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REGRET。  作者: ひととせ
第5章︰闇の国“ドラグヴェイン”ー前編ー

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守れなかった命

挿絵(By みてみん)



――ドドドドドッ!!


街道に、無数の蹄(ひづめ)の音が響き渡った。 土煙を巻き上げながら現れたのは、黒と紫を基調とした軍装に身を包む騎馬隊(きばたい)。 先頭を走る男は、他の隊員たちよりもひときわ大きな存在感を放っていた。


長く伸ばした髪を後ろへ流し、顎(あご)には無精髭(ぶしょうひげ)。 肩から羽織った黒紫の外套(がいとう)が、風を受けて大きく翻って(ひるがえって)いる。 鋭い眼光(がんこう)が、荒れ果てた街の入口を見渡した。


「……随分(ずいぶん)と派手にやられたもんだな」


男は低く呟くと、片手を上げた。


「全隊、停止!」


その号令(ごうれい)と共に、騎馬隊が一斉に速度を落とす。 馬のいななきが響き、次々と隊員たちが地面へ降り立った。


「負傷者(ふしょうしゃ)の確保を最優先にしろ! 動ける者は安全な場所へ誘導、重傷者はすぐに治療班へ回せ!」


「はっ!」


「まだデルマが残っている可能性がある。周囲の警戒も怠る(おこたる)な!」


「はっ!」


隊員たちは迷いなく散開(さんかい)した。


倒れた警備兵へ駆け寄る者。 街の門を守る者。 負傷者を担架(たんか)へ乗せる者。


その動きには、一切の無駄がなかった。 男は馬から降りると、後方の隊員たちへ視線を向けた。


「戦闘班は俺についてこい」


「はっ!」


数人の武装した隊員を引き連れ、男は戦場の中央へと歩き出した。 その先では、三人の少年少女が、二人の人影と対峙(たいじ)していた。


◇


「……おい」


男は近くにいた警備兵へ声をかけた。


「ここの責任者は誰だ?」


「はっ! わ、私です!」


傷だらけの警備兵が、慌てて姿勢を正す。


「ドラフ・レギオー、ゼルディアス・クロイツだ。現状を報告しろ」


「はっ!」


警備兵は額の汗を拭い(ぬぐい)ながら答えた。


「街の入口に、多数のデルマが出現しました! 中には三メートルを超える大型個体が三体確認され、我々だけでは対象する事ができず、旅人の三名の加勢を得て討伐しました」


「……大型が三体、か。 その三名がいま戦闘してる奴らだな」 「はい!」


ゼルディアスは眉を上げた。 まだ年端(としは)もいかない少年少女。 一人は黒い刀を構え、一人は二丁の拳銃を握り、もう一人は双剣を携えて(たずさえて)いる。


その姿は、どう見ても歴戦(れきせん)の戦士には見えなかった。


「……ほぉ」


ゼルディアスは感心したように小さく頷いた。


「で、今あいつらが戦っている相手は何者だ?」


「そ、それが……!」


警備兵は言い淀んだ(いいよどんだ)。


「……どうした?」


「後から現れた、あの二人も……デルマだというのです!」


「…………は?」


ゼルディアスの視線が、灰緑色の髪の青年と、桃色の髪の少女へ向けられた。 どちらも人間と変わらない姿をしている。


肌も、髪も、表情も。 何一つ、異形らしい部分は見当たらない。


「……あれがデルマだと?」


「は、はい! 旅人の少年が、そう叫んだ直後に攻撃を受けまして……!」


ゼルディアスは目を細めた。


――人間の姿をしたデルマ。


にわかには信じ難い(しんじがたい)話だった。 だが、目の前では明らかに人間離れした速度で戦闘が続いている。 そして何より、あの二人は街を守ろうとしている様子など微塵(みじん)もない。


「……そうか」


ゼルディアスは短く答えた。


「なら、話は早ぇ」


背後の隊員たちへ振り返る。


「目標、前方の二名!」


「はっ!」


「旅人の三人を援護しろ! ただし、相手は正体不明のデルマだ。油断するなよ!」


「了解!!」


隊員たちが一斉に武器を構えた。 ゼルディアスは拳を握りしめる。


「……さて」


その口元に、不敵(ふてき)な笑みが浮かんだ。


「俺も少し、働くとするか」


◇


――ガキィン!!


