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スローライフ 押しつけられました  作者: 夜昊
本編

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裁きの前に

暴言、暴力の表現があります

 

 肩まで振り上げた腕は力を緩めることなく斜め下に振り抜かれた。

 その平手が女性の頬に命中すると部屋には高い音が響き渡り、打たれた女性は勢いのあまり美しく織られた毛足の長い絨毯に無様に転がった。

 領主が訴えを判じるための場は一瞬で静まり返り、しばらく静寂がもたらされたが、女性を助けおこすものなど誰ひとりいなかった。


「アンタ、いいかげんにしなよ! そのろくでもない口を開くのをやめろ!」


 叩いた手は痛むし暴力をふるった自分に愕然としたが、やったことに後悔はなかった。

 ただ、こんなことをしても相手が自分の行いを悔やむことがないことは理解していた。

 相手に反省を促すためではなく暴言を止めるため、自分の怒りを鎮めるという自己満足のために、私はこの手を上げたのだ。






 森の中をカヴァリオと走れば、まわりの景色はかなりのスピードで遠ざかっていく。チコさんのスピードには敵わないが、いまの私はこの国にあるどんな乗り物にも負けないだろう。

 ディオ君は靴を脱いでシートに座ると結界に張りつくようにして、流れる景色を夢中で眺めている。

 森の中などそう景色は変わらないのに、木々のあいだや藪に隠れている生き物を見つけては、嬉しそうな声をあげてみんなを和ませていた。


 森の中は木が密集しているところが多いため、シートは縦一列にしてある。まるでRPGの主人公が仲間を引き連れてフィールドを歩いているみたいだ。電車ごっこと言えなくもないね。

 数日前には苦戦した大河には魔素の石橋を架けて、渡ったあとはすぐに消した。

 魔素が消費されれば勝手に消えるんだけど、先生が橋を架けることに反対していたのを思い出したからだ。

 きっと必要以上に森の生き物たちが移動するのを避けたいのだろう。あの大蛇のように予想外なところに現れることで起こる悲劇を、プリ先生は未然に防ぎたいのだ。


 今回は人数も多いし急ぐので、爺様に河での移動は頼んでいない。お礼のハミウリを渡したときに、食べ終わったら小亀たちの棲みかに帰ると言っていた。

 アセデラのハンターギルドに、トルトゥーガの甲羅の依頼が出ていたことを教えて、くれぐれも気をつけるようにとお願いしておいた。

 大河のこちら側でハンターを見たのは『疾風迅雷』以外にいないのだが、用心に越したことはない。

 人と魔生物のどちらの肩を持つのかと問われれば、前世の記憶からか人に傾くが、見知った魔生物たちは別なのだ。




「もうすぐ一番大きな湖だよ。ここでちょっと休憩しようか」


 出発してから一時間近く座りっぱなしだから、そろそろ疲れる頃だろう。赤ちゃんにミルクを与えたいだろうし、トイレ休憩も必要だ。

 みんなを地面にそっと下ろすと、それぞれがあたりに散っていった。カヴァリオやネコたちも湖で喉を潤しているし、アルトさんは屈伸運動をしている。カルタモさんとルファさんは繁みの奥に消えていった。アルトさんと話をしていたから、なにか気になるものでも見つけたのだろうか。


