白紙の導き
「これ、メモリーブックだね」
優珠の口から零れ落ちたその言葉に、凪谷と蛍は思わず息を呑んだ。
「メモリーブック……? 母さんの形見の本のことか?」
「うん。あたしが知ってるものと装丁がそっくりだし……それに、この紙の質感、間違いないんじゃないかな~」
優珠は真っ白なページを指先でなぞりながら、軽い口調で言った。だが、自分がなぜそれを知っているのかまでは思い出せないのか、彼女は「うーん」と首を傾げて本を蛍に返す。
「でも、お母さんこれ読めるなんてすごいね~。あたしにはただの真っ白な本にしか見えないや」
「でしょ? 母さんはよく俺たちにこの本を読んでくれたんだ」
蛍が大切そうにメモリーブックをポシェットにしまい直した時、優珠はハッとしたように両手を叩いた。
「いけない! のんびりお喋りしてる場合じゃなかったね! トキノ草の場所、案内してもらうんだった!」
「あぁ、そうだったな。この先の斜面に群生しているはずだ。行こう」
三人は足を早め、再び深い森の斜面へと分け入った。道中、先ほどのデルマの気配に警戒しつつも、凪谷の案内によって目的の薬草は見つかった。
生薬として優れた効能を持つ『トキノ草』は、鮮やかな青い葉を広げて風に揺れている。
「わぁ……すごーーい! これで村の人を助けられる!」
優珠は嬉しそうにしゃがみ込み、手際よくトキノ草を採取していく。その様子を見ながら、凪谷は気になっていたことを尋ねた。
「なあ優珠。さっき『村』って言ってたけど……行くあてがあってあそこにいたのか?」
「えーっと……少し離れたところに『コレトル村』っていう村があるの。実は少し前もお腹すいて倒れちゃってて……あはー」
「お前、どんだけ腹減るんだよ……」
「それで、その村の人に助けてもらったんだ?」
若干引き気味で凪谷が尋ねる。
「そうそう! その村、最近原因不明の熱病が流行ってて、トキノ草があれば治せるらしいから探しに来たの! あはー」
優珠の言葉を聞いた蛍は、即座に自身の薬入れから予備の包みを取り出した。
「それなら、僕たちが持ってる分も分けてあげるよ! ね、兄さん、いいよね?」
「ああ、困ったときはお互い様だ。それに、俺たちもこの先の方角へ進むつもりだったしな」
「本当……!? よかったぁ、ありがとう!」
優珠は満面の笑みを浮かべ、二人の優しさに心から感謝した。
◆◇◆◇◆◇◆
およそ一時間後。
木々の合間から、小さな家々が寄り添うように並ぶ「コレトル村」の姿が見えてきた。
村の入り口では、心配そうに往来を見つめていた一人の少女――ユキが、こちらに向かって走ってくる姿が見えた。
「優珠お姉ちゃーーんっ!」
「あー! ユキちゃん!」
優珠は駆け寄ってきたユキの膝の高さまで屈み込み、優しくその頭を撫でた。
「無事だった? みてみて! トキノ草だよ。これだけあれば、村のみんなの熱も下がるよねっ! あはー!」
ユキは差し出された薬草の包みを受け取り、大粒の涙をポロポロとこぼした。
「……よかったぁ……! お父さんも、村のみんなも、ずっと苦しかったから……本当に、本当にありがとう……!」
その後、村の集会所へと案内された三人は、村長をはじめとする住民たちから手厚い歓迎を受けた。手持ちのトキノ草を煎じて病人たちに飲ませると、数刻のうちに熱は引き、村中から安堵の息と感謝の声が溢れ返った。
「旅の若者たちよ、そして優珠殿。我が村の命の恩人じゃ。どうか今夜は、うちでゆっくりと身体を休めていってくれ」
村長の温かい厚意に甘え、その夜はコレトル村の民家で一晩を過ごすことになった。
◆◇◆◇◆◇◆
夜の帳が下り、静まり返った村の一室。
畳の上で、凪谷は天井を見つめながらぼんやりと考えていた。
(森の外に出て、初めてデルマと戦って……そして優珠に出会った。……ロゼオもこうやって旅をしていたのかな)
隣を見ると、蛍はすでにスースーと穏やかな寝息を立てて眠っている。
ふと障子の隙間から外を見ると、月明かりの下で小さな影が一人、村の広場に立っているのが見えた。
――優珠だ。
凪谷は音を立てないようにそっと布団から抜け出すと、外へと足を向けた。
「……お前、風邪ひくぞ」
「わっ! ……なんだ、凪谷か~」
「……眠れないのか?」
「うーん……なんとなくね~。色々考えることがあるんですよ! 私にも!」
ニッと笑いながら優珠は凪谷を見る。
「……ほんとか? どうせ飯のことでも考えてるんだろ」
「あーーー! ひっどーい! 半分当たってるけど半分は違うもんね!!!」
「はいはい、まぁお前もさっさと寝ろよ、風邪ひくぞ」
「はーい。明日はおっきい街まで連れて行ってあげるから、早く起きてね!」
「おう、ありがとう。じゃあおやすみ」
「おやすみ!」




