アルドールでの戦い
アルドールでの戦いが決着し、穏やかな空気が戻った街の一角。
レジスタンス『イグニス・フレア』のメンバーたちに囲まれ、凪谷と蛍は代わる代わる熱い感謝の言葉を浴びせられていた。
「おいおい、そんなに頭を下げないでくれよ。俺たちだけじゃなく、みんなで戦ったんだからさ」
「そうそう! 終わってみればあっけないもんだったね」
照れくさそうに笑いながら返事をする双子の姿を、少し離れた場所から優珠は安心したような、どこか優しい表情で見つめていた。
そんな和やかな一コマの少し前――。
顔に麻布を被せられ、運ばれていくバロンを横目に、凪谷と蛍は先ほどの戦闘の疑問を優珠にぶつけていた。
「なぁ優珠、さっきの戦いさ……。あいつの攻撃、途中で全然効いてなかったろ? どうやって見切ったんだ?」
「そうそう! 僕たち目の前にいる相手が敵に見えたりして混乱しちゃって……」
双子に詰め寄られ、優珠はふっと小さく息をつくと、いつものマイペースな調子で答えた。
「あはーっ! 教えてあげよう! あいつのギフトは『相手を騙すこと』だったの。目で見えてる情報全部を嘘に塗り替える能力ってとこかな?」
「視覚だけ……?」
「そう。だから目を瞑っちゃえば、余計な情報が入ってこないから騙されっこないの。簡単でしょ?」
「いや、目をつぶって戦う方が普通は無理だからな!?」
「それにさー」と、優珠はケラケラと笑いながら付け加える。
「バロンって、ハッタリはすごかったけど力自体は大したことなかったしさ。……ま、もし相手がもっと強烈なギフト持ちで、視覚以外の五感や精神のほうをグチャグチャに操るような奴だったら、流石に危なかったかもねー! あはー!」
さらりと恐ろしいことをあっけらかんと言い放つ優珠に、凪谷と蛍は「おいおい……」と盛大に呆れつつも、彼女が無事で本当に良かったと胸をなで下ろすのだった。
――そして現在。
レジスタンスたちとの別れ際、リューカスがふと尋ねてきた。
「この後、どうするんだ? バロンを倒したんだ、よかったらもう少しこの街に……アルドールにも戻るだろ?」
その言葉の途中で、優珠が少しだけ気まずそうな顔をして、凪谷の服の裾をキュッと引っ張った。
自分がバロンを護衛していた記憶や、街の人々に迷惑をかけたという申し訳なさが、まだ彼女の胸のどこかに引っかかっている。
それに気づいた凪谷は、優珠の手を優しく握り返すと、リューカスたちに爽やかに笑ってみせた。
「いや、俺たちの旅はまだ途中だからさ。ここでゆっくりしてる暇はないんだ。――行くぞ、優珠、蛍!」
「はーい、兄ちゃん!」
「! ……ありがとう」
気まずさを吹き飛ばすような双子の明るい声に、優珠はパッと表情を輝かせ、再びふわりと微笑んだ。
こうして三人は、リューカスたちに見送られながらアルドールの街を後にした。
◇
「てか優珠、お前イヤリングを人質にとられてたんだったらさっさと言えよ」
「そうそう! 僕たちビックリしちゃったんだから」
「いや~今まで一人で旅してきたからさ、二人があんなにしつこいと思わなくて……あはー」
二人の前を歩く優珠は頬をぽりぽりとかきながら答えた。
そんな優珠に二人はあっけらかんとした表情で答える。
「何言ってんだ、ロゼオは絶対困ってるやつを見捨てたりしないだろ」
「仲間を見捨てたりもね」
優珠は立ち止まり、ふふっと笑った。
「そうだね、ありがとう! 凪谷! 蛍!」
その笑顔を見て、凪谷も満足そうに笑い返した。
「おう! ……さて、そろそろ行くか!」
「あっ!!」
突然、蛍が大きな声を上げた。
「なんだよ、急に。びっくりするだろ」
「兄ちゃん! 僕たち、カナリアにお別れ言ってないよ!」
「あっ……そういや、そうだったな」
凪谷は足を止め、今しがた通り過ぎたアルドールの街を振り返った。
「よし! ちょっと戻るか!」
「あはー! 二人とも忘れん坊だね~」
「お前も何も言わなかっただろ!」
そんな軽口を交わしながら、三人は街の入り口まで引き返した。
「じゃあ、あたしはここで待ってるね~!」
「ん? お前は行かないのか?」
「うん。ほら、あたしも色々あったからさ~。まだ街の人たちには顔を合わせづらいっていうか……あはー」
優珠は少し困ったように笑いながら、頬をぽりぽりとかいた。
そんな彼女の様子を見た凪谷は、それ以上何も聞かなかった。
「……そっか。じゃあ、すぐ戻るから待ってろよ」
「うん! いってらっしゃーい!」
優珠に見送られ、双子は再びアルドールの街へと足を踏み入れた。
◇
「あれっ!? 凪谷! 蛍!」
パン屋の前で店先を掃除していたカナリアは、見覚えのある二人の姿を見つけると、驚いたように目を丸くした。
「どうしたの? 何かあった!?」
「いや、俺たちもう街を出るからさ。最後に挨拶しておこうと思って」