 結界や獣避けがあるから安全だとは思うけれど、姿が見えないと心配になるので、魔術の練習だと説明してみんなに目印をつけてみた。

 GPSのイメージなのだが、誰なのかは判定できないし、どのくらいの距離があるのかが、ぼんやりとわかるくらいだ。

 プリ先生は個人ごとの魔素の特徴を覚えているので、森の中なら私がどこにいようが把握できるのだそうだ。

 私はまだ人の魔素を知覚できないから、自分を中心にして反応がある方向がわかるていどなのだ。しかも相手に目印をつけないと反応しない。


「ああ、これってドラ○ンレーダーじゃん」


 不思議な旅が始まっちゃうヤツだよね。

 赤ちゃんは自分で動かないから、ほかの七人につけている。頭の中にピッタリ七個の反応があるのだ。

 これはみんなが集合したときに、神様である龍が登場するフラグに違いない。つまりチコさんが帰ってくるのだろう。

 ドキドキしながらみんなが集まるのを待っていたのに、結局のところなにも起こらず、約束した十分後には湖を出発していた。残念だ。


「自分がつけた魔素はなんとなくわかるんだよなぁ。だけどほかの人の魔素の動きまではサッパリだねぇ」


 一番大きな湖と二番目に大きな湖のあいだは、だいたい二十キロくらいの距離があり、そこはなだらかな山になっている。けれどたいした標高はないから、頂上付近に着いても、どちらの湖も目視することはできなかった。

 直線で二十キロだが実際には山をひとつ越えて、二番目に大きい果樹に恵まれた湖に着いたのは、十時をまわった頃だった。


 たしかフルトセコの木は湖の南側にあったはずだ。

 間食するにはお腹が減っていないので、みんながおやつを採取するのを手伝って、三十分ほどでそこを離れた。

 私はいつでも採取できるし、『疾風迅雷』の皆さんも今回の件が片づけば、またアセデラを拠点として活動するだろう。

 だからレアンドラさんやディオ君が好むものをせっせと集めてまわった私は、周りから孫と嫁をかわいがる姑のようだと思われていたらしい。


「解せぬ」


 カラさんやルファさんも一緒だったし、レアンドラさんが赤ちゃんに母乳を与えていたから、水分補給においしそうな果物を集めただけなのに……。ちなみにディオ君が気に入ったのは、夕顔みたいな薄緑色の大きな実がなる木で、見た目はソーセージの木のように、枝にぶら下がっている。皮をナイフで剥くと中身は白く柔らかい。

 恐る恐る口にいれると味はバナナで、名前はウリと呼ばれていた。たぶん『ウリ』に該当する実も種類がたくさんあるのだろう。


 ナイフで一口大に切ってみんなで分けあって食べたが、残った半分は私の鞄にいれておいた。

 これでチョコバナナを作るとしたら、何人前になるんだろう。間違いなくギネスブックに載るだろうね。

 自分のために熟した実を十本と、ディオ君のために少し固めのウリを二本収穫しておいた。

 鞄にもまだ二十本は入っているのだが、バナナだったら加工もできるので、熟れたものから採取したのだ。潰してパンケーキの種に混ぜてもいいし、エメリコさんにわけて、この国のお菓子を教えてもらうのもいいだろう。


「カルタモさん、フルトセコの実は取れましたか?」


「もうすぐ袋がいっぱいになりますから、そろそろ降りてくるでしょうね」


 フルトセコは紅葉のような手のひらの形をした緑色の葉っぱで、枝が横に伸びるタイプの木だからか、周りの木々とは少し間隔があいて生えていた。樹高は二十メートルはありそうだ。

 加えて枝が互生(ごせい)しているので、木登りがしやすいと思われる。

 ラムスさんとルファさんが、はるか頭上から木の実を落とすのを、アルトさんとレアンドラさんが曲芸のようにキャッチしては、大きな麻袋に詰め込んでいく。四人の息はピッタリだ。

 ネコたちは木に登ることも、レアンドラさんにすり寄ってじゃまをすることもなく、お座りをして落ちてくる実を目で追っていた。

 

「目だけで追うんじゃなくて、頭が上下に動いてるね」


 にゃんこの動きはかわいいよなぁ。


「う~ま! ま~」


 カラさんに抱かれている赤ちゃんは、両腕を振りながらそばにいるディオ君に話しかけている。これはきっと母上を称賛しているに違いない。

 小さな手で握りこぶしを作って、激しく上下に動かしているから、相当(たかぶ)っているみたいだね。

 驚いたディオ君がしりもちをついていたけれど、ハーフパンツは焦げ茶色だから大丈夫だ。浄化をかけるまでもなく、土をはたけばきれいになった。


「赤ちゃんって寝てばっかりいると思ってたよ」


「そうなの~? 四カ月に入ってるし~、来月には這うんじゃないかしら~」


「ねぇさま、おとうとは昨日もお昼ねしていましたよ」


「そっか、ひと月の日数が違うんだったね。それにしても獣族だと成長が早いなぁ」


 お昼寝したってことは、ほかの時間は起きていたってことだよね? 

