話が通じない人にそれを理解させるのは苦痛を伴う
暴言、暴力の表現があります
「――――それが我々にどのような関わりがあるのでしょうか?」
領主に召集されたという緊張感に満ちた場だというのに、話している男性には余裕が見受けられる。これからなにが起こるのか理解していないんだろうか。
「ほぉう、娘が嫁いだ婚家の親族が行方知れずというのに、そなたには関わりがないと言うのか?」
「そうは申されましても、一度会ったていどですからな。我が娘も嫁いで十二年、こちらには帰ることもないのですよ。跡継ぎが亡くなったいまは、孫に婿入りする公子の選定で慌ただしいのです」
向かって中央よりやや右にいる男性は伯爵邸で見たから、当主のディエゴ・ロルダン伯爵だな。隣にいるのが夫人で、その後ろにいる男の子が嫡男だろうね。
この人たちはみんな金髪碧眼だった。夫人もそうだから、なにかこだわりがあるのかもしれないな。もしかしたら親族同士で結婚したんだろうか。それくらい美形だけれどちょっと濃いめの顔立ちをしている。
伯爵は五十代くらいの中肉中背な人族の男性で、だいたい百七十センチくらいはありそうだ。夫人はそれよりも十センチほど低いように見受けられる。
息子は父親よりもやや背が高いようだが、それでも百八十センチはないようだ。
第一印象では十代前半だと思ったが、立っている姿は成人である十六才を超えているように見えなくもない。
両親に似たのか顔立ちは華やかだが、細身で顔色もあまりよくないせいか、やや頼りなく感じた。
さらに右側、入り口付近の壁際には二人の男性騎士が立っていて、こちらに近いところに魔術師の女性とミリアムと呼ばれていた侍女が控えていた。
「やっぱりあの侍女を同席させたんだね」
「子爵邸を囲んでいたならず者たちを拘束したあと、子爵と家人をこの領主館に案内するため、部屋に迎えに行ったのです。その際なにを思ったのか、主の寝室にある飾り棚に炎の魔術を放っていたので拘束しました」
「思った通りですか」
「ええ」
まるで困っているかのようなエルバさんをちらりと横目で見ると、ふんわりと微笑まれてしまった。
報告したとおり、その飾り棚には隠し扉があって、彫刻の部分を一定の法則でスライドさせると開く仕組みだった。それは寄木細工のからくり箱に似ていた。
そこに宝石箱をしまうのを見たので、結界を張って開かないように、壊されないようにしたのである。
侍女は騎士の姿を見て証拠隠滅をはかったのだろうが、そうは問屋が卸さないのだ。
そして左側の壇上にある椅子に座っているのが、領主であるレオナルド・アルベルダ公爵か。
先王を見たことがないけれど、国王陛下よりも王弟であるオルランド様の方が似ているね。つまりこちらも筋肉だ。
オルランド様が壮年の筋肉偉丈夫とすれば、コンバの領主は初老に入ったばかりの年代物の筋肉だよ。
隣に立っている文官の男性のほうがほっそりして見えるくらいだ。
まだ六十歳は迎えていないと思われる公爵の金茶の髪には、少しだけ白いものが混ざっているが、前とサイドを後ろに流した襟足までの短めの髪は、部屋の照明を受けて緩くカーブを描いているのがわかる。
王家の血筋には天パが多いんだな。
鼻の下には髪よりも若干濃い色の髭がたくわえられていて、それがより威厳ある風貌に見せているようだ。
目じりにあるシワも相まって優しげに見えるオリーブ色の瞳は、いまは厳しく壇の下を見下ろしている。
オリーブ色の瞳は、この国ではそれほど珍しくはないね。
「それを決めるのは現子爵であろう。そこにいる次男のエクトル卿が爵位を継ぐ可能性もあるのではないか」
「それは良い。嫡子が亡くなったときに、弟が兄の妻を娶ることは珍しくもない。孫の成人を待たずともすむ。トーレス卿、それで良いな」
そう伯爵に言われた子爵はしばらく沈黙したあとに、伏せていた顔をあげて領主に向かって口を開いた。
