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REGRET。  作者: ひととせ
第2章︰アルドール

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偽りの街

挿絵(By みてみん)

朝日が昇り、青々とした街道を歩くこと数時間。


前方を歩いていた優珠《ゆうじゅ》が、ふと足を止めて振り返った。


「よーしっ! 案内はここまで! あの大きな建物が見えるでしょ? あれが『アルドール』。あそこまで行けばもう安全だからさ、二人は街の中に長居しないで、さっさとロゼオ・トレイルの先へ向かいなよ。じゃね!」


唐突な別れの言葉に、凪谷《なぎや》と蛍《けい》は顔を見合わせた。


「え……! 優珠《ゆうじゅ》ちゃん、一緒に行かないの?」


「俺たち、もっと話したいことが――」


「あたしはここで用事があるの! ガーディアンの仕事もあるしね」


優珠《ゆうじゅ》はパンッと自分の胸を叩いておどけてみせたが、その一瞬、彼女の瞳がどこか寂しげに揺れたのを凪谷《なぎや》は見逃さなかった。


「……そっか。分かった。ここまで案内してくれて、本当にありがとう、優珠《ゆうじゅ》」


「バイバイ、優珠《ゆうじゅ》ちゃん! またね!」


蛍《けい》が笑顔で手を振ると、優珠《ゆうじゅ》は小さく頷き、二人から背を向けてアルドールの街へと走っていった。


残された凪谷《なぎや》は、去っていく後ろ姿を胸のざわつきと共にじっと見つめていた。


(なんでだろうな……、なんか不自然な気がする……)