 ディオ君たちと雑談しているうちに、実をもぎ終えたふたりが木からしゅたっと飛び降りてきたので、麻袋を私の鞄に入れ出発する。

 みんなの鞄やポーチよりも私の鞄の方が、容量も性能も上だから異存がないようだ。

 ここに幌馬車を出すのが面倒だし、どちらにせよ私の鞄に入るのだから、みんなも気にしないようだった。


 三十分もかからず森の境界に着くと、アルトさんが時刻を教えてくれた。いまは十一時過ぎだから、休憩を入れても十五時前にはコンバの街に着くだろう。

 オルランド様とファムさんに連絡を入れて、河を渡る前にエルバさんに話を聞けばいいかな。


「せんせ~。それじゃあ、みんなを送ってくるね」


『何度も言うけど、無茶はしないのよ!』


「はーい」


「ガウターも行ってくるよ」


《ぼく、おとなになったらついていくからね》


「はいはい、わかってるよ~」


 ガウターよ、今回は約束だから子どもでも連れてきたのに、大人になることにこだわるあまり気がついていないんだね。

 それを指摘しない私は悪い大人だよ。


「それじゃあ皆さん、帰りますか!」


 森から出れば一列でいる必要がないので、二人ずつ四列にする。三人ずつだと真ん中の人がつまらないだろうし、結界にもたれて眠ることができないから、これが一番いいと思う。

 人数が増えても魔素が足りない気がしないけれど、省エネのために細かく指定して結界を張ってみた。これを続ければ、魔素を感知することができるようになるかもしれないからね。


 赤ちゃんのお食事休憩を一度とっただけで、十三時四十分にはいつもの橋の手前に着いたので、幌馬車を出してカヴァリオを繋ぎみんなで乗り込んだ。

 わからないからと言って、橋の通行料を出し渋るような人がいなくてよかった。三オーロが窓の隙間に差し込まれていても、そんなに不思議ではないかもしれないけれど、それが八人分と幌馬車の分ともなれば不自然すぎる。

 通行料は赤ちゃんやまだ自力で歩けない幼児は無料だった。ネコ二匹も通行料がかからなかったから、ペットや家畜も無料らしい。


 その支度をしているあいだに遠話魔術でエルバさんに連絡をとり、現在のコンバの様子を逐一教えてもらった。それによると昨日のうちに騎士団は動き、大元はすでに拘束してあるそうだ。