「恐れながら閣下に申し上げたいことがございます」
「聞こう」
「二の月に亡くなりました我が息子には妻がおりまして、その子が十になりました。その子を跡継ぎにと考えております」
「なんだと! 我が娘がありながらなんたる侮辱!」
「ロルダン卿よ、そなたの娘であるが、妻としてのつとめを疎かにしておるようだのう」
「なっ、なにを!」
「そなた、娘の姿を見て眉をひそめるものがいないと思うのか?」
「それは!」
「聞けば夫が亡くなって、まだ三月というではないか」
領主様が伯爵にそう言うのは当然のことだと思う。
レオナルドさんの義姉は、きょうは薄桃色のドレスに真っ白のレースでできたケープを重ね、髪も華やかに結い上げているのだ。
トーレス子爵の一家、つまり当主とその夫人、そしてレアンドラさんの夫であるエクトルさんたちは紺色がベースの暗い色を身に付けている。
これは喪に服すための装いなのだから。
今朝レアンドラさんに、ディオ君の着替えを渡したら、昨日と同じ服をそのまま借りたいと言われてしまった。
理由を聞けば、私が持っている服のなかでサイズが合って色も濃いのは、ディオ君がいま着ているものだけだと言う。
たしかにクローゼットの中身は男の子用でも鮮やかな色のものが多いし、刺繍も細やかだ。
これはウィル様が孫を溺愛する祖父のように、私の生活が不自由しないようにと、心を尽くしてくれたからに他ならない。
そういうことなので、レアンドラさんに贈った藍染のローブも、虫除けや日除けの効能より、その色であることを感謝されたくらいだ。
義理の妹という立場のレアンドラさんが、夫の兄であるセサルさんの急死を悼んでいるのに、その妻であるドロレスさんが薄桃色のドレスを着ているのだから、顰蹙を買うのは必然だ。
「わたくしの夫はエクトル様ですもの。美しく装うのは当然です」
伯爵家の人々が気まずいような顔をしているのも構わずに、ドロレスさんが突然その口を開いた。
その発言に眉間のシワを深める人が大量発生している。
「うわぁ~。やっぱり義姉はヤバい人だよ。領主の前でもこんな態度か~。アルトさん、周りの人たちも顔をしかめていますよ」
隣の部屋には十人以上の騎士と文官が配置されているのだ。
「あれはダメだろ。発言の許可も求めずに、身分が上のものの会話に割り込むとはな」
アルトさんはそう言うが、私も王宮で失態を演じているので、もっか滝汗状態だよ。やっぱり発言の許可が必要なのか。
「アリ殿は管理者ですから、そう青くならずともいいと思いますよ」
レアンドラさんがそう慰めてくれるけど、王宮では無礼なヤツめって思われていたら嫌だなぁ。
「ロルダン卿よ、そなたは娘の教育を怠ったようだな」
「わたくしたちには子もおりますの。かわいい娘です」
人の話を聞けよ! そしてその子がここにいない理由を考えもしないんだな。要らないと言った口でよくそんな嘘がつけるものだよ。
「お前はなんということをしてくれたんだ! その口を閉じていなさい!」
「そんなことをおっしゃるなんて……そもそも、お父様が間違ったのですよ、わたくしはエクトル様の妻になるはずでしたのに、その兄の名で婚姻の申請をしたのですもの。その間違いは正されませんと」
「お前はそこまで愚かなのか、姉二人とは大違いだ。格下の子爵に娶らすのだぞ。嫡子以外などありえんわ!」
「静まれ! そのようなことはのちに親子二人で行うがよい。ここはエクトル卿の妻である、レアンドラ・トーレスの誘拐についての裁決の場である」
「それが間違いなのですわ。エクトル様の妻があのような獣のはずがありませんもの」
自信たっぷりにほほえむ義姉に嫌悪感から鳥肌が立つ。そして話が通じないことに吐き気をもよおした。その存在自体が気持ち悪い。
「レアンドラさん、あの人は頭がおかしいんだ。聞くに耐えない愚かな発言をレアンドラさんに聞かせたくないよ」