凪谷(なぎや)の刀が、ブレイクの拳を受け止めた。


「……くっ!」


「くはっ! どうしたよ! さっきより動きが鈍いぜ!」


「……うるせぇ!」


凪谷(なぎや)は刀を押し返す。 だが、ブレイクの傷はすぐに塞がってしまう。 一方、蛍(けい)と優珠(ゆうじゅ)もアビスを相手に苦戦していた。


「……はぁっ、はぁっ……!」


「……あはっ! もう疲れちゃった?」


アビスが楽しそうに笑う。


「まだまだ遊べるよねぇ?」


その時だった。


「――伏せろ!!」


突然、背後から野太い(のぶとい)声が響いた。


「……っ!?」


凪谷(なぎや)が反射的に身を屈める(かがめる)。


次の瞬間。


――ヒュンッ!!


一本の槍が、凪谷(なぎや)の頭上を通り過ぎた。


「……あ?」


ブレイクが顔を上げる。


――ガキィン!!


槍の穂先(ほさき)が、ブレイクの腕に弾かれた。


「……ちっ!」


ブレイクが後方へ跳ぶ。


その隙に、武装した隊員たちが凪谷(なぎや)の前へ駆け込んできた。


「大丈夫か、少年!」


「……えっ!?」


凪谷(なぎや)が目を丸くする。


「俺たちはドラフ・レギオーだ! ここからは共に戦うぞ!」


「……ドラフ・レギオー……!」


先ほど警備兵たちが叫んでいた名前。 その集団が、ついに戦闘へ加わったのだった。


「……へぇ」


ブレイクが口角を吊り上げる。


「随分(ずいぶん)と賑やか(にぎやか)になってきたじゃねぇか」


「……あはっ!」


アビスも嬉しそうに笑った。


「ねえ、ブレイク! いっぱい増えたね!」


「……ああ。退屈しなくて済みそうだ」


二人は、まるで新しい遊び相手を見つけたかのように笑っていた。


◇


「少年!」


隊員の一人が、凪谷(なぎや)へ声をかけた。


「あの男の弱点は分かるか!?」


「……まだです!」


凪谷(なぎや)は刀を構え直した。


「再生が早すぎて!」


「……なるほど」


隊員はブレイクの動きを観察(かんさつ)した。


その時。


「くはっ! 相談してる暇なんかねぇぞ!」


ブレイクが地面を蹴る。 凄まじい(すさまじい)速度で、凪谷(なぎや)たちへ迫った。


「……っ!」


凪谷(なぎや)が刀を構えた瞬間。


「――邪魔だ」


低い声が響いた。 そして――。


――ドゴォォン!!


凄まじい(すさまじい)衝撃音。


「……がっ!?」


ブレイクの身体が、勢いよく吹き飛んだ。 そのまま石畳を転がり、街の外壁へ激突(げきとつ)する。


――ガラガラッ!!