 依頼の期限である十日を過ぎてから、ハンターギルドに受取人が訪れると思っていたのだが、『疾風迅雷』が街を出るところを見ていたものがいたらしい。


 私は大まかな説明をしたあとに、行き先が子爵邸から領主館に変わったことを告げた。

 いよいよすべてが公にされて、レアンドラさんたちが安全に暮らせるんだろう。

 橋の通行料は、昨日もだけどアルトさんが払ってくれたので、私は素直に奢ってもらうことにした。

 さすがリーダー、太っ腹である。


 橋を渡って数キロ移動して、人の目がないところでまた走り出した。

 あと三十分もすればコンバの街だ。今回は領主館に行きやすい北門から入ることにする。

 北門ではエルバさんと二人の騎士が待っていたので、そのまま領主館に案内された。

 周りには私ひとりに三人の騎士がついているように見えていると思うが、実際は認知不可をかけた結界の両サイドを、人がぶつからないように騎士が守っているのだ。


 十分ほど歩いて領主館に着いたところで、みんなを地面に下ろしで認知不可の結界を解いた。


「もう領主館に集まっているんでしょうか?」


「えぇ、審議は進められていますので、アリさんとレアンドラさん、そしてアルトさんは控えの間に移動願います。その他の皆さんは客室でお寛ぎください」


「申し訳ありません、ネコが二匹いるのですが……」


 カヴァリオたちはおとなしく騎士たちに従って厩舎に向かったが、ネコはレアンドラさんから離れるのを嫌がっている。

 いまもレアンドラさんの足の両脇に控えて、助さん格さんかってくらいの付き添いっぷりだ。


「アリさんから伺っていますので、そのまま控えの間に連れていって構いません」


 エルバさんは猫好きなのかニコニコしながらそう言うと、領主館を案内してくれた。

 途中でカルタモさんたちはメイドの案内で二階に進み、私たちは正面にある大きな扉の左側の部屋に通された。


「それではここで少々お待ちください」


 レアンドラさん、アルトさん、ネコ二匹と私という圧倒的にネコ科成分過多の部屋で、ソファにかけて待っていると、エルバさんとともに男性二人が部屋に訪れた。

 歳は三十代後半くらいだろうか。

 二人とも落ち着いた雰囲気で、背は高く細身だが、一方は騎士団の服装で、もう片方は白いシャツにクラバット、ジュストコールのような上着を着ている。

 その服装や体格から武官には見えないから文官だろう。それも領主館の役人だと思われる。


「こちらは領主の補佐官であるマルシオと、第二騎士団第三中隊副隊長であるビダルです」


 エルバさんが私たちのことを二人に紹介しているあいだ、その二人からは上からじっくりと視線を下げられ、珍しい生き物にでもなった気分である。

 たしかに管理者は希少生物なんですけどね。

 負けじとこちらも観察すると、二人には獣族らしき特徴があった。

 私がマルシオさんから昨日の動きを詳しく説明を受けているあいだ、ビダルさんがレアンドラさんとアルトさんから事情聴取をするようだ。


「管理者殿のお陰で、破落戸(ごろつき)どもの隠れ家にあった証拠品は、すべて無事に押収しました」


「結界はちゃんと解除されましたか?」


「はい、太陽が一番高い位置に昇ったときに、解除されました」


「…………地下の人たちは?」


「全員保護しております」


「よかった~」


「結界に空調、拘束は解けていましたし、食料や水も用意されていたため、悲観して行動を起こすものがいなかったおかげです」


「どういう状態だったのか現場を保持しなければいけないのなら、私は結界だけ張って姿を見せるつもりはなかったのですが……。まさか騎士が潜入しているとは思っていなかったもので」


 一昨日の夜、広場で野宿する前に、歓楽街にある破落戸たちのアジトにこっそりお邪魔していたのだ。そこはエルバさんが教えてくれた、リス君たちの雇用主である商人の屋敷だった。

 ガラの悪い男たちが多く集まってはいたが、真っ暗になる頃には見張りを残してベッドに入っていったから、あちこち家捜しし放題だった。

 表向きはまっとうな商売をしているように見せかけていて、裏では詐欺や脱税、貴族たちからの依頼を受けて、ずいぶん汚いことを続けていたらしい。あとでゆすろうとでも考えていたのか、色褪せた契約書がかなり見つかったのだ。


 私はすぐにエルバさんに遠話魔術で伝えると、明日の午前中には突入するという返事をもらい、証拠の品に結界をかけておいた。部屋にも結界を張り、部屋には入れるが出られないようにしておいた。これでは持ち去ることもできまい。

 その結界が解けるのが、太陽が一番高いところにきた時だ。

 いま思えば破落戸たちのなかに魔術師がいたら、魔術を使ったとたんに侵入がバレた可能性があったのだが、運よく、そんな事態は回避されたのである。


 そのあとリス君たちにかかった費用を回収しようと思って金目のものを物色してまわったら、最後には地下にたどり着き、八人の男性たちが鉄格子の中に押し込められているのを発見してしまった。

 しばらくのあいだ閉じ込められていたのか、痩せ細った身体は汚れきっている上に鉄製の足枷で二人ずつ繋がれて、逃げ出すことがいっそう困難であることが理解できた。

 そこでエルバさんに遠話魔術で伝えること再びである。


 エルバさんが上司に確認しているあいだ、地下牢に鍵がないかと探してみたが、牢番すらいなかった。待機する場所すらないのだから、貯蔵庫に鉄格子を嵌めて牢屋に改築したのだろう。