「アリ殿…………。実はあのようなことは何度も聞かされているのです。ディオが産まれたときは特に酷かった」
悲しそうなレアンドラさんにかけることばが見つからない。さっさと問題を片づけて、エクトルさんにギュッと抱きしめてもらえばいいんだよね。
アルトさんは、そんなレアンドラさんの肩に腕を回して慰めている。
「ほう? 獣とな?」
「そうです! 誰の子とも知らぬものを孕んで、わたくしの夫を騙したのです。あのような女は罰を受けるのが当然ですわ」
「いったいどのような罰を下すというのかね?」
「そのような女は、二度とふしだらな行いをしないように幽閉すべきです!」
領主の質問を自分の都合のいいように解釈したのか、義姉は魔女のような禍々しさで薄笑いを浮かべると、レアンドラさんがその罰を受けるのが当たり前であるかのように言い切った。
「なるほどのう。そなたはそのような罰がふさわしいと考えるのか」
「エクトル卿よ。そなたはどう思う」
「はっ! 私の妻はレアンドラのみです。ほかのものを妻にするなどあり得ない。産まれた子も間違いなく私の子です」
エクトルさんは領主だけを見て、兄嫁をあえて視界に入れないようにしている。
どう見ても忍耐の限界だろう。目の下には黒々とした隈が居座り、痩せているというよりは酷くやつれていた。青みがかった髪色のせいか、血がかよっているようには思えないくらい青白い肌をしている。
「エクトル様は騙されているのです。あなたの子を産んだのはわたくしですもの」
「ではそなたは姦通の罪を犯したと言うのだな」
「なにをおっしゃるのですか! いくら領主といえども無礼です」
「もうよいわ。そなたの話は偽りでしかない。あれをもて」
領主の指示で部屋に運ばれたのは、義姉の部屋にあった飾り棚だ。それは数日前とは違って、あちらこちらに破壊の跡が残っていた。
「この棚はそなたのもので間違いないな」
その問いに答えるものはいなかったが、領主は気にせず隣にいる補佐官に指示を与えた。
動いたのは部屋の後方にいる騎士で、侍女を前方に連れていった。
「このものはそなたの侍女であるな。この飾り棚を壊したのはここにいる侍女だが、なぜそのような行いをしたのであろうな? 主の持ち物を故意に壊すなど、どのような罰を与えればよいものか……」
「この棚は壊れてしまいましたので処分したのです。このものに罪などあるはずもございません」
「ほう? 調べによると、そなたが犯した罪の証拠がこの中に隠されていると聞いたのだがな」
「お待ちください! 娘がなにをしたというのです!」
「そなたも聞いていたであろう? 義理の弟への異常な執着を。そしてその妻に対する憎悪をな。そなたの娘はレアンドラ・トーレスの殺害を企てたのだ」
「まさか、そんな……」
「ロルダン卿よ、そなた歓楽街に親しきものがおるようだな。そのものたちは騎士団によって拘束した。証拠の品もすべて揃っておるぞ」
「そのようなことは存じません。獣がいなくなったところで、困ることなどありませんもの」
震えている父親はまだマシだったのか、義姉はどこまでも厚顔無恥だった。
「先ほどから、けだものと申しておるが、それはレアンドラ・トーレスが獣族であるからか?」
「人の夫を掠めとるなど、畜生の行いですわ! 獣族など卑しい血が流れているからでしょう」
「ロルダン卿。そなたの娘は貴族ではないな」
すべての獣族を差別する発言に、領主が憐れみの目を向ける。
「これは伯爵家のものではない。すでに嫁いだものですので、いかようにも罰していただいて構いません」
「我が娘と呼んでいたものを切り捨てるか」
清々しいほどあっさりとトカゲの尻尾切りをしたね。上の娘二人は結婚しているし、跡取り息子もいる。だから問題がある三女は、初めからいなかったことにしてもいいと思っているのか?
