ドラフ・レギオー
街の入口には、まだ戦いの爪痕が色濃く残っていた。 砕けた石畳。崩れた外壁。地面に散らばる武器の破片。 ドラフ・レギオーの隊員たちは、負傷者の救護や瓦礫の撤去に追われていた。
「……にいちゃん」
蛍が小さく呼びかけた。
「そろそろ、オニキスのところに戻ろう」
「……ああ、そうだな」
凪谷は頷いた。 先ほど目にした光景が、まだ頭から離れない。
並べられた遺体。 血に染まった地面。 助けられなかった人々。
凪谷はゆっくりと息を吐くと、蛍と優珠を連れて歩き出した。
◇
「……あっ!」
街道沿いに停められた荷馬車の近くで、オニキスが三人の姿に気づいた。
「凪谷! 蛍! 優珠!」
オニキスは慌てて駆け寄ってくる。
「よかった……! みんな無事だったんだね!」 「ああ! 心配かけたな!」
凪谷が笑う。
「そっちは大丈夫だったか?」 「うん! 商人さんたちも無事だよ!」 「そっか! よかった!」
蛍が安心したように微笑む。
「えへへ! あたしたち、すっごく頑張ったんだよ!」
優珠が得意げに胸を張った。
「……うん。遠くから見てたよ」
オニキスは小さく笑う。
「みんな、本当にすごかった」
その時だった。
「――おい、そこの四人!」
背後から、低く太い声が響いた。 振り返ると、そこには黒紫の外套を羽織った大柄な男が立っていた。 長い髪を後ろへ流し、顎には無精髭。 先ほど、拳一つでブレイクを吹き飛ばした男だった。
「……あっ! さっきの!」
凪谷が目を見開く。
「おう。無事だったみてぇだな」
男は四人を見渡した。
「少し話がしたい。時間はあるか?」
「……俺たちに、ですか?」
「ああ。さっきのデルマについても聞きてぇことがある」
凪谷は仲間たちへ視線を向けた。 蛍、優珠、オニキスが頷く。
「……分かりました!」
「よし。ついてこい」
男は顎で近くの建物を示した。
◇
案内されたのは、街の門に隣接する警備兵の詰所だった。
石造りの建物の中には木製の机と椅子が並び、壁には周辺地域の地図が掛けられている。
「適当に座ってくれ」
男は椅子へ腰を下ろすと、四人を見渡した。
「まずは礼を言わせてくれ。お前らのおかげで、街の被害を抑えられた」
「……でも、助けられなかった人もいました」
凪谷が小さく呟く。 男は静かに頷いた。
「……ああ。だが、お前らが救った命もある。それは忘れるなよ」
「…………はい」
凪谷はゆっくりと頷いた。
「さて、自己紹介がまだだったな」
男は自分の胸に親指を向けた。
「俺はゼルディアス・クロイツ。ドラフ・レギオーの北を守護する軍団長だ」
「……軍団長?」
蛍はそれが何かよくわからず復唱した。
「ははっ! まあ、この組織ではそこそこ偉いってことだ」
ゼルディアスは豪快に笑った。
「ドラフ・レギオーは、ドラグヴェイン王国が組織したデルマ討伐専門の特殊軍だ」
「……特殊軍?」
凪谷が聞き返す。
「ああ。ギフト持ちが多数所属していてな。東西南北の四方面に分かれ、王国内と周辺国を守っている」
ゼルディアスは壁の地図を指差した。
「今回も、この街からデルマ討伐の要請があって来たんだが……もう一つ、気になる報告があってな」
「……報告?」
オニキスが首を傾げる。
「この近くの村から、突然連絡が途絶えたらしい」
「……えっ?」
蛍が顔を上げた。
「定期的に届くはずの報告が来ねぇ。デルマが関係してる可能性もあるから、確認する予定だったんだ」
ゼルディアスは腕を組んだ。
「ただの行き違いならいいんだがな」
凪谷は表情を曇らせた。 先ほど見た、凄惨な光景が頭をよぎる。
「……何も起きてないといいですね」
「ああ。俺もそう願ってる」
ゼルディアスは頷くと、話を切り替えた。
「さて、今度はお前らのことを聞かせてもらおうか」
◇
「俺は凪谷っていいます!」
凪谷が姿勢を正した。
「僕は蛍です! 凪谷の双子の弟です!」
「双子か。随分と雰囲気が違うな」
「よく言われます!」
蛍が笑う。
「あたしは優珠! ガーディアンだよ!」
優珠が元気よく手を上げた。
「……僕はオニキスです。メモリストです」
オニキスも少し緊張した様子で頭を下げる。
「……ほう。ガーディアンにメモリストか」
ゼルディアスは感心したように頷いた。
「で、お前らは何のために旅をしてるんだ?」
その質問に、凪谷の表情が明るくなった。