「カナリアにはいっぱい助けてもらったからね!」
そう言って笑う双子に、カナリアはほっと胸を撫で下ろした。
「なぁんだ、びっくりした! ……そっか、もう行っちゃうんだね」
少し寂しそうに微笑むカナリア。
そんな彼女に、凪谷は改めて頭を下げた。
「カナリア、本当にありがとうな。お前が助けてくれなかったら、俺たち街に入って早々どうなってたか分かんねぇよ」
「ふふっ、ほんとよ! お金のことも知らないんだもん。あの時はびっくりしちゃった!」
「あははっ! それはもう言わないでよ~!」
蛍が照れくさそうに笑うと、三人の間に明るい笑い声が広がった。
「でも……本当にありがとう」
ふと、カナリアが真剣な表情になった。
「二人のおかげで、また安心して暮らせるようになったんだもの。街のみんなも、きっと感謝してるわ」
「へへっ、俺たちだけの力じゃねぇよ。リューカスさんたちも頑張ったし、それに――」
凪谷は少しだけ言葉を止めた。
「優珠がいなかったら、俺たちだってどうなってたか分かんねぇしな」
「……そうね。あの子にも、ちゃんとお礼を言わなくちゃ」
カナリアは優しく微笑んだ。
「そういえば、優珠ちゃんは?」
「街の外で待ってるよ! まだちょっと戻りづらいみたいでさ」
「……そっか」
カナリアは少し考え込むように俯いたが、すぐに顔を上げた。
「ちょっと待ってて!」
そう言うと、何かを思いついたように店の中へと駆け込んでいった。
「ん? なんだ?」
しばらくして戻ってきたカナリアの腕には、大きな紙袋が抱えられていた。
「はい、これ! 今日焼いたばかりのパンよ!」
「うわぁ! いい匂い!」
「おいおい、こんなにもらっていいのか?」
「もちろん! 旅の途中でお腹が空いたら食べてね」
カナリアは紙袋を蛍に手渡すと、少し照れくさそうに笑った。
「それと……優珠ちゃんの分も入ってるから。あの子にも、ありがとうって伝えてくれる?」
「ああ! 任せろ!」
「きっとすごく喜ぶよ!」
「ふふっ、そうだといいな」
やがて、別れの時が訪れる。
「それじゃあ、俺たちそろそろ行くよ」
「うん! カナリア、本当にありがとう!」
「こちらこそ! ……二人とも、気をつけてね」
カナリアは胸の前で両手を握り、少しだけ名残惜しそうに微笑んだ。
「またいつか、アルドールに遊びに来てね。その時は、もっと美味しいパンを焼いて待ってるから!」
「ああ! 約束する!」
「絶対また来るよ!」
二人は大きく手を振ると、街の入り口へ向かって歩き出した。
「凪谷ー! 蛍ー! 元気でねーー!!」
背後から響くカナリアの声。
振り返れば、彼女は店先で大きく手を振っていた。
凪谷と蛍も、負けじと手を振り返す。
「おう! カナリアも元気でなーー!!」
「またねーー!!」
やがて、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
◇
「おっかえり~! ……って、何それ!?」
アルドールの正門から少し離れた街道。
道端の大きな木の下で待っていた優珠は、蛍が抱えている紙袋を見つけるなり、目をキラキラと輝かせた。
「へへっ、カナリアがくれたんだ! 優珠ちゃんの分もあるよ!」
「えぇーっ!? 本当!? やったーー!!」
嬉しそうに飛び跳ねる優珠に、凪谷は呆れたように笑った。
「お前なぁ……まだ中身も見てねぇだろ」
「だってパンでしょ!? 絶対美味しいじゃん!」
「はははっ! あとね、カナリアから伝言!」
蛍は紙袋を優珠に渡しながら、にっこりと微笑んだ。
「優珠ちゃんにも、ありがとうって!」
「……え?」
優珠は思わず手を止めた。
少し驚いたように目を瞬かせ、それから大切そうに紙袋を抱きしめる。
「……そっかぁ」
その口元に、ふわりと柔らかな笑みが浮かんだ。
「……今度会ったら、あたしからもありがとうって言わなくちゃね」
「ああ! その時は三人で行こうぜ!」
「うん!」
優珠は嬉しそうに頷くと、早速紙袋からパンを一つ取り出した。
「あはー! じゃあ、いただきまーす!」
「おい! もう食うのかよ!?」
「優珠ちゃん、僕たちの分も残してね!」
「だいじょーぶ! ……たぶん!」
「たぶんじゃねぇ!!」
三人の楽しげな笑い声が、穏やかな街道に響き渡る。
旅立ってからまだほんの数日。
それでも双子はすでに多くの出会いを経験していた。
母が読み聞かせてくれた『ロゼオ神話』の中で、ロゼオもこうして人々と出会い、別れを繰り返していたのだろうか。
凪谷はふと、そんなことを考えた。
「……よし! 次の街に行くぞ!」
「うん!」
「あはー! 次はどんな美味しいものがあるかな~!」
「お前、食い物のことばっかだな!」
再び笑い声が弾ける。
こうして凪谷、蛍、優珠の三人は、ロゼオ・トレイルの先へと向かって歩き始めたのだった。