「お父様!?」
「そなた、王都の学舎で学ばなかったのか?」
「わたくしはそこでエクトル様と出会ったのです」
そんなことは聞いていないのに、驚くほど夢見がちな答えだなぁ。エクトルさんも災難だよね、こんな人に目をつけられて。
「愚かなことだ。この王国を治める国王陛下には獣族の血が受け継がれておる。それを知らずに獣族を貶めるか。そなたはなにも学ばなかったのだな」
領主は胴に巻かれていた帯のようなものをずらすと、その下から黄金色の房がついた尾が現れた。
「そんな、まさか」
「先の王は人族であるが、我は獣族。我が名、レオナルドとは獅子を意味しておるのだぞ。我はそなたが貶めるレアンドラ・トーレスと同じ獅子人である」
そう宣言すると、領主はこちらに視線を向けた。私たちがここにいることが伝わっているらしい。
「皆さん、隣に移動しますよ」
「はい!」
さて、直接対決か。私はローブのフードを深く被り直すと、顎の先だけが見える状態でアルトさんの後ろに続いた。
エルバさん、レアンドラさん、アルトさん、そして私だから、完全にアルトさんの陰になっている。
離れるのを嫌がるネコたちは、レアンドラさんが厳しく命じると、拗ねたようにソファで丸くなった。
騎士から扉を開けてもらったエルバさんは部屋の中央を進み、伯爵家と子爵家を隔てるようにそのあいだで立ち止まった。
私の左側には子爵とその夫人、そしてエクトルさんがいる。彼はレアンドラさんの無事を確認するや、震えながら涙を堪えていた。この場でなければすぐにでも抱きしめたいのであろう。
レアンドラさんはその姿に苦笑ともとれる微笑みを浮かべていた。
一方、右側には義姉のドロレスさんとその侍女のミリアムさんが前後に並び、少し離れて伯爵家の三名が立っている。
ドロレスさんの憎しみがこもった視線は、まっすぐにレアンドラさんをとらえていたが、アルトさんが身体をずらすことで、それを遮った。
「まずは無事な帰還を嬉しく思うぞ。そなたが行方知れずとなって、夫の心労は尽きなかったであろう。そしてアルベルト卿よ、我が名をかたりその身を唯一の妹から離した輩は、すでに捕らえておる。そなたには身分が上のものからの申し出を断る権利を与えよう。これは甥にも話をとおしておることだ」
「運よく力ある魔術師殿の助けがありまして、我が子二人も無事に戻ることができました。神の采配に感謝をしております」
「もったいなきお言葉。感謝いたします」
兄妹は揃って頭を下げた。これでアルトさんに無理な指名依頼はできないね。甥ってことは陛下ってことだもん。
それにしてもレアンドラさんに感謝されるのは嬉しいけれど、神様の采配なのかなぁ? プリ先生が気づいたんだから、神様のおかげと言えなくもないのか。なんだか腑に落ちないね。
「ところでその魔術師とは後ろにいるもののことであろうか?」
「はい、小柄ながら驚くべき魔術を用いて、私たちを救ってくださいました」
「魔術師殿。前に来てくださらんか」
「はい」
私は両側からの視線を一身に集めながら、領主の前まで進んでひざまづいた。
「魔術師殿に頼みがある。この飾り棚には悪事の証拠が隠されておるのだが、どうやら固く封印されておるようだ。そなたの力で解除することはできぬであろうか?」
私は大げさな身ぶりで飾り棚の前に進むと、考え込むようようにその棚の周りをくるりと一周した。
フードの下からあたりを見れば、ドロレスさんとミリアムさんの口の端がやや上がり気味だった。自分たちではどうすることもできなかった結界を、私が解除するのは不可能だと考えているのだろう。
「閣下、たしかにこの中からとてもよくない魔素を感じます」
まばたきを繰り返すと領主もそれに応え、騎士の配置がゆっくりと移動していく。
「それと同じ魔素がこの部屋にいる人物から漂っているのですが……」
「そうか、それは誰であるか?」
私は振り返りドロレスさんをまっすぐに見た。そしてその首のあたりを指して、魔素を解除するもののありかを示したのである。
「あの女性の首から発せられております」
「嘘です! そのようなことはありません」
「それはすぐにでも判明するであろう。その首にあるものを見せてみよ。渡さぬと言うのならば、それはそなたが犯人だという証でもある。飾り棚を開けるまでもなく、そなたを罰すればいいのだから」
「お嬢様はそのようなことはなされません。そんな生まれも卑しいような、怪しげなものの言うことを信じるなど! お嬢様は一途にエクトル様を愛しているだけなのです。それなのに不幸にもその仲を引き裂く愚か者のせいでともに過ごすことができずに。あぁ、おいたわしい。もとはと言えば、その目障りなメス犬がうろついたのが悪いのです。そのようなアバズレなど死んで当――」
