交錯する思惑と、再開
カナリアの倉庫で方針を固めた凪谷と蛍は、さっそく街の動物たちを介してバロンに関する情報の収集を開始した。
小鳥や野良猫たちがもたらす噂を繋ぎ合わせるうちに、ひとつの重要な事実が浮かび上がってくる。
それは、アルドールを追われた者たちが集う、バロン打倒のためのレジスタンス――『イグニス・フレア』の存在だった。
「ねえ、あなたたち……本当にイグニス・フレアに合流する気なの!?」
隣町へと向かおうとする二人を引き止めるように、カナリアが青ざめた顔で声を張り上げる。
「あそこは危険よ、それにバロンの息がかかった連中も目を光らせてるわ。お願いだから、これ以上危ない真似はやめて……!」
優珠の真実を探るためだけではなく、レジスタンスにまで接触しようとする2人をカナリアは必死に引き止める。
「気持ちは嬉しいよ、カナリア。でも、俺も蛍もあいつとはちょっとしかいなかったけど、出会ってなければデルマにやられてた。もしあいつの本心じゃなくバロンの言いなりになってるなら、助けてやりたい」
凪谷がまっすぐな瞳でそう告げると、蛍も力強く頷いた。カナリアはそれ以上言葉を続けられず、不安そうに裾をぎゅっと握りしめることしかできなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
隣町の古びた酒場。
そこに潜伏していたのは、かつて元領主の元で街の警備を担っていた兵隊の一派――『イグニス・フレア』の面々だった。
リーダーの名はリューカス・ファンベルン。茶髪の短髪に大柄な体格、気さくで面倒見の良さそうな雰囲気を纏った、48歳ほどの男だ。
もともと人望の厚い人物だったが、元領主がバロンの仕掛けた不穏な策略によって突如として失脚させられた後、不当な支配に抗おうと立ち上がった。しかし、バロンが持つ不気味なギフトの能力や詳細はいまだ掴みきれておらず、その正体不明の理不尽な力に返り討ちに遭った彼らは、現在この隣町に身を潜めて打倒の機会を伺っていたのだ。
酒場の奥のテーブルで、凪谷と蛍はリューカスと向き合っていた。
「――なるほどな。あのバロンの悪政に立ち向かおうって若いのがいるとは聞いたが、まさか旅の少年たちだったとはな」
リューカスは豪快に笑いながらも、その鋭い目は目の前の二人をしっかりと観察している。凪谷は真剣な表情を崩さず、これまでの経緯と、バロンに従う優珠の本当の姿を暴きたいのだと切実に吐露した。
「俺たちは、あいつが本心からあんな奴に従っているとは思えないんです。優珠が隠している本当の理由を、どうしても知りたいんです」
熱を帯びる凪谷の言葉を聞き、リューカスは少しだけ表情を和らげると、腕を組んで静かに首を横に振った。
「気持ちは痛いほど分かるさ。仲間を救いたいってその想いは立派だ。……だがな、若いの。世の中には、どうしようもない悪党や、最初から裏切りを平気でする人間もいる。お前たちが信じたいその少女が、本当に『お前たちの知っている優しい人間』とは限らない可能性も……十分に頭に入れておいた方がいい」
経験を積んだ大人の重みのある警告に、凪谷はぐっと言葉を詰まらせる。しかし、その瞳の奥の決意が揺らぐことはなかった。
「それでも、俺たちは……」
その時だった。
ガチャン、と酒場の扉が呑気に開け放たれた。
「あはー、歩き疲れた〜! なんか冷たいものない~?」
ゆるい調子の明るい声とともに、店に入ってきたのは――他でもない、優珠だった。
後ろ髪を一つに結んだ黒髪の少女。彼女の姿を認めた瞬間、酒場にいたリューカスとその仲間たちは一斉に緊張を走り抜けさせ、即座に臨戦態勢を取って武器に手をかけた。
「おうおう、一人でくるとたぁ、流石に腕っ節で名高い嬢ちゃんじゃねーか」
殺気が立ち込める店内。しかし、当の優珠はリューカスたちに囲まれている人物を見つけて、ぽかんと目を丸くした。
「えぇ~!?……なんで君たちがこんなとこにいるわけ!?」
驚きで目をパチクリさせる優珠に、リューカスたちが武器を構えたまま詰め寄る。しかし優珠は、どこ吹いた風といった様子で、ゆるく首を傾げながら言った。
「あ、やば、みんなそんな殺気立っちゃってさー。実はさ~、バロンがあんたらのアジトに気づいて討伐隊を向かわせちゃったかんだよね~私も今回ばかりは見逃せないっていうかさ~……だから、さっさと逃げてほしいなっ!」
相変わらずマイペースすぎる呑気さが入り交じった言葉に、酒場の空気がピタリと静まり返るのだった。そんな中、言葉を発したのは凪谷だった。
「待てよ、優珠。逃がしたいなら、なんでわざわざバロンの言うことに従ってんだよ?」
「そうだよ優珠ちゃん! ここに仲間がいっぱいいるんだから、みんなで力を合わせればバロンだって……!」
凪谷と蛍が優珠の前に立ちはだかる。
しかし優珠は、困ったような、どこか痛いたしげな笑みを浮かべながら言った。
「君たち、全然言うこと聞いてくれないよね~。困っちゃうな~、あはー」
「優珠! てめぇ、真剣に聞きやがれ!!」
なおもはぐらかそうとする優珠の胸元を、凪谷が思わず掴み上げる。
「……くて、」
ふと、掠れた声で優珠が何かを零した。
「はぁ?……もう一回言ってくれ」
「……何も、覚えてなくて。でも……アレがないと、すごく……胸が空っぽみたいで、怖いんだ」
「優珠ちゃん? なんのこと……?」
蛍が不安そうに見上げる。その言葉にハッとしたように目を見開いた優珠は、すぐに慌てたようにいつもの調子を取り繕った。
「まっ! とにかく忠告はしたから! バイバーイ!!」
それ以上追撃を許さない身のこなしで、優珠は颯爽と酒場を去って行った。
残された店内に、彼女の残した微かな切なさと謎だけが、重たく残されるのだった。




