自分は自分を人間として許せなくなる。
案二も却下とすると…
「無理だね。僕の婚約者に手を出すのは止めてもらおう。」
これだ。これなら、サトコとあとで口裏さえ合わせられたら、サトコに手を出した時点でこちらは反撃できる。婚約者に手を出された連邦士官が暴徒に少々の反撃をしても許されるはずだ。ケンタ自身が小突かれても手は出せない。しかし、守るべき婚約者の少女に手を出された段階で少々手を出しても許容されるはずだ。あとは段階的に…
「ちょっと、ケンタ君!」
「サトコ、話はあと。今はその時期じゃない。」
ケンタは短く言うと、サトコに手を出してきた男の手をはじいた。
「君らは連邦の狗、と僕を呼ぶからには、僕が誰か分かって手を出しているんだよね。」
頭が冴えてくる。早く手を出してこい。
いや、婚約者って何よ。
こんな状況じゃなければ、ケンタ君をは叩いていたはずだ。何らかの意図があって勝手に自分を婚約者、と言ったのだろうと想像はつく。でも、でもね。家具屋に一緒に行っただけで婚約者、と言われるのは。まずは付き合って、もっと遊園地でのデートとか色々して…そもそもプロポーズだってされていない。
とはいえ、絡んできた連中の一人が手を出してきた瞬間、ケンタ君が守ってくれて助かった。警察に早く連絡をしないと。でも、片手がまだ塞がっている。
「んだよ。やんのかよ。」
「繰り返す、君らは僕が連邦軍の士官だと分かって、手を出しているんだよね。」
ケンタ君の口調は何か変だ。顔も笑っている。何か楽しそうだ。
「それがどうしたんだよ、んなこと知っているさ。ぶっ殺すぞ。」
ケンタ君がますます楽しそうだ。でも、目が笑っていない。見上げた従兄の顔は、何時もと同じ顔立ちのはずだが、全く別人のようだった。何か怖い。
「もう一度言うよ、君は連邦軍の士官とその婚約者の進路を妨害し、暴行を加えてきているんだよね。そして殺すとすら口にして脅迫してきている。」
わざわざキーワードを確認するように警告するケンタ君の口調は、本当に楽しそうだった。そんな話かたをしたら、この人たち逆上して何をしでかすか分からないのに!
喚き声のあと鈍い音がした。一人が叫びながらケンタ君にチェーンでいきなり殴りかかったのだ。痛そう!
「殺してやるよ、そして連邦に股を開いた女をお前の前で犯してやる。」
一番後ろに立っていた同級生がポケットから光るものを取り出した。ナイフだ。警察を呼ばないと。殺されちゃう。
「ケンタ君!」
サトコは手を振り払うと、個人用携帯情報端末を取り出し、緊急コマンドを入力した。
チェーンで殴られたのは痛かった。でも、耐えられない痛みではないし、骨が折れたわけではない。仲間の一人がナイフを取り出した。保護対象への暴行、殺意の表明、保護対象への攻撃宣言。そして兵器を用いた殺意をもった攻撃意思の表明。これでもう十分だろう。隣ではサトコがタイミング良く手を放してくれ、殺されそうだと警察を呼んでくれている。近場の警察車両が到着するのに短くて3分、長くて5分という所だろうか。
「殺してやる!」
いや、君ら短絡的過ぎるでしょう。ケンタは、優先攻撃目標の右膝を軍用靴のつま先で蹴りつけた。棒立ちだった男の膝に前方からの衝撃が加わり、続けてつま先を思い切り踏みつけられ、掌底が顎先に命中する。一歩踏み出し、チェーンの男の両目に指を突っ込む。巡航艦ジノシマの医療室がなければ、格闘訓練で何度失明したか分からない、えげつないが効果のある攻撃だった。続いて大きく足を踏み出し、ナイフを取り出したは良いが次ぎになにをするか分かっていない少年の顎に回し蹴りをする。鉄芯入りの爪先が顎に当たり、顎が大きくずれた。
「君、まだやるかい?」
あと一人は、ナイフを取り出すと棒立ちになっていたサトコの後ろに回り、刃を首筋にあてた。サトコが崩れ落ちそうになり、刃が白い肌に食い込む。
「君。」
ケンタはゆっくりと近づいた。一撃の間合いだ。相手は浅黒い顔に恐怖を浮かべている。
「これ以上寄ると、こいつを殺すぞ。」
ここから先は機を待つしか無い、相手は恐慌に襲われている。
サトコは、信じられなかった。ケンタ君の手により一瞬で3人が崩れ落ちたが、その間にナイフを首筋に突きつけられたのだ。冷たい刃を首筋に感じると下半身に生暖かい液体が広がった。恥ずかしい、という認識も持てなかった。
「でも、君も動くなよ。サトコに傷一つつけてみろ、この3人をうらやましいと思うような状態にするからな。」
そして、ケンタ君は、私の目を見てゆっくりと言った。
「サトコは僕が絶対に守る。あと3分で片がつくから、僕だけをみてもうちょっと我慢してくれないか。」
でも怖い。刃先が首筋から離れるのが分かる。
3分も我慢できない。今すぐ助けて、ケンタ君。
ケンタは、サトコの表情を確認すると、感情の赴くまま咄嗟に戦術を変えた。踏み出すと左手でナイフの刃を握りしめた。刃を引かせると指が切れるかもしれないが、切り落とされた指は接合するか、最悪再生させれば良い。サトコが傷つくよりよほど良い。もう片方の手でサトコを男からひき放す。左の手のひらと何本かの指に熱い痛みを感じた。男はケンタから二歩後ずさり、ケンタもサトコを男から引き剥がし後ろに移動させた。
指は落ちていないようだったが、痛い。サトコちゃんには悪いが、感情に支配されず、見栄をはらずにやっぱり3分待ってもらえば良かった。痛い。病院に早く行きたい。防刃手袋をつけておけば良かった。でも、それだと今日サトコちゃんの手を握れなかったか。やっぱり痛い。血が垂れている。こいつがかかってこない限り、手を出すのは止めだ。
ふたりがにらみ合っている間に、警察車両が到着した。警察官の説得に応じ、男は、ナイフを手放した。




