罪状をあばかれた元ご令嬢は退場。そして見せつけられる、気丈な奥さんに対する過剰な愛情
暴言にご注意下さい
「信じられないわ。こんなことはありえないもの……」
へぇ? あり得ないなんてことはないと思うよ。動物と会話ができるし、魔術も使える。おまけに神様と話したことがあるんだ。しかも私は一度死んでるんだよ。
私の周りは存在し得ないと思っていたことだらけなんだよね。
「どうでもいいよ。どうせ二度と会うことはないんだ。幽閉先には話し相手がいないと思うけど、その妄想力なら楽しく過ごせそうだよね」
「わたしはどこまでもお嬢様と一緒です。わたしがいないとお嬢様は生活できないのですから」
侍女は自信をもってそう言うけれど、生きていけないのは自分の方だろう。ドロレスはエクトルさんがいたら、アンタのことは頭からなくなると思うけど。
「ふぅん? まあ来世があれば一緒になれるかもしれないね。でももうお別れだよ。牢も離しておくらしいし」
「なにを!」
ほらね。焦ったように声を荒らげたのは、ドロレスと離れたくない侍女の方だった。
共依存なのかと思っていたけれど、侍女の愛情に見せかけた支配力で、ドロレスの行動を操作しているんだろう。
私の大嫌いな人間にそっくりだよ。
「聞いたんだよね。私が知っている物語では、断罪された貴族女性は北の修道院に幽閉っていうのが定番なんだ。修道院っていうのは、この国では神殿のことだよ。でもこの国の北の地なんて避暑地であり貴族の社交場だよね」
雪があまり降らないこの国では、暑さを凌げる北の地は大人気だ。とくに王領の街や港街は人々が集まりやすい傾向にある。これでは罰ではなくご褒美になってしまうじゃないか。
そんなところに閉じ込めるくらいなら、暑さの厳しい南の地で汗水垂らして働いた方が、よっぽど罰になると思ったのだ。
それに心配しなくても神殿送りにはならなかった。
神官はエリート中のエリートだし、神殿には学校や孤児院が併設されている関係から、教育上によくない犯罪者を近づけることはない。その更正のために神殿の施設を使うことはありえないそうだ。
この二人が孤児院でチワワちゃんたちの世話をするなんて想像もできないし、子供たちに獣族差別を吹き込みそうだから、接触なんてさせたくないと思っていた。
「神殿でどんな罰が下されるのかわからないけれど、それがすんだらこの国の南西と南東に離すことになるんだよ。二人一緒だとロクなことをしないからね」
「そんな、酷いわ! わたくしはそこまでされるほどの罪など犯していないのに」
「忘れたの? 『穢らわしい獣の分際で、まだ死んでいないのね。嫡子を産むなんて認められないわ』そう言ったよね。それに『なぜあれは女に生まれたのかしら。わたくしが欲しかったのは、エクトル様に似た男の子なのに』とも話していたね。こんな危険な人物を野放しにすると思うの? それこそあり得ないよ」
「なぜ……」
呆然とした表情でこちらを見つめ返しているが、それはそうだろう。あのとき私は姿を消していたし、完全に二人きりだと思って吐露したことばだったからね。
「思うんだけど、罰は魔術が使えなくなればいいんじゃないかな。鉱山での重労働ができるとは思えないし、だとしたら魔術なんて必要ないよね。暑い場所での不便な生活も罰の内だよ」
「お嬢様……」
血の気が引いたような顔色のドロレスを、心配そうにミリアムが覗きこんでいる。
騎士に腕をとられているから近づくことはできないが、傍目に見れば主を気づかうできた侍女だ。
「ねぇ、なんでそのお嬢様にどこの馬の骨とも知れない男をあてがったの? それって裏切りじゃないの?」
どうして個人カードに『詐欺師』とか『背信者』ってつかなかったんだろうね。特に不敬罪は太字で強調してもいいくらいなのにな。
「わたしはお嬢様のためを思って……」
「へぇ? そのせいで『不義密通』なんて不名誉な罪状が晒されたけどね。まぁ婚姻は無効になったから、いまはただの『密通』だけど。人数は言っていなかったけど、相手は何人いたんだろうね。領主様が口を濁すくらい大勢いたのかな?」
「無礼な! 管理者様と言えども許せませんわ。わたくしは間違ったことなどしていないわ!」
必死に否定するのは侍女を信じているからなのか? それとも一度疑ってしまえば、砂山の上に立っているかのように、サラサラと足場が崩れてしまうことを予感しているからだろうか。
