2-5 環境
恒星暦567年1月20日
惑星メダリアを取り巻く環境
自治都市メダリアは人口350万人を数える惑星メダリア唯一の大都市だった。衛星都市として人口2,30万の都市が幾つかある。しかし、600万人を数える惑星住民の中では人口350万、という値は圧倒的な力を意味する。
350万人のうち、20歳以下60万人、20、30,40,50代がそれぞれ50万人、60代が40万人、70代が30万人、80歳以上が20万人ほどいる。20代から60代までの労働人口にどう仕事を与えるかが歴代自治都市の問題だった。
このため、失業対策もあり、自治政府軍の拡張を進めている。連邦軍が建前上対異星人への備えであるとすれば、自治政府軍はそれを補助する存在。連邦軍に比べれば装備は劣るが、連邦補助金により4個機械化旅団、1個砲兵旅団、2個防空旅団、4個防空航空連隊ほか合計で6万人を数えていた。彼らは、異星人が人類種の生息域を脅かす、となれば自らが住む地上世界を連邦軍の支援のもと一緒に守ることが期待されていた。ただし、平時においては自治政府の指揮下にある。
さらに自治政府は、治安維持のための警察旅団を2つ保有している。警察分署が警察半大隊だから、12の警察分署1万人の警察官が街の治安を守っているはず、だった。市役所職員を含めると、住民の40人に1人が公務員となる。
一辺境惑星の自治都市としては、過剰な軍事力だったが、軍の整備による失業者対策、工業力強化、過度な移民政策による人口増を通じ、自治都市メダリアは惑星メダリアの工業化と連邦自治惑星化の早期実現を狙っていた。連邦自治惑星となれば連邦高等弁務官事務所はその統治権を失い、純粋な連絡機関となり、住民自治が実現する。惑星の工業化がすすめば、軍関係以外の就職先を住民が見いだすことが出来る。そのバラ色の未来の中心に自治都市メダリア、いや、そのときには首都メダリアが位置することになる。
反連邦主義を掲げる革新市政権は、住民の支持を得るべく、2年前、さらに軍備の増強を図った。平時の充足状態だった自治政府軍の充足率を高め、即応弾薬数を増やしたのだ。周辺の衛星都市の警備隊が予備役を含めて1000人ほどがせいぜいだったから、目立ちすぎた。
今年に入り連邦高等弁務官事務所の財務担当が革新市政権の代表的人物と会食を取った際、そんなに軍事力を整備してどうするんだ、と質問したという噂が流れた。その噂の中では、代表的人物は、冗談めかしてあなたたちをこのメダリアから追放し、独立政府を作り、異星人と独自に平和条約を結び、その技術と資金を用いてこのメダリアを発展させるるためだ、と答えたという。その噂にはさらに続きがあり、そう答えたのは市長自身、という笑えない話があった。どうも「独立に付随する責任に適合しておらず、支持される自治にはさらに適合していない。」と報告書に書かれたことによほど根を持っているという話であった。そんな恥辱を与えた連邦政府に比べれば、まだ知らぬ異星人どもと連携を図った方がまだましである、という論だ。
連邦高等弁務官事務所では、夢想主義者の暴走の可能性も否定できない、という報告書を拓殖省に提出していたが何故か相手にしてもらえなかった。
そんなメダリアを監督する連邦政府は、人類種の保護と発展を目的に存在している組織だった。究極のところ、人類種生息域の防衛が出来れば良い。現に異星由来生物に対する人類種の生存を賭けた闘争を行ったことも一度や二度ではない。そもそも連邦政府の創設は、異星人の人類種領域への侵略に当時太陽系と周辺恒星系に散在していた主権国家群が主権を返上し連合して対処したことが起源なのだ。
人類種保護のため大の虫を生かして小の虫を殺すことも認められる。だから、非地球起源寄生生物により惑星が汚染されたという非常時にあっては、人類種の保護のため、汚染された惑星を二つ破壊することをためらわなかった。異星人との戦いに老若男女区別無く10億の命が失われたとしても、1000億以上を数える人類の生息域を断固守るため、さらにもう10億の血を宇宙にまき散らすことを許容した。
その連邦政府は、人類種生息域においてある課題を発見し、それにどう対処すべきかという問題を解決するために建国以来悩み続けていた。
直近では200年前の異星人との闘争に勝利した結果、人類種は、自分達の生存を脅かす存在が当分存在しないことを良いことに、連邦に人類種の保護と発展以外に注力することを、より求めだしたのだ。実際は敗北しなかった、という表現が正しかった200年前の異星人との闘争を勝利、という表現で糊塗したために症状悪化が進行した副作用だった。