「アンタ、いいかげんにしなよ! そのろくでもない口を開くのをやめろ!」
殴ってしまった……。私はこんなことで暴力をふるう人間ではないと思っていたのにな。
「なんて野蛮な! なにをしているの! このものを捕らえなさい」
「そなたはなんの権限があって騎士たちに命令しておるのだ。その侍女は男爵家の娘と聞いたが、礼儀作法は平民以下ではないか。魔術師殿よ、構わぬ。あれの首から取るがよい。逆らうものは拘束せよ!」
私はそのことばで動きだし、目の前の女性からネックレスをむしり取った。この人にはもうなにを言ってもムダだな。敬称をつけるのも煩わしい。
「閣下。これは鍵にございます」
この部屋にいるすべての人に見えるように、細い鎖から下がる銀色の小さな鍵を掲げた。
「魔術師殿よ、では棚にある封印は解けるのだな」
「もちろんでございます」
私は前に出てきた補佐官にその鍵を渡すと、すぐさま領主のもとへと届けられた。
私が小細工をしたと疑われないように、宝石箱を開けるのは領主に任せたのだ。
飾り棚の一部は焦げつき、上部は破損していた。美しい装飾だったのにもったいないことをするものだ。
結界を解除して侍女が操作したとおりに仕掛けを動かすと、音を立ててその扉が開いた。
「それに触れないで!」
突如襲いかかってきたドロレスは、私の結界に阻まれて床に転がった。
左頬が赤くなった侍女が助け起こそうとするが、そのほかは冷たい目を向けるばかりでだれも動かない。伯爵家の三人は顔を背けて、視野に入れたくもないようだ。
あらかじめ騎士たちには、私に攻撃するものは無視していいと話してあるから動いていない。
「貴族女性と伺っておりましたが、まるでハバリーのような突進でしたね。ですが足元には気をつけた方がいいですよ。そのようにつまづくことになります」
さらに煽ってやったが、二人とも立ち上がることはできないみたいだ。そのかわり目で殺せそうなくらいに睨まれている。
下から見れば私の口角が上がっているのが見えるのだろう。憎しみが募るのがよくわかった。
「閣下、中にあるのは宝石箱です」
取り出した宝石箱を補佐官に渡すと、ローブをひるがえして振り返り飾り棚の横に立った。
倒れている二人には、攻撃を内側に反射する結界を張ったから、なにが起こっても問題はないだろう。これで自棄になって魔術を使っても、ケガをするのは自分自身だ。
私は石橋を叩きまくって渡るタイプなのだ。
補佐官は鍵を使って宝石箱を開けると、そのまま領主へ手渡した。
その瞬間、侍女が魔術を放ち、結界に弾かれた火の玉はドロレスをかすめてから消えた。
「キャー! 痛い! 痛い!」
「あぁ! お嬢様。申し訳ありません。早く医師を!」
「ドロレス!」
いままでうつむいていた伯爵夫人が、青い顔で娘を心配するそぶりを見せたが、その腕を伯爵が握って押しとどめたことで、近寄ることは叶わなかった。夫人もすぐに諦めたようだ。弟はじっと前を向き、姉の姿を見ようともしない。
「また罪を重ねたね。犯罪者とは同じ空気を吸いたくないんだ。隔離して正解だったよ。ちょっとかすったくらいで大げさに騒ぎ立てて同情を買おうとするなんて、憐れなものだな」
馬鹿にしたような口ぶりで二人を見下すと、なにが起こったのかを悟ったのか、ギリギリと唇を噛み締めて睨みつけられた。
着実にヘイトが貯まってきているな。
「攻撃を防いでくれて感謝する。魔術師殿よ」
「いえ、ご無事で何よりです。殿下」
わざといい間違えて王族であることをアピールすれば、領主はニヤリと応え、侍女は青ざめて竦みあがった。ようやくことの重大さに気がついたのか? でも、もう遅いんだ。
「宝石箱の中身はカードが三枚入っておる。これは個人カードだな。ドロレスよ、これは誰のものだ」
ここで領主も義姉への呼び方を変えてきたか。ここまでやらかしたもんなぁ。王族への攻撃は即処刑もありえるらしいし、自分の侍女がやったことには責任を負わないといけないだろう。
「答えないのならばそれでもよい。魔道具をもて!」
文官が持ってきたのは、街に入るときにチェックする魔道具やハンターギルドにあるものよりも少し大きいようだ。
キャスターがついた台に乗せて領主の前に届けると、その文官は壁際に戻っていった。
まあね、中身は個人カードだって知っているんだから準備万端だよね。
「カードの持ち主は……レアンドラ・トーレス、ミリアム・バスケス、そしてドロレス・ロルダン」
