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REGRET。  作者: ひととせ
第5章︰闇の国“ドラグヴェイン”ー前編ー

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捕食



「……どの人間のことを言ってんだ?」


村人の姿をしたブレイクが、愉快(ゆかい)そうに笑った。 その隣では、幼い少女へと姿を変えたアビスが、くすくすと笑い声を漏らして(もらして)いる。


「ねえねえ、もっとちゃんと教えてよ! 僕たち、誰のことか分かんないよぉ!」


「……っ!」


凪谷(なぎや)は刀を握りしめた。 目の前にいる二人。


その姿は、確かに人間だった。 だが、凪谷(なぎや)には見えていた。 二人の背後で蠢く(うごめく)、無数の魂。 苦しみ、嘆き(なげき)、助けを求めるように伸ばされる手。


その光景が、ヴェルグラードで戦ったギブンの姿と重なった。


――こいつらは。 この村の人たちまで……!


「……ふざけんな」


凪谷(なぎや)が低く呟いた。


「……あ?」


ブレイクが首を傾げる。


「……何だって?」


「ふざけんなって言ってんだよ!!」


凪谷(なぎや)の怒声(どせい)が、静まり返った村に響き渡った。


「人の命を何だと思ってんだ!!」


ブレイクは一瞬きょとんとした後、口元を歪めた。


「……くはっ! 何だよ、急に怒鳴りやがって」


「……っ!」


「人間なんてただの餌(えさ)だろ?」


「……てめぇ……!」


凪谷(なぎや)の身体が、怒りで震えた。 目の前で笑っている二人。 自分たちが奪った命を、まるで何でもないことのように扱っている。


――絶対に。


絶対に、こいつらだけは。


「……生かしておけねぇ……!」


その声には、今までにないほど強い殺意(さつい)が込められていた。


「にいちゃん……!」


蛍(けい)が思わず声をかける。 だが、凪谷(なぎや)は一歩前へ踏み出した。


その時だった。


「――凪谷(なぎや)」


低い声が響いた。 ゼルディアスだった。


「……気持ちは分かる」


その口調は、驚くほど落ち着いていた。


「だが、頭に血を上らせるな」


「……っ!」


凪谷(なぎや)が振り返る。 ゼルディアスは、静かにブレイクたちを見据えて(みすえて)いた。


「……あいつらを倒すんだろ?」


「……はい!」


「だったら、決めた通りにやるぞ」


ゼルディアスは、ゆっくりと片手を上げた。


「――全隊、配置につけ」


その声に、隊員たちが一斉に動き出した。


◇


村へ向かう道中。 ゼルディアスは、既に一つの作戦を立てていた。


もし、あの二人のデルマが再び現れた場合。 最初に狙うのは、ブレイク。 前回の戦闘で、右脇腹に弱点があることが判明(はんめい)している。


対して、アビスの弱点はまだ分かっていない。 ならば、まずは倒せる可能性の高い方を確実に仕留める(しとめる)。 それが、ゼルディアスの判断だった。


「……俺と凪谷(なぎや)、蛍(けい)。それからレグナードでブレイクを叩く」


馬を走らせながら、ゼルディアスはそう告げていた。


その隣には、茶色の髪をした青年がいた。


青い瞳に、明るい笑顔。 黒紫の軍服を身にまとった青年は、軽く手を上げた。


「了解です、軍団長!」


彼の名は、レグナード・アシュクロフト。


ドラフ・レギオーの副団長の一人だった。


「よろしくな、二人とも!」


「……はい!」


凪谷(なぎや)と蛍(けい)が頷く。


「それで、もう一人の方は?」


蛍(けい)が尋ねると、ゼルディアスは後方へ視線を向けた。