軍の予算は絶対的に減少し、人類種存続のための各惑星系への入植のための補助金枠が拡大したが、それは本来の健児育成のためではなく、本来の趣旨の周縁部の目的で使われるようになった。50年続いた戦争により疲弊した民力を回復するため、という諸政策の前提は、50年も経たないうちに忘れられた。
一方、200年前に和議を結んだ異星人達は、その長命さからか、自分達の生存域拡大政策が人類種という(彼らからしたら)劣等生物に妨げられたことを忘れていなかった。少なくとも異星人達の中に駐箚する外交官達は、そう報告し続けていた。連邦軍も異星人と領域を接している部隊では特にその認識を共有していた。
異星人の工作を妨害するため、秘密作戦が行われたことは一度や二度ではなかった。宇宙海賊に供与される異星人由来の資機材輸送路を断つため、1個戦隊を失ったことも珍しいことではなかった。公式には数年に一度発生する空間跳躍の失敗や事故による連邦軍の損害発生は、字義通りということは滅多になかった。公式に発表される宇宙海賊との交戦による損害も馬鹿にならない。それ程までして人類種生息域を連邦は守り続けている。しかし、先の異星人との闘争に勝利した、という幻想による弊害は連邦軍の努力だけでは治まらない段階に近づいてきていた。
人類種生息域が今も脅かされており、それへの対処が連邦として優先される、という事を人類種生息域にどう再認識させるかが課題だった。一旦連邦政府を解体し、人類種生息域を守るための政体に再構成するという案すら3年前に秘密裏に検討されたこともあった。そんな事をしたら異星人どもは即座に講和条約を破り、複数方面から人類種生息域を蹂躙し、10年も経たずに人類種は絶滅されるか奴隷化されるだろう、というシミュレーション結果が提出され、別の案が検討されることになった。
もし惑星メダリアの自治惑星化する目的が、人類種発展のため、という建前であれば連邦はそこまで惑星上での活動に関心を持つことはなかった。350万人の人口から6万人の兵力を捻出し、異星人との戦争に備えることについて、連邦は否定していない。むしろ、補助金を出しその姿勢を評価している。ただ、その軍備整備の目的が異星人との戦争ではなく、人類種存続のための組織である連邦への反抗、となれば話は違ってくる。さらに、革新政権が、異星人との融和を唱えるとなるとそれは許容の範囲外となる。幾ら異星人との勢力境界付近から遠く離れた辺境惑星系といっても、座視できなかった。腐った林檎は早期に排除しなければならないし、パンに生えた青黴はさっさと炎で処理してしまわなければならない。何より、異星人どもの腕は信じられないほど長いことを、連邦政府の首脳部とそれを補助する実務者達はよく知っていたのだ。
人類種生息域が今も脅かされており、それへの対処に連邦は手段を選ぶことはない。そろそろ人類種が如何に危険な世界の中に生存を許されているか認識させなければならない。革新政権の無邪気な発言は、相当な深刻さで連邦政府中枢に受け止められていた。
「問題は、どうやって連邦市民以外の人類種に問題と我々の決意を認識させるか、だ。」
秘密研究会で座長を務める連邦保安省の次官の言葉が連邦の悩みを要約していた。連邦市民以外の人類種は、自分達が連邦に守られていることを認識できておらず、連邦という傘に穴が開いた、または傘が折れた場合、どのような被害に遭うか想像も出来ていない。
「20億の血を再び流すことは出来れば避けたい。」
必要とあれば再び20億の血を流すことも厭わない、という姿勢を言外に示しながら次官は言葉を続けた。
「このままでは、20年以内に異星人どもは講和条約を破り人類種領域への侵攻を侵攻を再開する。200年前の恨みをエルフどもは忘れていないのだよ。我々にとっては遠い祖先の話だが、彼らにとっては自分事だ」
長く尖った耳を持つ長命の異星人の蔑称を次官は口にする。彼らの自称は人間には発音が難しすぎる。
「我々は、それまでに人類種領域全域に連邦が人類種の保護と発展のために存在していることを再認識させなければならない。そして、エルフどもに講和条約を破らせる隙を見せてはならないのだ。」
若かりし頃異星人との秘密作戦で下顎を失ったため、下顎再生後も微妙に肌の色が違う次官は、参加者を鋭く見回した。
「そこで参加する諸君らに実行可能なアイデアを3ヶ月以内に求めたい。そして今年中にその実施と一定の成果を求めたい。我々は200年の平和を守ってきた。せめてもう200年、この平和を守るために必要な措置だ。そのためなら繰り返す。20億の血を再び流すことは出来れば避けたい。」
諸君らの建案に期待する。次官はそう言うと挨拶を終えた。




