新たな刺客
――カツン。
不意に、乾いた足音が響いた。
「……へぇ」
聞き慣れない声だった。
「結構やるじゃん」
その声に、凪谷が振り返る。 街の門へ続く道。
そこに、二つの人影が立っていた。
一人は、灰緑色の髪をした青年。 乱れた短髪の隙間から、鋭い金色の瞳が覗いている。 黒い衣服の上には、白と深紅の外套。 全身には十字架を模した装飾や鎖が幾重にも巻きつき、耳元では細長い十字架のピアスが揺れていた。 そして目元には、黒い紋様が刻まれている。
2人目は鮮やかな桃色の髪をした、女の子。 こちらも金色の瞳を持ち、同じように白と深紅の外套を身に纏っていた。 首元には、黒い渦を描くような奇妙な紋様。 その口元には、楽しげな笑みが浮かんでいた。
「……誰だ?」
警備兵の一人が呟く。
「……旅人か?」
二人は、そんな警備兵たちを気にも留めず、ゆっくりと歩いてくる。
「ねえねえ、ブレイク!」
桃色の髪の女の子が、楽しそうに笑った。
「見てよ! みーんな灰になっちゃってる!」
「……ああ」
灰緑色の髪の青年は、足元に散らばった黒い灰を見下ろした。
「……あれは……?」
優珠が首を傾げる。
「……さあ」
蛍も不思議そうに二人を見つめた。 その時だった。
「…………っ!!」
凪谷の表情が、一瞬で凍りついた。
――見えた。 二人の背後。 そこに、何かが蠢いていた。
黒い靄のようなもの。 いや、違う。 その中には、無数の顔があった。
苦しみに歪んだ顔。 助けを求めるように口を開く顔。 泣き叫び、もがき、何かから逃れようとする魂たち。 それらが幾重にも重なり合い、二人の背後で不気味に蠢いている。
「……う、そだろ……」
凪谷の喉が、小さく震えた。
――知っている。
この光景を、凪谷は知っていた。 ヴェルグラード城。 崩れ落ちた玉座の間。 そこで対峙した、あの男。
――ギブン。
人間と何一つ変わらない姿をしていながら、その背後に無数の魂を従えていたデルマ。 あの時と、同じだった。
「……にいちゃん?」 「どうしたの?」
蛍が不思議そうに振り返る。 凪谷のただならぬ様子に蛍と、優珠が不思議そうに首を傾げる。
――間違いない。
凪谷は刀の柄を握りしめた。 そして。
「――蛍!! 優珠!!」
突然の大声に、二人が驚いて振り返る。
「……えっ!?」 「……なに!?」
凪谷は二人の前へ飛び出した。
「ーー気をつけろ、そいつはデルマだ!!」
「……っ!?」
蛍と優珠が反射的に後ろへ跳ぶ。
その直後。
――ドォォン!!
二人が立っていた場所を、凄まじい衝撃が襲った。
石畳が砕け散り、土煙が巻き上がる。
「きゃっ!?」
「うわっ!!」
蛍と優珠は地面を転がりながら、何とか距離を取った。
「……っ、にいちゃん!?」
蛍が顔を上げる。 土煙の向こう。 凪谷は刀を抜き、二人を睨みつけていた。
「……お前ら……!」
その声には、明らかな怒りが滲んでいた。 一瞬、沈黙が訪れた。
「……へぇ?」
灰緑色の髪の青年が、目を細める。 その隣で、桃色の髪の女の子がきょとんとした顔をした。
「……あれ?」
そして、にっこりと笑う。
「あはっ! なんで分かったの?」
「……っ!」
蛍が息を呑んだ。
「……へぇ、凄い……!」
優珠も驚いたように二人を見つめる。
「どう見ても人間じゃん!」
「……ああ」
凪谷は刀を構えたまま答えた。
「でも、間違いない」
二人の背後では、今も無数の魂が蠢いている。
「……見えるぜ、ギブンの時と同じだ」
灰緑色の髪の青年が眉を上げた。 凪谷は歯を食いしばる。
「お前らの後ろにいる……たくさんの魂がな!」
その瞬間。 二人の表情が変わった。
「……へぇ?」
灰緑色の髪の青年が、興味深そうに凪谷を見つめる。 すっと目を細め青年の笑みが、ぴたりと止まった。 金色の瞳が、凪谷をじっと見つめる。
「……お前だけ魂から出る力が普通とは違うな」 「……あ?」 「……くくっ、取り込めばさらに強くなれそうだ」
二人の瞳には、凪谷の身体に宿る魂が映っていた。 それは、周囲にいる警備兵たちのものとは明らかに違っていた。 強く、鮮やかで、今にも溢れ出しそうなほどの存在感。 まるで、他の魂とは比べものにならないほどの輝きを放っているようだった。
桃色の髪の女の子は、嬉しそうに両頬へ手を当てた。
「すごい……! すっごく美味しそう!」
「……っ!?」
凪谷が眉をひそめる。
「……何言ってんだ、お前ら」
「ねえねえ! 君何者?君の魂、普通の人間とは全然違うよ!」
桃色の髪の女の子は、目を輝かせながら続けた。
「こんなに強そうで、美味しそうな魂……僕、初めて見たかも! 「……くはっ!」
隣の青年も、口角を吊り上げた。
「こりゃあ、とんでもねぇ上物だな」
二人の視線が、凪谷へ集中する。
「……にいちゃん」
蛍が小声で呼びかける。
「……ああ。分かってる」
凪谷は刀を握り直す。
「……どうやら、俺が狙いみたいだな」
「……あはっ! 大正解!」
桃色の髪の女の子が嬉しそうに笑った。
「ねえ、あの魂、僕がもらってもいい?」 「……あ? 早い者勝ちだろ」 「えーっ! ずるい!」
二人は、まるで美味しい食べ物を取り合うかのように言い争っていた。
「……ふざけんな!」
凪谷が刀を構える。
「俺は、お前らの餌になるつもりなんかねぇ!」
「……くはっ! いいねぇ!」
ブレイクが楽しそうに笑った。
「まぁ、せいぜい抵抗しろよ!」
その瞬間、ブレイクが地面を蹴った。
――ガキィン!!