「わ、わたくしはトーレスです」
「いや、お前はドロレス・ロルダンだ。子爵が言っておったであろう。セサル・トーレスには妻と子がおると。その子が十になったのが二の月だ」
そこからの話をまとめると、子爵の跡継ぎであるセサルさんには婚約者がいた。
しかしドロレスがエクトルさんとの婚約を望んだために、その女性との結婚前にロルダン伯爵からの横槍が入ったり、無理やりドロレス・ロルダンと結婚させられた。
ドロレスも相手がエクトルさんではなかったために、セサルさんとは性交渉がない白い結婚だった。
エクトルさんは結婚して一年後に白い結婚を理由に、もともとの婚約者と結婚し子を成していたのだ。
この国は重婚が許されているから問題はなかったのだが、セサルさんはロルダン伯爵がなにかするのではないかと危惧して、この婚姻を隠していたのである。
その子が十歳になったので神殿で儀式を行い、個人カードの両親の名前を提示して嫡子の届け出とともに、ドロレスとの婚姻を無効とするよう、嘆願書を提出したのである。
「セサル・トーレスの発言に偽りがないことが証明され、その嘆願書は受理された。審議の上、これが決定されたのは数日前だ。残念なことに生きているあいだに知らせてやることができなかったが、ドロレス・ロルダンとの婚姻は無効となり、個人カードにも反映されたのであろう。神が認めたのだから異論はすべて却下する」
伯爵はうなだれているので、反論する気力はないみたいだが、ドロレスはどうだろう。
セサルさんは王都で手続きを終えたあと、帰宅途中で事故に遭った。これから本物の家族と一緒に暮らせたのに、どれほど無念だったことだろう。
エクトルさんは自分が執着されたせいで、兄の結婚が台無しになったため、この三カ月はセサルさんの本当の家族に目が向かないように、兄の嘆願が認められるのを待っていたらしい。
子爵夫妻もレアンドラさんとの婚姻を認めていなかったのではなく、邸に近づけさせないことでドロレスの嫌がらせから庇おうとしていたようなのだ。
「続いて犯罪歴だが……ドロレス・ロルダンには『準殺人、三名』と『不義密通』そして『育児放棄』がついておる。ミリアム・バスケスには『準殺人、一名』だな」
準とは未遂という意味らしいが、レアンドラさんたちを森に運んだリス君たちとなにが違うんだろう。殺意があるかどうかだったっけ?
「娘はエクトル様との子です」
「まだそのようなことを申すのか。その子を虐待とはな。エクトル卿、そなたの個人カードをここに」
「はい」
エクトルさんが上着の内側に手を入れて、胸のあたりからカードを取り出すと、補佐官がそれを受け取り領主が魔道具にセットした。
「エクトル・トーレス、そなたに犯罪歴はない。伴侶の名はレアンドラ・トーレスで間違いはない」
領主はカードを補佐官に渡すと、エクトルさんに優しいまなざしを向けた。
そして顔をドロレスに戻し、いっそう厳しい表情で宣言した。
「さて、ドロレス・ロルダンよ。お前の子の父親はエクトル卿ではない。先ほど自分で申したな。ふしだらなことが二度とできぬように幽閉すべきだと。お前の罰はお前が下したのだ」
「そ、そんな……」
「ドロレス・ロルダンは神罰が下されたあとに生涯幽閉とする。このものたちを牢へ!」
控えていた騎士が二人の腕をとり引き立てるが、それに逆らってこちらに向かって来ようとする。
このエネルギーを別のものに向けたらいいのに。
「お前が! 魔術師め! お前さえいなければこんなことにはならなかった! どうせ金銭が目的でしょう! そのような薄汚い格好をして貴族に逆らうとは!」
「やれやれ、夫以外との子どもを産んでおいて、よく他人を貶められるものだな。自分で言ってたじゃないか、『誰の子とも知らぬものを孕んで夫を騙した』って。全部自分のことじゃないか。淫乱女に言われても痛くも痒くもないよ」
言ったことのほとんどが自分に返ってるじゃん。ブーメランが乱れ飛んでいて、超危険地帯だよ。
「お嬢様に向かってなんという口を利くのでしょう。これだから下賎なものとは話にならないのです」
侍女もダメか。この二人は似た者同士だな。
「魔術師殿よ。いっそのこと身分を明かしたらどうだろうか」
「わかりました」
これでどうにかなるとは思えないけれど、領主の提案には乗っておくか。
私はフードをはずすと二人を見つめ、はっきりと名乗った。
「私の名はアリ。一年前より青の森に住まう管理者です」
ドヤァ! お前らは私を恨んで、レアンドラさんのことは忘れたらいいよ!