「アビスは優珠(ゆうじゅ)とレイヴァルト、それから戦闘班に任せる」


「……承知(しょうち)しました」


静かな声が返ってきた。


青い髪に、灰色の瞳。 黒紫の軍服を隙なく(すきなく)着こなした青年。


レイヴァルト・フォン・アステリオン。


彼もまた、ドラフ・レギオーの副団長であり、部隊の参謀(さんぼう)を務めていた。


「アビスの能力は未知数(みちすう)です。無理に討伐を狙わず、足止めに徹する(てっする)べきでしょう」


「……ああ。それでいい」


ゼルディアスは頷いた。


「ブレイクを倒した後、全員でアビスを仕留める」


「了解です!」


優珠(ゆうじゅ)が元気よく答えた。 そして今。


その作戦を実行する時が来たのだった。


◇


「――レイヴァルト! お嬢ちゃん! アビスを任せる!」


「承知しました」


「はーーい!まっかせてー!」


「レグナード! ガキ共! 俺についてこい!」


「了解!」


「「はい!」」


ゼルディアスの号令(ごうれい)と共に、隊員たちが散開(さんかい)する。


「……へぇ?」


ブレイクが首を傾げた。


「何だ? また大勢で遊んでくれんのか?」


「くはっ!」と笑いながら、村人の姿を解く。


歪んだ輪郭(りんかく)が元に戻り、灰緑色の髪と金色の瞳が現れた。


「だったら、今度こそあのガキの魂を――」


「――黙れ」


ゼルディアスが地面を蹴った。


――ドゴォッ!!


拳がブレイクの腕に叩き込まれる。


「……ぐっ!?」


衝撃(しょうげき)で、ブレイクの身体が後方へ弾かれた。


「くそっ! またてめぇか!」


「おう。今度は逃がさねぇぞ」


ゼルディアスが拳を握る。 その背後から、レグナードが飛び出した。


「じゃあ、僕も行きますか!」


「……あ?」


ブレイクが顔を上げる。


その瞬間。


レグナードの瞳が、鋭く細められた。 指先の爪が伸び、口元から牙が覗く(のぞく)。


「……っ!?」


ブレイクが目を見開いた。


「……何だ、てめぇ……!」


「俺のギフトは『狼(おおかみ)』」


レグナードは笑った。


「ちょっとばかり、獣の力を借りられるんだ」


次の瞬間。


――ダンッ!!


レグナードの姿が、一瞬で消えた。


「……なっ!?」


ブレイクが反応するよりも早く、その懐(ふところ)へ潜り込む(もぐりこむ)。


――ザシュッ!!


鋭い爪が、ブレイクの胸元を斬り裂いた。


「……ぐっ!」


ブレイクが後退する。


「……速い!」


凪谷(なぎや)が思わず声を上げた。


「凪谷(なぎや)くん! 今だよ!」


レグナードが叫ぶ。


「……はい!」


凪谷(なぎや)は刀を構え、地面を蹴った。


◇


一方。


「……あはっ!」


アビスは、楽しそうに笑っていた。


「ねえねえ! 僕の相手は君たち?」


その前には、優珠(ゆうじゅ)とレイヴァルト。 そして、複数の戦闘班の隊員たちが立ちはだかっていた。


「そうだよ!」


優珠(ゆうじゅ)が双剣を構える。


「あんたの相手は、あたしたち!」


「……えー?」


アビスは頬を膨らませた。


「僕、あっちの子と遊びたいんだけどなぁ」


視線の先には、ブレイクと戦う凪谷(なぎや)がいる。


「……残念ですが」


レイヴァルトが静かに口を開いた。


「あなたを通すわけにはいきません」


「……ふーん?」


アビスは首を傾げた。


「じゃあ、無理やり行っちゃおっかな!」


その身体が、地面を蹴る。


――ヒュンッ!!


凄まじい(すさまじい)速度で、レイヴァルトへ迫った。


だが。


「――強化」


レイヴァルトが短く呟いた。 その瞬間、彼の身体に淡い光が走る。


――ガキィン!!