壁の一部が崩れ落ちた。


「…………え?」


凪谷(なぎや)が呆然(ぼうぜん)と目を見開く。 目の前には、一人の大柄な男が立っていた。


黒紫の外套(がいとう)。 長い髪。 無精髭(ぶしょうひげ)を蓄えた(たくわえた)、鋭い顔立ち。


その男は、何事もなかったかのように拳を下ろした。


「……まったく」


ゼルディアスが肩を鳴らす。


「随分(ずいぶん)と調子に乗ってるじゃねぇか」


「……す、すげぇ……!」


凪谷(なぎや)が思わず呟く。


「……あんた、今……拳で……?」


「ん?」


ゼルディアスが振り返る。


「ああ。俺のギフトは『剛力(ごうりき)』だ」


そう言うと、軽く拳を握った。


「力仕事なら、ちっとばかし自信があってな」


「……ちっとばかしって……!」


凪谷(なぎや)は崩れた壁を見つめた。


どう考えても、そんな言葉で済む威力(いりょく)ではなかった。


「……くそっ!」


瓦礫(がれき)の中から、ブレイクが立ち上がる。 その頬が、怒りに引きつっていた。


「……なんだ、てめぇ……!」


「ドラフ・レギオーのゼルディアス・クロイツだ」


ゼルディアスは悠然(ゆうぜん)と答えた。


「今の攻撃でピンピンしてるたぁ、デルマってのは本当みたいだな」


「……くはっ!」


ブレイクは不敵(ふてき)に笑った。


「面白ぇ(おもしれぇ)じゃねぇか……!」


再び、地面を蹴る。


だが――。


「――右だ!!」


ゼルディアスの声が響いた。 その言葉に、隊員たちが一斉に動く。


「はっ!!」


左右から槍が突き出され、ブレイクの動きを封じる。


「……ちっ!」


ブレイクは槍を払い、身を捻った(ひねった)。


その瞬間。


――ザシュッ!!