「はい、はい。もうそれは聞き飽きたよ。騎士さんたち、立ち止まらせてしまってすみません。もう用はないので罪人たちを連れていってもらえますか?」
女性の騎士が二人ずつ、両腕を拘束するように掴んで引きずるように連行するのを、伯爵夫妻が虚ろな目をして見送っている。この親子には情はあったのだろうか。だが育て方は完全に失敗したな。
まったく、許すもなにも守護者が介入していなければ、殺人者になっていた自覚がないのかよ。
「あぁ、今後薬を使うときには私に感謝してよね。罪人に四色の森の薬が処方されるのかは知らないけど、青いラベルのものは私の管轄なんだ。私はお前らと違って毒は絶対に作らないから、安心して使えばいいよ」
「お前など呪ってやる」
すれ違うときにレアンドラさんを見ないように、さらに追い討ちをかけると、ドロレスからスーパーナチュラル的なお返しを頂戴した。これはお礼をすべきだろうな。
「へぇ~。それは、それは。どうぞご自由に。私は祝福をお返しするよ。どうかふたりが天命が尽きるまで長く生きますように」
楽しみも喜びもない永い時を、怨みを抱えて生きるといいよ。これは懐が深いと見せかけた陰険な嫌がらせなのである。
私が願った裏の意味など理解できなかったのか、二人は愕然としながら引致されていった。
フンッ。どうせなら市場に売られる子牛の歌でも歌って送り出したかったけれど、たぶんだれも知らないし、音痴なのを暴露することもないからな。
伯爵家の人たちは騎士に促されると抵抗することもなく、おとなしく従って退出していった。
部屋の扉がパタリと閉じると重いため息が吐き出された。私だけではなく、部屋にいるすべての人の口から漏れたように感じた。
「アリ殿……」
「終わったね、レアンドラさん」
「アリ殿が矢面に立たずとも……」
「約束を守ってくれてよかったよ。レアンドラさんが攻撃されたら、きっとアルトさんとエクトルさんが黙っていなかったよ」
レアンドラさんにはドロレスたちを無視するように頼んでいた。
アルトさんやエクトルさんが、悪意に傷つけられたレアンドラさんを守るために、領主の御前で行動を起こされても困るし。
エクトルさんはどうかわからないけど、特級のアルトさんを抑えるのは簡単ではないと思ったんだよね。
「アン……無事でよかった。臨月だった君を守れずに……うぅっ、すまなかった」
エクトルさんは幽鬼のような青白い顔でふらふらと近づいてくると、レアンドラさんに向かって両腕を少しだけ前に広げた。自分の奥さんを『アン』って呼んでるんだね。ほかのみんなは『ドーラ』だから、特別な呼び方なんだろうな。
レアンドラさんはそっと夫の胸に身を寄せて、その背中に腕を回していた。エクトルさんは頭を下げるとレアンドラさんの肩に顔を埋めて、ギュッと身体を抱きしめている。
さすがにアルトさんとのハグと違って、背中をバシバシと叩いたりはしていない。
顔が整い過ぎて表情が冷たいと思っていたけれど、奥さんには甘えるタイプの男性なのか。
ギャップ萌えのチャンスなんだろうけど、残念なことに私のアンテナは立たないな。
子爵夫妻はイケメンなエクトルさんのご両親らしからぬ、小柄で地味顔な人たちだった。めちゃくちゃ親近感がわくね。
そんな二人も二男夫妻を見て肩を寄せ合い、うっすらと目じりを潤ませていた。
エクトルさんはまだ顔を上げる様子がないね。たぶんこれは泣いているな。気を使ってそっと視線を外せば、壇上の領主と目が合ってしまった。
よかった。なんかチュッチュし始めちゃったから、どこを向いたらいいのか途方にくれていたんだよ。
この国の人たちは、奥さんラヴが強すぎないかね。宰相ご夫妻も愛情過多だった気がするんだが……。そしてここの領主も、奥さんのことが大好きだって言っていたんだよなぁ。
「閣下、この度はご協力ありがとうございました」
「構わぬ。珍しくオルランドが連絡をよこしたと思えば、ハンターに装飾品の素材を依頼したかと問われるし。否と答えれば遠話魔術に長けたものを教えろなどと、ここ数日は思わぬことばかりであったぞ」
「エルバさんにはお世話になりっぱなしで」
「まさか管理者殿とやり取りすることになろうとは思わなかったであろうな」
「私もオルランド様から聞かされたときは冗談かと思いました。しかしこれ以上の対応は私だけではできませんでした」