細身(ほそみ)の剣が、アビスの攻撃を受け止めた。


「……あれ?」


アビスが目を丸くする。


「……止められちゃった」


「……優珠(ゆうじゅ)さん」


レイヴァルトが静かに告げる。


「今です」


「了解っ!」


優珠(ゆうじゅ)が飛び込む。


――ザシュッ!!


二本の剣が、アビスの腕を斬り裂いた。


「……あはっ!」


アビスは後方へ跳んだ。 その傷は、瞬く間(またたくま)に塞がっていく。


「……痛いなぁ」


笑顔のまま、腕をさする。


「でも、面白いね!」


「……油断しないでください」


レイヴァルトが隊員たちへ告げた。


「相手は再生能力を持っています。深追いは禁物(きんもつ)です」


「はっ!」


隊員たちは陣形(じんけい)を崩さず、アビスを囲んだ。


◇


――パンッ! パンッ!!


二発の銃声が響く。 蛍(けい)の放った弾丸が、ブレイクの肩と脚を撃ち抜いた。


「……ぐっ!」


ブレイクが体勢(たいせい)を崩す。


「にいちゃん! 今!」


「おう!」


凪谷(なぎや)が踏み込む。


――ガキィン!!


刀と拳がぶつかり合う。


「……くそっ!」


ブレイクが歯を食いしばった。 一対一なら、まだ余裕があった。


だが、今は違う。


凪谷(なぎや)の刀。


蛍(けい)の銃撃。


レグナードの素早い攻撃。


そして、ゼルディアスの圧倒的(あっとうてき)な剛力(ごうりき)。


四人の連携(れんけい)が、ブレイクの動きを確実に追い詰めていた。


「……くはっ! やるじゃねぇか!」


ブレイクは笑おうとした。 だが、その顔には焦りが滲んで(にじんで)いる。


「――そこだ!」


レグナードが叫ぶ。 ブレイクが振り向いた瞬間、凪谷(なぎや)の刀が右脇腹へ迫った。


「……っ!!」


ブレイクは慌てて身体を捻る(ひねる)。


――ザシュッ!!


刃が脇腹を掠めた(かすめた)。


「……ぐあっ!」


その瞬間。


「――逃がさねぇ!」


ゼルディアスが拳を振り抜いた。


――ドゴォォン!!


「……がはっ!!」


ブレイクの身体が地面へ叩きつけられた。 石畳が砕け、土煙が舞い上がる。


「……っ、くそ……!」


ブレイクは立ち上がろうとした。 だが、蛍(けい)の銃弾が足元を撃ち抜き、その動きを止める。


「……今だ、にいちゃん!」


「……ああ!」


凪谷(なぎや)が刀を振り上げた。 狙うは、右脇腹。


あと一撃。 あと一歩で、あのデルマを倒せる。


「――これで終わりだ!!」


凪谷(なぎや)が踏み込んだ。 その時だった。


「――あーあ」


どこか、退屈そうな声が響いた。


◇


「……ほんっと、つまんない」


アビスが、ぽつりと呟いた。 その前には、優珠(ゆうじゅ)とレイヴァルト。 そして、幾人(いくにん)もの戦闘班の隊員たちが立ちはだかっている。


何度突破しようとしても、進路を塞がれる。 傷を負わせても、すぐに別の隊員が前へ出てくる。


「……ねえ」


アビスは、ゆっくりと顔を上げた。 その金色の瞳が、細められる。


「……いつまで、僕の邪魔するつもり?」


「あなたを通すわけにはいきません」


レイヴァルトが答えた。


「……あっそ」


アビスの笑みが、すっと消えた。


次の瞬間。


――ドンッ!!


凄まじい(すさまじい)衝撃が、周囲へ広がった。


「……っ!?」


優珠(ゆうじゅ)が思わず後退する。


「……何!?」


アビスの身体から、異様な気配が溢れ出して(あふれだして)いた。 レイヴァルトが剣を構え直す。


「……全員、警戒!」


だが、アビスは彼らを見ていなかった。 その視線は、ただ一人。 地面に倒れ込むブレイクへ向けられていた。


「……あーあ」


アビスは呆れた(あきれた)ように溜息(ためいき)を吐いた。


「……何やってんの、ブレイク」


◇


「……っ!?」


凪谷(なぎや)が刀を振り下ろそうとした、その瞬間。


――ガキィン!!