「……っ!」
凪谷は咄嗟に刀を構え、迫る拳を受け止めた。
「……へぇ! やるな!」
「そっちこそ!」
凪谷は拳を押し返し、そのまま刀を振り抜いた。 刃がブレイクの頬を掠める。
「……くはっ!」
ブレイクは傷口を指で拭い、笑った。
一方、アビスも凪谷へ向かおうとしていた。
「あー! 抜けがけ禁止~!」 「……あ? 自分で奪ってみろよ!」 「えーっ! ずるい!」
その時。
――パンッ! パンッ!!
二発の銃声が響いた。
「……おっと!」
アビスが慌てて身を翻す。 その前に、蛍が二丁の拳銃を構えていた。
「……にいちゃんには、近づけさせないよ!」
「……あはっ!」
アビスが楽しそうに笑う。
「君も遊んでくれるの?」
「もちろん!」
その隙に、優珠が横から踏み込んだ。
「……あたしもいるよー!」
――ザシュッ!!
双剣がアビスの脇腹を斬り裂く。
「……わっ!」
アビスが後方へ跳んだ。
「……あははっ! 二人とも結構やるじゃん!」
優珠は双剣を構え直した。
「あはー! 凪谷は渡さないよ!」
「……えーっ、残念!」
アビスは頬を膨らませる。 しかし、その目は笑っていた。
「じゃあ、先に君たちから遊んであげる!」
◇
戦いは激しさを増していった。 凪谷はブレイクと激しく刀を交え、蛍と優珠は連携してアビスを追い詰める。 何度も攻撃を当て、確実に傷を負わせていた。
しかし――。
「……っ! 傷が……!」
蛍が目を見開く。 アビスの脇腹に刻まれた傷が、ゆっくりと塞がっていく。 同時に、ブレイクの頬の傷も跡形もなく消えていた。
「……再生しやがる!きりがねぇ!」
凪谷が歯を食いしばる。
「くはっ! ほらほら!頑張れ!」
ブレイクは楽しそうに笑った。
「……くそっ、コアを破壊しねぇと……!」
凪谷が刀を構え直す。 だが、二人のデルマは一向に疲れる様子を見せない。 対して、凪谷たちの呼吸は少しずつ荒くなっていた。
「……はぁっ、はぁっ……!」 「にいちゃん! このままじゃ……!」 「……ああ、分かってる!」
凪谷は刀を握り直した。 その様子を見ながら、ブレイクが舌なめずりをする。
「……くはっ。やっぱり、いいな」 「……ん?」
アビスが振り返る。
「……何が?」 「決まってんだろ」
ブレイクは凪谷を見つめた。
「……あのガキの魂だよ」 「……あはっ! だよねぇ!」
アビスも嬉しそうに笑った。
「ねえ、ブレイク。あの魂、どっちが食べる?」 「……早い者勝ちだろ」 「えーっ! じゃあ僕も本気出さなきゃ!」
二人の金色の瞳が、凪谷を捉える。
「……っ!」
凪谷は刀を握り直した。 ――こいつら、本気で俺の魂を狙ってやがる。 その時だった。
――ヒヒィィィン!!
遠くから、馬のいななきが響いた。
続いて――。
――ドドドドドッ!!
複数の馬が地面を駆ける音。
「……ん?」
アビスが顔を上げる。 街道の向こうから、土煙を上げながら騎馬の集団が近づいてきていた。
「……来た……!」
警備兵の一人が目を見開いた。 そして、歓喜の声を上げる。
「――ドラフ・レギオーだ!!」 「やっと来てくれた!!」 「これで助かるぞ!!」
警備兵たちの間に、希望の声が広がっていく。
「……ドラフ・レギオー?」
凪谷が首を傾げた。 聞いたことのない名前だった。 一方、アビスは近づいてくる騎馬の集団を見つめ、嬉しそうに笑った。
「……あはっ! ねえ、ブレイク!」 「……あ?」 「また美味しそうなのが来たねぇ!」
ブレイクも金色の瞳を細める。
「……ああ」
二人の口元に、不気味な笑みが浮かんだ。
「……美味そうな魂が、いっぱい来たな」
しかし、アビスはすぐに凪谷へ視線を戻した。
「……でもさぁ」
その瞳が、妖しく輝く。
「やっぱり、あの子の魂が一番美味しそう!」
ブレイクも、楽しそうに笑った。
「……ああ。あいつだけは、絶対に逃がさねぇ」
――新たな脅威と、謎の組織。
ドラグヴェインへ続く街道で、戦いは新たな局面を迎えようとしていた。




