秘められた焔
カナリアの案内でたどり着いたのは、彼女が働くパン屋の裏手に隠された、小さく静かな倉庫だった。
使い古された木箱に腰を下ろした三人だったが、漂う緊張感は未だ拭えない。
「……ふぅ、ここなら追っ手も来ないはずよ」
胸を撫でおろすカナリアに、凪谷は抑えきれない疑問を投げかけた。
「カナリア、さっき言ってた『バロン』って奴のこと……もっと詳しく教えてくれないか? なんで街の人間があそこまで奴を恐れてるんだ?」
カナリアは表情を曇らせ、抱え込んだ膝に顔を埋めるようにしてポツリポツリと語り始めた。
「もともとバロンは、街の端っこでゴロツキを集めて暴れていたただの悪党だったの。……でも、ある日を境に急におかしくなったの。前の領主様や警備隊の人たちが、なぜか急にバロンを『偉大な指導者』だと思い込むようになって……あっという間に街の実権を奪われちゃったの」
「思い込む……?」
凪谷が呟く。カナリアは頷き、さらに言葉を続けた。
「それだけじゃないわ。バロンに刃向かおうとした人たちが、何もしていないのに急に目が眩んだり、幻覚を見たりして自滅していったの。まるで……人ならざる恐ろしい力を使っているみたいに」
その言葉を聞いた瞬間、凪谷と蛍は顔を見合わせた。
「……人ならざる力……それって、まさか『ギフト持ち』じゃねえのか?」
凪谷の呟きに、カナリアは首を傾げた。
「ぎふと……? なにいってるの? そんな言葉、聞いたことないわ」
「そうか、街の人には馴染みがないのか……」
凪谷が納得しかけたその時、蛍がポシェットから大事そうにメモリーブックを取り出し、目を輝かせながら言った。
「ギフトっていうのはね、神様から授けられた特別な能力のことなんだよ! カナリアは『ロゼオ神話』って知ってる?」
「ロゼオ神話……? ロゼオって名前ならお父さんから聞いたことあるような……昔の英雄だって」
「そうそう! この荒廃した世界を旅した英雄ロゼオと、その仲間たちはみんな『ギフト』を持っていたんだ。彼らはその特別な力を使って、デルマの脅威から人々を救ったり、傷ついた街を復興させたりしたんだよ」
「へぇ……とてもすごい人なのね。でも、本当にそんな力があるの……?」
不思議そうにするカナリアに向け、蛍はニッと笑って見せた。
「本当だよ! だって――僕も、そのギフトを持ってるんだから」
「えっ……!? 蛍ちゃんが!?」
驚くカナリアに対し、蛍は誇らしげに胸を張った。
「うん! 僕は動物たちの声が聞こえるんだ。森にいた時も、小鳥や虫たちが色んなことを教えてくれたんだよ。神話に出てくるロゼオの親友『アゲハ』もね、僕と同じように動物と話せるギフトを持ってたんだって!」
「動物と話せるなんて……すごい……!」
感心するカナリアの横で、凪谷は腕を組みながら思案を深めていた。
(バロンが『なんらかのギフト』を持っているなら、あの街の人たちが平伏している不自然な光景も説明がつく……。だけど……)
凪谷の脳裏に浮かぶのは、裏路地で自分たちを助け、冷たく去っていった優珠の姿だった。
(優珠が言っていた『美味しいものが食べられるからバロンについていく』なんて言葉、絶対に嘘だ。ちょっとしか一緒にいない俺たちでもわかる。何か弱みを握られてバロンに従わされているんじゃないのか……?)
その時、ハッとした表情を浮かべたカナリアが、蛍のほうへと身を乗り出した。
「ねえ、蛍ちゃん! もし本当に動物たちの声が聞けるなら……その力を使って、バロンの情報を集められないかしら!?」
「えっ、僕の力で……?」
予期せぬ提案に目を丸くする蛍に、カナリアは真剣な眼差しで畳みかける。
「バロンの館の周りや街のあちこちには、警備の目を潜り抜ける野良猫や小鳥たちがたくさんいるわ。街の人たちはバロンの力で口を閉ざされちゃってるけど、動物たちなら館の中で何が起きているか、バロンの弱みが何なのかを知っているかもしれない!」
「そっか……! 街の動物たちに話を聞けば、バロンが優珠ちゃんをどうやって縛りつけているのか、館の警備がどうなっているのかが分かるかもしれないんだね!」
蛍の瞳に一筋の希望の光が宿る。
「……なるほどな。人の目や口は誤認させられても、動物たちの知覚までバロンがコントロールできているとは限らない。カナリア、いいアイディアだ」
凪谷も力強く頷いた。自分たちの手探りだった探索に、一気に突破口が見えた瞬間だった。
「よし……! 蛍、街の動物たちからバロンの館の情報を集めてくれ。俺たちは優珠を……あいつの本当の笑顔を取り戻すぞ!」
「うん、任せて兄ちゃん!」
頼もしく胸を張る蛍の言葉を受け、凪谷たちは優珠救出とバロン打倒に向け、確かな一歩を踏み出すのだった。