何かが、刃を弾いた。


「……なっ!?」


凪谷(なぎや)が目を見開く。 目の前には、桃色の髪の少女が立っていた。


「……アビス!?」


「……あはっ!」


アビスは楽しそうに笑った。


「危なかったねぇ、ブレイク!」


「……てめぇ……!」


ブレイクが顔を上げる。


「……何しに来やがった!」


「……えー?」


アビスは首を傾げた。 そして、地面に倒れ込むブレイクを見下ろした。


傷だらけの身体。


荒い呼吸。


再生が追いつかず、右脇腹を押さえている姿。


それを見たアビスは――。


「……ぷっ」


小さく吹き出した。


「……あはっ!」


そして、堪えきれない(こらえきれない)ように笑い始めた。


「あははははっ!!」


「……何笑ってんだ、てめぇ!」


ブレイクが怒鳴る。 だが、アビスは笑い続けた。


「だってさぁ!」


指を差しながら、楽しそうに言う。


「こんなボロボロになっちゃってさ!」


そして、にっこりと笑った。


「……ほんと、ださーーーい!」


「……っ!!」


ブレイクの顔が怒りに染まる。


「……ふざけんな!!」


「……あはっ!」


アビスは、ゆっくりとしゃがみ込んだ。


「……ねえ、ブレイク」


「……あ?」


「……もう、いらないよね?」


「…………は?」


その瞬間。


アビスの笑顔が、異様なものへ変わった。


「――僕が、もらっちゃうね」


――グジュッ。


奇妙な音が響いた。


「……っ!?」


ブレイクが目を見開く。 アビスの手が、ブレイクの胸元へ沈み込んでいた。


「……て、てめぇ……!」


ブレイクが腕を掴もう(つかもう)とする。 だが、その身体が、徐々に崩れ始めた。


「……なっ……何しやがる……!!」


「……あはっ!」


アビスは無邪気(むじゃき)に笑った。


「だって、弱いんだもん」


ブレイクの身体が、黒く歪んでいく。 まるで、何かに吸い込まれるように。


「……や、やめろ……!」


その声が、震えた。


「……おい、アビス……!」


「……んー?」


「……やめろって……言ってんだろ……!!」


アビスは、にっこりと微笑んだ。


「……やだ!」


――ズズズズッ!! ブレイクの身体が、急速にアビスへと吸い込まれていく。


「……う、うわあああああっ!!」


絶叫(ぜっきょう)が、夜の村に響き渡った。 凪谷(なぎや)たちは、ただ呆然(ぼうぜん)とその光景を見つめていた。


「……な、何が……!」


蛍(けい)が声を震わせる。


「……あいつ……仲間を……!?」


ゼルディアスも、険しい表情で拳を握りしめた。


「……おいおい……」


レイヴァルトが駆けつける。 その灰色の瞳が、驚愕(きょうがく)に見開かれた。


「……これは……!」


やがて。


――シュウウウ……。


ブレイクの姿が、完全に消えた。 そこには、桃色の髪の少女だけが立っていた。


「……ふぅ!」


アビスは満足そうに息を吐いた。 そして、自分の手を見つめる。


「……あはっ!」


その口元に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。


「……ごちそうさま!」


凪谷(なぎや)は、刀を握りしめたまま動けなかった。


――デルマが、デルマを取り込んだ。


ヴェルグラードで知った、デルマの融合(ゆうごう)。 その恐ろしさが、今まさに目の前で現実となっていた。


アビスはゆっくりと顔を上げる。 金色の瞳が、凪谷(なぎや)たちを捉えた。


「……さて」


そして、楽しそうに笑った。


「……次は、誰にしよっかなぁ?」




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