 そのような場所なので、天井の片隅に取って付けたような横長の穴が開けられていて、なんとかそとの空気が入ってくるという状態だった。

 これでは雨水だって流れてくるだろうに……。そんなことを考えていると、エルバさんから返事が帰ってきて、拘束されているうちのひとりが騎士だとわかった。


 見ただけではどの人が騎士かはわからず、防音の結界を張ったあとで認知不可を解き、とらえられている人たちに状況を聞いたのである。

 こんなところにふらりと現れた子どもに始めは驚いていた人たちも、管理者という肩書きと鉄格子をへし折る力、そして浄化をかけられて身綺麗になると、ようやく落ち着いて話を聞いてくれた。

 始めはこの牢で亡くなった子どもかと思われたらしい。プリ先生は幽霊を知らなかったけれど、幽霊という存在は信じられているようだ。

 おもに子どものしつけに利用されていたけれどね。


 ここには一日に一度だけ、夕食を届けに年老いた男がくるほかには、誰ひとり近づかないと言っていたので、結界には進入禁止と攻撃無効を付け加えた。これも明日の昼には解けるようにする。

 固めた土のような床に柔らかいホットカーペットを敷くと、男性たちはほっとしたような表情を浮かべた。さすがにむき出しの土の上では寒かったのだろう。

 ゆっくりと白湯を飲ませて胃が痛まないか注意をしながら、すりおろしたリンゴを食べてもらった。


 なぜなら一日一食の食事は、残り物を煮詰めたスープが皿に一杯ずつと、水差しひとつの水を八人で分けあわなければいけなかったからだ。

 皆さん栄養失調と脱水状態だと考えられたので、水差しの水を浄化してからレモンを搾り、マルマジオを小さじひとつ分とマルマトウを大さじ八つ分入れて撹拌した。

 鉄格子の近くに大きな甕を作って水を満タンにして、その隣にはちゃぶ台を置きリンゴとオレンジを十六個乗せておいた。経口補水液が入った水差しもそこに置いた。


 へし折った二本の鉄の棒は、さらに二本に折って片方の先をくるりとカーブさせた。いわゆるステッキである。ちょっと太いが歩行の補助に使ってもいいし、万が一の保険に武器として携帯するのもいいだろう。

 四本では不公平だと思ったので、さらに二本を折って作った鉄のステッキは、合計八本になった。

 鉄格子は残り六本あり、使い勝手がいい鉄の棒をタダで手に入れるチャンスだったが、盗みはよくないと思い直してそのままにしておいた。


 八本のステッキを壁に立て掛けて、魔術で作り出した甕とカーペットは正午に消えることと、午前中には騎士たちが助けにくるが、正午までは誰もこの場所には入れないから安全なことを教えた。

 繋がった足枷までも引きちぎられて、唖然とした男性たちはちゃんと理解していただろうか。

 ステッキの出来映えに満足した私は地下牢をあとにしたが、スラムで空き家が見つからず、広場で野宿したのである。




「そろそろ隣の部屋も決着がつきそうですよ」


 壁際でカーテンのそとを見ていたエルバさんが、こちらの話が終わったと判断してマルシオさんに許可を得ると、一息に厚いカーテンを開けた。

 そこは窓が開いているかのように隣の部屋が見えているが、向こうからはこちらの様子がまったくわかっていないようだった。


「隣の部屋が透けている? 違うね、くり貫かれた壁が向こう側からは認識されていないのかな?」


 その場所をペタペタと触って確認すると、手のひらには壁の感触ではなく、防御の結界のような厚いビニールに触れた時のような感じがした。

 空気がしっかり入った浮き輪とかビーチボールのような弾力があるのだ。


「正解です」


「声は聞こえないのかな?」


「いまは起動していませんが、向こうの音がこちらに聞こえるようにできます」


 エルバさんがマルシオさんに視線を向けると、マルシオさんは大きく頷き許可を出した。

 それを受けて壁に設置された魔道具を操作すると、サイレント映画のようだった壁の向こうから音声が届けられるようになった。


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