「俺と蛍は、ロゼオに憧れて旅に出たんです」
「……ロゼオ?あの昔話のか?」
「はい! 母さんがよく冒険の話を聞かせてくれて」
凪谷は笑った。
「それで、蛍と一緒に村を出ました!」
「……なるほどな」
ゼルディアスは頷いた。
「だが、今はそれだけじゃねぇんだろ?」
「……はい」
凪谷の表情が、真剣なものへ変わった。
「旅の途中で、デルマに襲われる人たちを何度も見ました。それに、ロゼオ・トレイルの桜もどんどん枯れていってて……」
「……ああ。あの桜か」
ゼルディアスが頷く。
「昔はもっと綺麗だったんだがな」
「俺たちは、その異変を何とかしたいんです」
凪谷はまっすぐゼルディアスを見つめた。
「もう一度桜の木を復活させて、ロゼオ・トレイルをもとの安全な道に戻したいんです」
ゼルディアスは、しばらく凪谷を見つめていた。 そして、ゆっくりと口を開く。
「……お前ら、桜が枯れる原因について何か知ってるのか?」
◇
「……実は、少しだけ分かってることがあります」
凪谷が答えた。
「……ほう?」
「フィアンマって、知ってますか?」
「……フィアンマ?」
ゼルディアスが眉をひそめる。
「いや、聞いたことねぇな」
「この世界には、フィアンマっていう特殊な力を持った人間がいるんです」
凪谷はゆっくりと説明を始めた。
「ロゼオ・トレイルの桜は、そのフィアンマが炎を灯すことで生命力を宿すんです」
「……あの桜が?」
「はい」
凪谷は頷いた。
「でも、フィアンマが自分の力を拒んだり、自分がフィアンマだって気づいていなかったりすると、力をうまく使えなくなるんです」
「……なるほど」
ゼルディアスが顎に手を当てる。
「それで、桜が枯れちまうってことか」
「はい。俺たちは実際に、そういうフィアンマの人と出会いました」
凪谷の脳裏に、ヴェルグラードの女王の姿が浮かんだ。 自分の力を拒絶し、長い間苦しんでいたビオッシャ。 けれど、彼女がフィアンマを受け入れたことで、雪国には少しずつ温かさが戻り始めていた。
「その人が力を受け入れたら、国の異変も収まり始めたんです」
「……ほう」
ゼルディアスの表情が変わった。
「それは興味深ぇ話だな」
「僕たち、桜が枯れるのもデルマが増えてるのも、フィアンマが関係してるんじゃないかって考えてるんです」
蛍が付け加えた。
「……なるほどな」
ゼルディアスは腕を組んだ。 そして、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「……待てよ」
「……?」
「だったら、ドラグヴェインの異変も関係してるんじゃねぇか?」
凪谷が目を見開く。
「……あの空のことですか?」
「ああ」
ゼルディアスは窓の外へ視線を向けた。
「三年前から、ドラグヴェインの空は分厚い雲に覆われたままだ。原因を調べても、何も分かっちゃいねぇ」
その表情が、真剣なものへ変わる。
「もしフィアンマの力で異変がおこるってんなら……あの空も、フィアンマに何かあったせいじゃねぇのか?」
「……俺たちも、そう思ってたんです!」
凪谷が答えた。
「実は、ドラグヴェインにフィアンマかもしれない人がいるって聞いて……」
「……ほう?」
「その人を探すために、俺たちはドラグヴェインへ向かってるんです」
ゼルディアスは興味深そうに目を細めた。
「……なるほどな」
「ただ、まだ本当に関係があるのかは分からなくて……」
オニキスが小さく口を開いた。
「僕たちも、これから確かめようと思ってるんです」
「……そうか」
ゼルディアスはゆっくりと頷いた。 そして、壁に掛けられた地図を見つめた。
ドラグヴェイン王国。 三年前から晴れることのない空。 その異変が、フィアンマと関係しているのだとしたら――。
「……フィアンマ、か」
ゼルディアスが低く呟いた。
「こいつは、一度詳しく調べる必要がありそうだな。俺たちも協力する、だからお前たちも力を貸せ」
凪谷も、静かに頷いた。
「……はい!」
窓の外では、風に揺れる枯れた桜の枝が見えていた。 その向こうには、南へと続く街道がある。
――ドラグヴェイン王国。
暗い空に覆われた国。
そして、その国にいるかもしれない、もう一人のフィアンマ。 旅の目的が、少しずつ形を帯び始めていた。
けれど、まだ誰も知らなかった。 その異変の先に、一体何が待ち受けているのかを。