アルドールの正門をくぐった瞬間、二人を包み込んだのは未だかつて経験したことのない熱気だった。


頭上高く聳《そび》え立つ石造りの建物、石畳の道を無数に行き交う人々、どこかの露店から漂う香ばしい焼きたてのパンや香辛料の香り。

村の小川と森しか知らなかった凪谷《なぎや》と蛍《けい》は、目を輝かせて大はしゃぎした。


「にいちゃん! 見てくれよこれ、家が何階も積み重なってるぞ!」


「すごいな蛍《けい》! 見ろよ、あの果物、真っ赤で美味しそうだ!」


二人は引き寄せられるように露店へ駆け寄り、並べられた瑞々(みずみず)しい果物を手に取った。


「おじさん、これひとつ頂戴! 何と交換できる?」と無邪気に微笑む蛍《けい》に、店主は訝《いぶか》しげな顔を向ける。


「おいおい、お嬢ちゃん。冷やかしか? 金を出さねえなら置いていけ」


「いや、俺、男なんだけど……って、え? カネ……? ってなあに?」


首を傾げる蛍《けい》。物々交換しか知らない二人は、店主と言い争いになりかけてしまう。


そこへ、「ちょっと、待って待って!」と慌てた声を上げて割って入ってきたのは、エプロン姿の女の子だった。


「ごめんなさいおじさん、この子たち、すっごく田舎から出てきたばかりで何も知らなくて……!」


助けに入ってくれたのは、近くのパン屋で手伝いをしているカナリアという少女だった。

栗色の髪をポニーテールにした、明るくて少しおせっかいな、どこにでもいる普通の女の子だ。


「君たち、どこから来たの? 今どき物々交換なんてびっくりしすぎて、思わず声かけちゃった」


「え、いや~、それが昨日村から出たばっかでさ、はははっ」


「その『カネ』ってやつはどうやって手に入れるんだ?」


「うーん……普通は労働の対価にもらったりするけど、もっと簡単な方法だと、君たち珍しい薬草とか持ってたよね? それを売ったりできるわよ?」


「本当か?! どこに行けばいい?」


凪谷《なぎや》が尋ねると、カナリアははぁとため息をつき、「仕方ないな」と二人を薬屋に連れていくことにした。


「カナリア、ありがとう!」


「ありがとうな!」


カナリアのおかげで無事にピンチを脱した二人は、彼女の後について賑やかな大通りを歩き出した。


だが、その直後――それまで活気に満ちていた街の空気が、一変することになる。


――シュンと、潮が引くように街の喧騒《けんそう》が消えた。


路地の陰や店の隅から、人々が急に怯《おび》えた顔で飛び出してきて、一様に石畳の上へ膝をつき、頭を低く下げていく。


「……な、なんだ? どうしたんだ急に」


凪谷《なぎや》が戸惑うと、カナリアは真っ青な顔でその場にしゃがみ込み、小刻みに震えながら凪谷《なぎや》たちの服の裾をギュッと掴んだ。


「っ……! 静かに、声を出さないで……! バロンが来るわ……!」


大通りの向こうから、贅沢な毛皮を身に纏《まと》い、太った腹を揺らしながら歩-いてくるふてぶてしい男。

その周囲を、ガラの悪い手下たちが重々しく取り囲んでいた。


「あいつが……バロン?」


「うん……バロン・ヴォル。最近この街を乗っ取った、すごく怖い悪党よ……」


カナリアが震える声で囁《ささや》く。


もともとはただの街のゴロツキに過ぎなかったバロン。

しかし、彼はある日、どういう訳か前の領主を失脚させ、アルドールの実権を奪い取ったのだ。


「あいつが街を支配してから、『バロンが通りを歩く時は、全員平伏《へいふく》して道を開けろ』なんて理不尽な法律ができたの……。少しでも逆らったりしたら、手下たちにすぐお店を壊されたり、痛い目に遭わされちゃうんだから……」


息を殺して、彼らが通り過ぎるのを待ちわびる三人。

しかし、バロンのすぐ横を歩く人物の影を見た瞬間、蛍《けい》が息を飲んだ。


――そこにいたのは、優珠《ゆうじゅ》だった。


無表情で、感情の抜け落ちたような瞳のまま、バロンの斜め後ろを静かに歩いている。


「……え? 優珠《ゆうじゅ》……ちゃん?」


抑えきれなかった蛍《けい》の呟きが、静まり返った大通りに静かに響いてしまった。


ピタリと、バロン・ヴォルの足が止まる。


「……あぁん? 誰だ、俺様の前に頭を下げん無礼者は」


嫌悪感を剥き出しにしたバロンが振り返る。

その視線の先に立っていたのは、あまりの衝撃に立ち尽くしていた凪谷《なぎや》と蛍《けい》だった。


「ほう、見慣れんツラだな。この街の法律を知らんとは言わせんぞ。俺様の通行を邪魔した罰だ。有り金を全部置いていけ。無いなら身ぐるみ剥いで売り飛ばしてやる」


下衆《げす》な笑みを浮かべるバロンに対し、凪谷《なぎや》の胸の中で激しい怒りが爆発した。


だがそれ以上に、信じられない思いでバロンの隣に立つ優珠《ゆうじゅ》へと駆け寄った。


「待てよ優珠《ゆうじゅ》! なんで……なんでお前がこんな奴と一緒にいるんだ!? こいつ、街の人たちを苦しめてる悪党だろ!? ……なんで!」


必死に叫ぶ凪谷《なぎや》。


しかし、優珠《ゆうじゅ》は凪谷《なぎや》と目を合わせようとせず、冷ややかな横顔のまま、淡々と唇を開いた。


「……あはー! 人違いじゃない? あたし、君たちのことなんて知らなーい」


「――ッ!?」


胸を突き刺すような冷たい一言。


凪谷《なぎや》と蛍《けい》は、まるで殴られたかのように絶句した。


「ハハハハ! 聞いたか田舎者ども! この女はお前らなんか知らんそうだ!」


バロンは大声で笑い飛ばすと、不機嫌そうに手を振った。


「おい野郎ども! 金を持たないなら痛めつけて放り出せ! この街のルールの厳しさを教えてやれ!」


「へいっ、バロン様!」


下衆《げす》な笑みを浮かえた手下たちが一斉に武器を抜き、二人へ襲いかかってくる。


「っ、危ないっ……! 二人とも、こっち!」


恐怖で震えながらも、カナリアは必死に凪谷《なぎや》と蛍《けい》の腕を引っ張り、物陰の路地へと引っ張り込んだ。


背後で響くバロンの高笑い。


そして、一度も振り返ることなくその場に佇《たたず》んでいた優珠《ゆうじゅ》の横顔――。


激しい疑問と胸を締め付けるような切なさを抱えたまま、三人はアルドールの暗い路地裏へと逃げ込んだのだった。


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