凪谷(なぎや)の刀が、ブレイクの右脇腹を斬り裂いた。


「……ぐっ!?」


ブレイクの表情が歪む。


「……っ!?」


凪谷(なぎや)が目を見開いた。 今まで斬りつけた場所とは、反応が違う。 ブレイクは反射的に右脇腹を押さえ、距離を取った。


「……そこか!」


ゼルディアスが叫んだ。


「右の脇腹! あそこを庇って(かばって)やがる!」


「……っ!」


凪谷(なぎや)は刀を握り直した。


「……コアが、そこに……!」


ブレイクは、ゆっくりと顔を上げた。 先ほどまでの余裕は消えていた。


「……てめぇら……!」


その金色の瞳に、怒りが宿る。


◇


「……ブレイク?」


少し離れた場所で、アビスが首を傾げた。


「……あれ?」


いつも余裕たっぷりのブレイクが、明らかに苛立って(いらだって)いる。 それが、少し不思議だった。


「……あはっ! もしかして、危ない?ださーーーい!」


「……うるせぇ!」


ブレイクが怒鳴る(どなる)。 その視線は、ゼルディアスと凪谷(なぎや)へ向けられていた。


――あの大男。


まともに殴り合えば、厄介(やっかい)な相手だ。 しかも、右脇腹のコアの位置まで見抜かれた。 これ以上、ここで戦い続けるのは得策(とくさく)ではない。


「……ちっ!」


ブレイクは舌打ちした。


「……おい、アビス!」


「……んー?」


「帰るぞ!」


「……えーっ!?」


アビスが不満そうに頬を膨らませた。


「まだ、あの子の魂食べてないよ?」


「……今は無理だ!」


ブレイクは凪谷(なぎや)を睨みつけた。


「……くそっ。せっかくの上物(じょうもの)だったのによ」


「……えー……」


アビスは名残惜しそう(なごりおしそう)に凪谷(なぎや)を見つめる。


「……また会えるかなぁ?」


「……知るか。行くぞ!」


そう言い残すと、ブレイクは大きく跳躍(ちょうやく)した。 その身体が、街の城壁を軽々と飛び越える。


「……あっ! 待ってよー!」


アビスも慌てて後を追った。 その途中で、一度だけ振り返る。


「……あはっ!」


金色の瞳が、凪谷(なぎや)を捉えた。


「またねぇ! 美味しそうなお兄さん!」


そして、桃色の髪が城壁の向こうへ消えた。


◇


「……逃げた……?」


凪谷(なぎや)は呆然(ぼうぜん)と呟いた。


「……ああ」


ゼルディアスが拳を下ろす。


「どうやら、そのようだな」


「……追わなくていいんですか!?」


凪谷(なぎや)が尋ねる。


「追いたいところだがな」


ゼルディアスは街の入口を振り返った。


「……今は、こっちが先だ」


その視線の先では、隊員たちが負傷者(ふしょうしゃ)を運んでいた。


倒れた警備兵。 傷ついた街の人々。 崩れた建物。


「……っ」


凪谷(なぎや)は、言葉を失った。


「……にいちゃん」


蛍(けい)が、ゆっくりと近づいてきた。


「……終わったね」


「……ああ」


凪谷(なぎや)は刀を鞘(さや)へ納める。


「……終わったな」


二人は、ほっと息を吐いた。


その時だった。


「……っ!」


蛍(けい)の表情が、固まった。


「……にいちゃん……」


「……ん?」


凪谷(なぎや)が振り返る。


そして――。


「…………っ」


息を呑んだ(のんだ)。


◇


街の門の脇。


そこには、幾つ(いくつ)もの身体が並べられていた。 ドラフ・レギオーの隊員たちが、負傷者と死者を分けて運んでいる。


地面には、血に染まった布。 折れた武器。 そして、二度と動くことのない人々の姿。


ある者は、腕を失っていた。 ある者は、身体を深く裂かれていた。 顔を判別(はんべつ)することさえ難しい者もいた。


「…………っ」


凪谷(なぎや)の喉が、ひくりと震えた。 鼻を突く、濃い血の匂い。 その光景が、あまりにも生々しくて。


「……うっ……!」


思わず、口元を押さえた。 胃の奥から、何かが込み上げて(こみあげて)くる。


「……にいちゃん……」


隣では、蛍(けい)も青ざめた顔をしていた。 二人は、しばらく何も言えなかった。


つい先ほどまで。


自分たちは、デルマを倒せたことに安堵(あんど)していた。 街を守れたと、喜んでいた。 警備兵たちも、笑っていた。


けれど――。


「……間に合わなかったんだ……」


凪谷(なぎや)が、小さく呟いた。


「……え?」


蛍(けい)が顔を上げる。 凪谷(なぎや)は、並べられた遺体(いたい)を見つめたまま続けた。


「……俺たちが、もっと早く来てれば……」


拳を握りしめる。


「……もっと早く、デルマを倒せてれば……!」


その声が、震えた。


「……この人たちだって……!」


蛍(けい)は何も言えなかった。 ただ、凪谷(なぎや)と同じように、目の前の光景を見つめていた。


「……にいちゃん」


やがて、蛍(けい)が小さく口を開く。


「……僕も、そう思う」


凪谷(なぎや)が振り返る。


「……もっと早く助けられたらって……僕も、思うよ」


蛍(けい)は唇を噛んだ。


「……でも、僕たちが助けられた人も、ちゃんといる」


「…………」


「……だから、次は……」


蛍(けい)は、ぎゅっと拳を握った。


「……もっと、助けられるようになりたい」


その言葉に、凪谷(なぎや)はゆっくりと目を伏せた。


――そうだ。


守れた命もある。 けれど、守れなかった命もある。 その事実から、目を背けるわけにはいかない。


「……ああ」


凪谷(なぎや)は小さく頷いた。 そして、もう一度、並べられた遺体(いたい)を見つめた。


――デルマ。


人の魂を喰らい(くらい)、命を奪う化け物。


ギブンも。 さっきの二人も。 あいつらは、人の命を奪うことを何とも思っていない。 むしろ、楽しんでいた。


「……絶対に……」


凪谷(なぎや)が、低く呟いた。


「……絶対に、許さねぇ」


蛍(けい)が、その横顔を見つめる。


「……にいちゃん」


「……デルマは、倒さなきゃいけない」


凪谷(なぎや)の瞳に、強い決意が宿った。


「……もう、誰かがこんな目に遭う(あう)のは……見たくねぇ」


その声は、小さかった。 けれど、確かな重みを持っていた。 蛍(けい)は静かに頷いた。


「……うん」


二人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。 遠くでは、まだ救助活動が続いている。


負傷者を呼ぶ声。 隊員たちの足音。 誰かのすすり泣く声。


街を守る戦いは、終わった。


けれど、その戦いが残した傷跡(きずあと)は、あまりにも深かった。


――救えた命と、救えなかった命。


その両方を胸に刻みながら。


凪谷(なぎや)と蛍(けい)は、再び前へ進むことを誓った。



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