歪みを打ち砕く絆
酒場に現れた優珠が去った後、残された凪谷や蛍、そしてリューカスら『イグニス・フレア』の面々は深刻な面持ちで話し合っていた。
「……お前らの言った通り、あいつの様子はどこか変だったな」
「にいちゃん、やっぱりバロンを倒さないことにはゆっくり話もできないね……」
「しかも、もうすぐ討伐隊がくるんだろ?」
重苦しい空気を切り裂くように、リューカスが大きな声を張った。
「こうなったら、逃げ隠れするより迎撃してやるしかない!」
リューカスの号令のもと、レジスタンスの面々も武器を手に取り、戦う気炎を上げる。
その時、窓から一羽の小鳥が慌ただしく飛び込んできた。
それは、道中で蛍が情報を集めるために解き放っていた一匹だった。
(ん……?)
小鳥の嘴に咥えられているものを見て、蛍は思わず目を丸くした。それはバロンの屋敷に潜り込ませていた鳥が持ち帰ってきた、あのイヤリングだった。
小鳥によれば、バロンが肌身離さず大切に保管していたものだという。
(高そうなイヤリング……あとでみんなに教えてあげよっと)
そう思いながら、蛍は「とりあえず危ないからしまっておこう」と、そのイヤリングを自分の胸ポケットにぽんと放り込んだ。
――そして、迫りくる討伐隊の気配や慌ただしい迎撃準備の最中に、すっかりそのイヤリングの存在を忘れてしまっていたのだった。
◇
やがて、バロンが差し向けた討伐隊との激しい戦いが始まった。
最初は『イグニス・フレア』の勢いや蛍たちの機転もあり、戦闘は優勢に進んでいた。
だが――「よくここまで暴れてくれたな、厄介者ども」と、冷笑を浮かべたバロン本人が戦場に姿を現した瞬間、戦況は一変する。
「ぐっ……なんだこれ……?」
仲間たちの動きが突如として鈍り、混乱が広がっていく。
戦いの中で、凪谷と蛍は気づいた。
バロンのギフトの正体は、人間の目や記憶を狂わせ、現実の敵と味方をすり替えて認識させる「騙す能力」なのだと。
しかし、その気づきは遅すぎた。
バロンの能力に心を蝕まれたイグニス・フレアのメンバーたちは、味方であるはずの凪谷や蛍を「敵」だと誤認し、容赦ない攻撃を仕掛けてくる。
混乱と焦燥の中、凪谷もまた、目の前にいるのが仲間であることを見失い――恐怖と混乱に呑まれるまま、目の前にいた蛍へ向かって刃を振り下ろしてしまった。
「っ、蛍……!」
紙一重のところで蛍が身をかわしたものの、その衝撃で蛍の胸ポケットが鋭く切り裂かれ、すっかり忘れていたはずの一つのイヤリングがポロリと地面に転がり落ちた。
「……っ!」
蛍を斬りかけてしまったという絶望的な焦りに駆られる凪谷の耳に、もう一つの声が重なる。
「――おいおい!! それがなぜ貴様らの手にある……っ!?」
それは、地面に転がったイヤリングを目撃したバロンの、激しい動揺と怒りに満ちた声だった。
余裕が消え去り、その巨体が険しく強張る。
蛍自身も「あ、そういえばポケットに入れてたんだった……!」と、この土壇場でようやく思い出すのだった。
「蛍っ、大丈夫か……っ!」
凪谷は自分の剣を放り出し、崩れ落ちる蛍に駆け寄って強く抱き起こす。
血の気が引いた顔で、蛍はかすれた声で問いかけた。
「……にいちゃん、今のは焦ったよ……ははっ」
「くそっ……! すまねぇ!……怪我は……っ!?」
凪谷は震える声で叫び、我が身を顧みず蛍を強く抱きしめ返した。
その騒動の最中、いつの間にか戦場の中心へと歩み寄っていた一人の少女がいた。
優珠だった。
彼女は地面に落ちていたイヤリングをそっと拾い上げ、ボロボロになりながらも互いを庇い合う凪谷と蛍を見つめる。
「……どうして、こんなになってまでここにきたの?」
その問いかけに、全身傷だらけで満身創痍の凪谷と蛍は、力なく、けれどどこか優しく笑ってみせた。
「そんなの……」
「またお前と飯食いたいからに決まってるだろ?」
予想外の気が抜けた言葉に、優珠は大きく目を見開いた。
「……っ、そっか……。ふふっ、そうだね、……初めて会った時のおにぎり、美味しかったなぁ」
「ふざけやがって……! よくも俺を裏切ってくれたな、この出来損ないが!」
計画を狂わされ、形勢を逆転されたバロンは、野蛮な本性を剥き出しにして狂気を纏いながら、優珠めがけて襲いかかる。
だが――。
バロンの繰り出した攻撃を、優珠は軽々しく、華麗にやり返してみせた。
「なっ……バカな!? なぜだ、俺のギフトが、効いていない……っ!?」
バロンが信じられないといった様子で声を荒らげる。
しかし、優珠はいつも通りの明るい口調で言い放った。
「あはー、そんなの簡単だよ。あたし強いからあんたのギフトなんて効かない! べーっ!」
「くっそおおおお!!! 覚えてやがれぇえ!! ぐはぁっ!!」
優珠は握りしめた双剣を力いっぱい振るった。
バロンはその衝撃で遥か後方の家屋まで吹っ飛ばされ、気を失って倒れた。
刀を鞘に納め、ふぅっと息をついた優珠はググッと背伸びをして、大きな声で叫んだ。
「あーー!! スッキリしたーーーー!!」
その様子を見ていた凪谷と蛍も、ほっと肩を撫で下ろすのだった。