コンバの街に近づいたら、エルバという騎士団所属の魔術師に遠話魔術で呼びかけてみろだなんて言われても、顔もわからないのに通じるわけがないと思っていたんだけどね。
さすがは魔素様であらせられる。
あっさりとエルバさんを特定して繋げたんだよ。ホント驚きだよね。
「此度は我が領都の膿を出すこともできた。管理者殿には感謝しておるのだ」
オリーブ色の瞳がにこやかにこちらに向けられていて、作り笑顔でないことにホッとした。
「私のことはアリとお呼びください」
「うむ、では我はお父様と――」
「閣下、お孫様と同年代の管理者様に対し、それは無理があるかと」
「ううむ、ならば仕方あるまい。それではアリよ、我のことは名前で呼ぶがよい」
うん、お父様とは呼びづらいから、補佐官からのツッコミはありがたいね。
「それではレオナルド様とお呼びいたします」
「うむ。それでは皆のもの、今夜は部屋を準備しておるから、邸には明日戻るがよい」
壇下にいるものは略式で頭を下げ、領主の退出後に客室に案内された。
子爵夫妻はドロレスから庇えなかったことや、嫌われていると誤解させたままでいたことをレアンドラさんに詫びると、みんなが集まっている部屋から夫妻用の客室に移動していった。
私も感謝のことばを頂いた。孫が二人とも無事でよかったよね。
さすがに長男を亡くしてからの心労が蓄積されていたのだろう。ガラの悪い男たちはもういないのでゆっくりと休んでほしい。
「アリ殿。妻を救いくださったこと、感謝申し上げます」
ディオ君を抱き上げ、レアンドラさんが抱く赤子を見てさらに涙腺を決壊させながら、エクトルさんは私に頭を下げた。
「あっ、はい。それはいいんですけどね。本当は三日くらい前にはお知らせできたんですけど、邸への侵入に失敗するわ、ドロレスの闇にダメージを食らうわで、けっきょく本日になってしまいまして……」
申し訳ない。見るからにごはんが喉をとおりませんでしたっていう姿だよ。
「あ~、栄養、栄養が必要だよね。肉か? いや、胃に負担がかかるかな? メロコトンはいかがですか? リンゴもありますからすりおろしますか?」
鞄の中にはレアンドラさんが解体した熊肉も入っている。がさごそと鞄の中を漁りながら、ディオ君が好きなウリがあったじゃないかと、残りを取り出した。
バナナ味なだけで栄養価が高いかはわからないけれど、せっかくだからお茶の時間にしたらいいと思う。
応接室のソファには『疾風迅雷』の皆さんと、エクトルさんの家族が座った。
ネコはあいかわらずレアンドラさんのそばに陣取っていて、エクトルさんを凝視している。あれは敵か味方か判断中なんだろうか。自分たちのボスとその子どもにチュッチュしている男性がだれなのか、見極めようとしているのかもしれないな。
ディオ君は久しぶりに会えたエクトルさんの膝の上だし、恐ろしいことに赤ちゃんはアルトさんが抱いている。
優しくだよ! いきなり握ったらダメなんだぞ。
そんな私の心配をよそに、薄茶の毛をしたネコ耳のメイドさんが、みんなに飲み物を準備していく。
「管理者殿、執務室においでいただけませんか?」
「はい、わかりました」
若い文官さんに呼ばれて執務室に案内されると、レオナルド様と補佐官のマルシオさんが待っていた。ビダルさんは同席していないね。
執務室は二階にあり、大きな窓を背にしたレオナルド様の前には、どっしりとした机があり、その上には真っ白とは言えないながらも、しっかりとした用紙が重ねられていた。
この国の製紙の技術は、それほど劣っているようには感じなかった。
セマフォロの葉がかなり優秀だからだろうね。
「アリよ、わざわざすまなかったな。だが気になっているかと思い、早めに呼び出すことにしたのだ」
「いえ、差し支えありません。雇われていたハンターのことでしょうか?」
ソファに促されてお茶をいただきながら、彼らの処遇を説明された。
貴族の誘拐幇助ってことなんだろうけど、個人カードにはなにも問題がなかったから、町に入れたんだよね。
「彼らは騙されたかたちで誘拐に関わることとなったため、神罰は下らなかった」
それなら解放されるのかと言えば、本人たちの罪悪感が大きすぎて、罰を与えないことには、心機一転して新たな生活をおくることができずにいるそうだ。
「罰せられて安心したいと?」
「そのようであるな」
リセットしたいから罰してほしいっていうのはどうなんだろうね?
レオナルド様の表情も微妙だが、半年のあいだ治水工事に携わることに決定したそうだ。
力仕事だし、この世界では街壁のそとには猛獣がうろうろしているから、危険と隣り合わせの仕事である。
普通ならば高賃金で雇われるのだが、今回は賃金の半分を被害者への賠償金にする。それでも半年後には、いくらか余裕のある生活を送れるそうだ。
「そういえば彼らには仕事を手伝ってもらったのです。高額ではないので支度金として渡しても構いませんか?」
「ふむ、いったいいくらを想定しておるのだ? 多すぎると不和をもたらし、彼らの安全性を損なうであろう」
妬みややっかみを受けるのは防ぎたいね。
だとすると、えぇっと~。魚を捌くのを手伝ってもらったし、食べられる植物の情報も得たよね。串を削ったり、葉っぱのお皿を集めたり……。作業としては一時間から二時間くらいかかったのかなぁ。
そう話すと、仕事の内容は下男や下女が行う、簡単なものなので、一時間あたり一オーロ程度にしかならないと教えられた。
村では物々交換レベルで人に頼む仕事ではないし、町では半日働いて二オーロか三オーロらしい。
時給の低さにがっかりしたが、技術や知識が必要な仕事には十倍近い賃金が支払われているそうだ。
「それでは、あの七名には三オーロの賃金を支払いたいと思います。それと、差し入れに果物を渡したいのですが」
「構わぬであろう」
レオナルド様はマルシオさんに確認してから、頷いてくれた。
ここは思い出のリンゴでも差し入れるかな。
お財布の中から三オーロ銅貨を七枚出すと、三オーロ銅貨は一枚も残らなかった。残金は百八十五オーロである。
カードから現金を引き出しておかないと、屋台での買い食いができなくなってしまうではないか。これは由々しき事態である。
「リンゴはほかの人の分もあった方がケンカにならないでしょうか?」
「三オーロと一緒に個別に渡しますので、ご心配には及びませんよ」
マルシオさんがそう保証してくれたので、お金とリンゴを渡すのをお任せしてしまった。
「それと商人とならず者たちの件だが、そなたのおかげで証拠は隠されることなくすべて回収できた。その上、屋敷から逃げ出せずにいたものらは一網打尽にした。よってアリには褒美を与えたいのだが」
「褒美ですか……。それより彼らから借金を取り立てたいのですが。雇われたハンターたちの治療代と昼食代を合わせて六十二オーロです。現金がなければ地下の檻の棒でもいいのですが」
「あれか。我も確認したが、なかなかに丈夫そうな杖であったな。ただ、彼らには重すぎたようで使うには至らなかったのだ。必要ならば明日にでも揃えておこう。六十二オーロも回収するので心配はいらぬ」
よかった。借金の回収と言えども、さすがに空き巣に入って盗むのは問題だからね。
それに欲しいものかぁ。どうせなら買えないものをねだった方がいいんじゃないかな。
「レオナルド様の領では大豆の作付けを行っているでしょうか?」
「辺境伯の領地ほど多くはないが、どの街でも行っておるな。あれは馬などの餌になるし油もとれる。染料にも使われておるな」
「余剰分はあるのでしょうか?」
「翌年の播種に使う分は村ごとに保管しておるが、なぜだ?」
「大豆は美味しいんですよ。特にいまの季節です! 未成熟の豆を少しかために塩ゆでして、冷えた麦酒と一緒に食べたら最高なんですよ!」
「そ、そうか。たいした情熱であるな」
「オルランド様の料理人であるエメリコさんとも約束したんです。前世の料理を教えるって」
「そうであったか。では、アリよ。この領主館の料理人にもあってみぬか?」
「料理人ですか」
「ここの料理長はエメリコの父だからな」
ええぇっ! それはリアルジャ○おじさんじゃないの? 八頭身のジャ○お兄さんがエメリコさんなら、そのお父さんはそっくりなはずだ。いつか餡パンを焼いてもらおう。
「是非とも会わせてください!」
このチャンスを逃すわけがないよね。私は逸る気持ちを抑えて、調理場に案内されるのであった。




